熱々のラーメンを前に、俺は苦渋の選択を迫られていた。 「はいあーん」 「こっちのがおいしいよー?あーん」 そっくりそのまま同じ顔をした男が、俺にそのうまそうなラーメンを食わせようとしているからだ。 一楽の店主は気のいい親父だが、どうやら今回ばかりは無視を決め込むことにしたらしい。 …いや、ひょっとすると幻術の可能性もあるか。 あまりにも普段どおりに麺を茹で、快活な笑顔もそのままに他の客に水を出したりもしている。 俺はラーメンを食いにきただけなのに、どうしてこんなにややこしいことになっているのか、信じてもいない神に毒づきたくなった。 「自分の分は頼みましたから、大丈夫です」 片や一楽スペシャル全部のせみそとんこつ、もう一方は一楽スペシャルチャーシュー特盛ねぎだく油マシ。 どちらもいつかは挑戦してみたいと思っていたものだ。 …金銭的な事情もあって、一生夢に終わりそうだったそれをちらつかせながら、二人の男は互いに殺気だった視線をぶつけ合っている。 今日はしょうゆにするつもりだった。ちなみにトッピングはなし。なぜなら給料日がまだ先だからだ。 要するにちょっとした事情で金欠だったとも言う。 そしてそのちょっとした事情の塊がこうしてわざわざ更に騒動を大きくしてるってわけだ。 「いいから!食べて?」 そういいながらにらみ合うのを止めろ。 「そうそう!こういうの好きでしょ?」 好きは好きだが目の前で争われていたら、味などわからなくなるだろうが。 それに中身までそっくり同じな二人の内のどちらかだけを選べば何が起こるかわからない。 「黙って食え」 俺に言えたのはそれだけだった。 …それが火に油を注ぐとは知らずに。 「じゃ、俺チャーシューね」 「ふぅん?じゃ、俺はこっちのわんたん」 「は?」 何故か目配せしあったかと思えば、各々勝手にお勧めらしきものを箸で掴んだ。 そして。 「「はいあーん!」」 「んぐっ!?」 同時にねじ込まれたそれらは確かに美味かった。こんな状況にもかかわらず思わず頬が緩みそうになったほどに。 とろとろに煮込まれたチャーシューは、肉と脂身の比率が絶妙で中までしっかり旨味が染み込んでいる。 しっかりと肉の味がするのに柔らかいのが一楽チャーシューの特徴だ。 そしてわんたん。そんじょそこらの皮しかないようなわんたんとちがって、しっかり中身が詰まっている。 当然茹で加減も絶妙に調節されており、つるりと滑り込むように柔らかく滑らかなのに、しっかり腰もあってなんとも言えずうまい。 それらを同時に食べるなんて、ある意味すごく贅沢だ。…思わずしっかり味わってしまった自分の貧乏性ぶりに泣きそうだ。 それ以前に呼吸すら困難になりそうなほど容赦なくつっこまれたせいで、すでに軽く涙ぐんでしまってもいる。 「卑猥ー!」 「もう誘ってるとしか思えないんだけど!」 さっきまでお前ら喧嘩してたんじゃないのか!? そう怒鳴りつけたい。本当なら。 口の中の天国とは対極にあるようなこの状況に、怒ればいいのかそれとも黙ってラーメンを食ってしまうべきか。 とりあえず腹立ち紛れに箸をもう一膳取り、同時にチャーシューを掴んで片方の口にねじ込み、わんたんをもう一方の方にねじ込み、ついでに麺は自力で容赦なくすすってやった。 両手で箸を持つなんて無作法な真似をすることなど、きっと金輪際ないだろう。 「あーうまい」 「ホント!」 「良かった…!」 すっかり意気投合してきゃいきゃい喜び騒いでいる男にはかまわず、俺は食事に集中するコトにしたのだった。 「で、なにやってんですか。あんたは。機密の塊の癖に」 「だってぇ…イルカせんせがいないとさみしいんだもん」 「そ、そ。お礼もしたいし?」 「お礼なら結構です。任務ですから。二人分の食費は経費として請求させていただきます」 まあさっきのラーメンはあらかた俺が食っちまったからそうもいかないだろうか。 …いや、俺の行為に調子に乗った二匹…いや二人がひな鳥のように口をあけてねだるから、結構な量を食べさせたような気もするから、やっぱり請求してやろう。 そもそもこの上忍が全部悪いんだからな。 「そんなの当然でしょ?」 「どーぞたっぷり請求してね!あ、それより俺の財布つかう?」 「それよりさっさと戻る方法探してくださいよ…」 財布は魅力的だ。だがそれよりもこの状態を何とかしてほしい。 新しい術の開発の際に事故に巻き込まれたと聞いたときは同情もした。 詳細不明のまま、看護の任務を依頼されたときも、だからこそ頷いたというのに、実際のところ健康な男がもう一人増えただけなんてとんでもない状況だったわけだ。 これ以上増えないで欲しいものだがそれも分からないと聞かされて、五代目が戻るまでは外へは出すなと厳命されて、ようするにこの任務が一種の子守に近いものだということだけは理解した。 なんでもかんでも押し付けないでくれ…! そう叫びたくなったのは、確かせいぜい3日前のはずなのに、もうすっかり疲れきっている。 「五代目が戻るまで無理だもん」 「ねーねー?今日は俺が隣ね!」 「ダメ!俺に決まってるでしょ!」 なぜか隣に寝たがる二人のおかげで、安眠なんてできるはずもない。 なにせベッドと、後は客用の布団が一つしかないのだ。 それもなぜか二人で寝るのは嫌がる。そっくりそのまま同じ顔をして、ヤダだのイルカ先生の隣じゃなきゃ眠れないだの…。もうどうしてくれようか。このわがまま上忍は。 「もういっそベッドも布団も一人一つにしましょう」 そう提案して布団を買いに出た後昼飯を食ってたらこれだ。 どうしてついて来るんだとか、家から出るなと言っただろうとか、それ以前に布団が増えるのにどうして隣を争うんだとか、言いたい言葉は山ほどあるのだが、何とかそれを飲み込んだ。 わざわざ湧いて出たのは昼飯の用意が遅くなったからだろうか。退屈そうに本を読んでいることは多かったけど、家では楽しそうにしていたというのに。 「帰りましょう。隣は…もういいです。わかりましたから。布団並べて敷くので、真ん中が俺なら文句はありませんね?」 「「えー?」」 何だこいつら。まだまだ文句あるのか。上忍だからって何でも許されると思うなよ!? 「文句があるなら俺は他所に泊まります!」 「「それはだめ」」 「いつもそれくらい息があってたらいいんですけどね…」 毒づきながら、とにかく早く五代目が帰ってきてくれることを祈らざるをえなかった。 「しょうがないなぁ」 「だって、一緒がいいって言ったのはイルカ先生だもんね?」 こうやって文句ばかり言う上忍にため息をつきながら。 ちなみに、五代目の帰りはそれからさらに5日ほどかかり、その間に俺が何をされてしまったかについては…。 …できれば一生の秘密にしたい。 ********************************************************************************* 適当。 続きいるんだろか。 ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ! |