この危うげな気だるさを(適当)



「来い」
「やなこった」
何度この手のやり取りを繰り返しただろう。
普段は隠している無駄に整った顔をさらしながら、男が笑う。
「拒否権なんてあると思ってるの?」
いやみったらしく片側だけ唇を吊り上げて。
ああくそ。いっそのこと殴ってやろうか。
実は密かにこの顔を気に入ってるから、今までも何度か同じことを考えたのに思いきれずにいるのだが。
「知るか」
今出てきたばかりのベッドに逆戻りして布団をかぶると、あせっているのか怒っているのか、乱暴に引っぺがされた。
「ちょっと。何様?」
この台詞もお定まりどおりだ。
…いい加減飽きねぇのかコイツは。
「任務がさっき終わって帰ってきて休暇中の中忍様だ!だからこれから寝るんだよ!」
もうビタ一文話なんて聞いてやるもんかと、さっさと布団を取り返してやった。
「ふぅん?」
不穏な気配が部屋を満たす。
どろどろしたチャクラは鬱陶しい。本来なら恐怖を感じて震え上がるべきなのかもしれないが、正直言って慣れっこになった今ではそんなことより睡眠のじゃまをされることの方がずっと厄介だ。
「任務には、いかない」
「駄目にきまってるじゃない」
今度は自分が捕まった。布団からずるりとひっぱりだされてぬいぐるみのように抱きこまれてしまう。ほぼ同じ体躯のイキモノだってのにな。俺の重さなんてこの男に掛かれば屁でもないんだろう。
脱力した体をぎゅうぎゅう抱きしめられて、多分ここで怒るべきなのにどうしてもそれができなかった。
「…お前な。暗部の任務に中忍連れてってどうすんだ」
「え?ヤリまくるでしょ。当然」
「やっぱりか!だからやだっつってんだろうが!」
実力差はある。それも、恐ろしいほどありすぎて泣き出したくなるほどに。
でもだな。コイツが必要としてるのは俺の体だけ。
それもコイツのやり方と来たら最低で、くの一たちに要求したら首の骨を折られても文句は言えないような行為ばかりだ。 激しくて容赦がなくて一方的な行為。それを同じ男にぶつけるこいつが正気な訳がない。
「イルカがいないとがんばれないよ。いいの?」
これが脅し文句になると知っているから、男も強気だ。
だがここで引けばまた同じ行為が繰り返されることになる。
服など着る暇もないほどに突っ込まれて嬲られ、抗えば縛られることすらある。相手がこの男だけなのが救いといえば救いなのかもしれないが、この男が常に一人とは限らない。
忍の術をこんな行為に使って悪びれない所か物足りないとまで言い切りやがったこともあるのだコイツは。
「良くねぇよ!おかしいだろ!自力でなんとかしやがれ!」
そうだ。任務に協力が必要だというならこの身を粉にして働くさ。だが違うだろう。これは。
精神安定剤のようなものだと、初めてズタボロにされた夜、暗部付きの医療忍なんて代物に告げられた。
良くやったと、良く生きていたといわれても、喜ぶ気になどなれなかった。
それでも一度だけだと言い聞かせ、納得はできなかったが忘れるように努力していたのに。
名を名乗ることもしなかった。いやむしろそれすら許されないほど一方的な行為だった。
もちろん家の所在など伝えるわけがない。だからこそ逃げ回るでもなくただひたすらに日常を送ることに普請したというのに。
ある日里を歩いていた俺を浚った男は、悪びれもなくこういった。
「アンタ俺のなのになにふらふら出歩いてんの?」
抵抗は死に物狂いで、むしろ本気で殺すつもりで抗ったが、焦れた男が強引に行為を進めたせいで、結果的に何もわからず一方的にやられたときよりもこちらのダメージが増えただけに終わった。
即上層部に訴え出るつもりで、だがそれは許されなかった。
「言うの?言ったら流石に取り上げられちゃうかもしれないからさ、そしたら浚って里抜けするね?」
新しい家はどこに立てようかとか、どんな玩具を揃え様かと歌うように楽しげに言う男を、見過ごす事が出来るほど俺は豪胆になれなかった。
蒸気を逸している男相手だからこそだ。その言葉が本気じゃないと誰が言える?
諦めて差し出された手をとったとき、全てが終わったのかもしれない。
それから、任務に発つ前になるとこうして迎えに来るようになった。
「だってホントのことだもん。できれば傷つけたくないの。目ぇ抉ったり、手足全部落とした女飼ってるヤツもたまにはいるみたいだけど、それじゃつまんないじゃない」
抱きしめて欲しいし、この眼で見て欲しいのだと男は言う。そうでなければ駄目なのだとそれはもう鬱陶しいくらいに真剣だ。
「ばかげてる」
なにもかもが狂っている。
逃げられないのは確かだ。そしてこの男が筋金入りの我侭で、たちの悪い駄々をおそらくは見過ごされるほどの高みにいるのだということも。
それはつまり生贄になれということなのか。
「大事なんだもん。見えるところにいてくれないと。俺の匂いで一杯にして、誰にも獲られないようにしなくちゃいけないし、いっそずっと突っ込んでたいくらいなのに」
キチガイ染みた欲求だというのに、さも譲歩しているのだとでも言いたげだ。
「いっそ俺のコト食ったらいい。溶けて交じってその内クソになるまでは、アンタの中にいるだろうよ」
生きたままこの男に所有されるくらいならそっちの方がまだましだ。
もうとっくに狂っているのだから、今更どうなっても同じだろう。里は使える道具であるのなら、この男自体がどうなってもかまいはしないはずだ。
そう思って悪態をついただけなのに、男は静かに俺の手をとった。
「駄目。本当はそうしたいけど、そうしたらいなくなっちゃうじゃない。絶対駄目」
駄目だ駄目だと繰り返しながら男がうなじに牙を立てる。
そこを食いちぎってしまいたいのだと囁きながら、涙を流す。
「…ここで、やってきますか?風呂に入れてくれるんならつきあってやってもいいですよ?」
馬鹿みたいだ。そう思うのに妙にすっきりした。
肌蹴たパジャマはとっくに男の手によって切り裂かれて床に落ち、これから始まる行為の激しさを物語るように討ち捨てられている。
直に、俺もああなる。指一本動かせないほどに使われて、ズタボロになったらそのまま治るまでしまいこまれてまた好きにされるだけだ。
飢えて乾いて餌を求めるケダモノが、この体に触れるだけで酷く満たされた顔をする。
歓喜のうなりを上げて飛び掛ってきたこのイキモノがほんの少しだけ見せる人らしい顔。
それはこの一瞬だけだと知っているからだろうか。
どうせすぐに欲望一色に染め上げられてしまうってのに、どうかしてる。
「全部、俺の」
くふくふと笑う男と同じくらい、俺もいつか狂ってしまうに違いない。
だがいっそその方が、この男のつがいにはふさわしいのかもしれない。
「アンタが、哀れで情けなくて最低なアンタが、それでも俺は好きですよ」
そう告げるたびに涙を流す男を、愛おしいと思った。


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適当。
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