眠気覚ましに煽った水が生ぬるくて、重ったるい体を引きずって風呂場に行くのも億劫で、かといってこのまま眠りこむわけにも行かない。 「ん、イルカ先生」 絡みつこうとする手はやんわりと拒んで、ぎしぎしと軋む腰を悟られないように意識して背筋を伸ばした。 「アンタは、寝てなさい」 多分まだ間に合う。この男は寝ぼけているようだし、何が起こったか痕跡を全て消してしまえばあるいはなにもかもがなかったことにできるかもしれない。 少なくとも…男が痕跡に気付いたとしても、俺がそれを望んでいないことくらいは察するだろう。 まずは風呂だ。飯も食って、あとは…あとは寝潰れているこの男に気付かれないようにシーツも交換しなくては。 幸い昨日あれだけ俊敏だったのに、随分とだるそうにしている。 任務明けだってのにあれだけやれば当然だが、チャクラ切れでも起こしていたら面倒だ。 あんなことをしておいて、間近に何日も側いられたりなんかしたら、流石にごまかしきる自信はない。 汗で湿った髪をかき上げて、風呂場に急いだ。 飛び散った体液も、流した涙も、なにもかもをなかったコトにするために。 ***** 生ぬるかった水も、しばらく流し続けていれば多少はましになる。 少々冷たすぎるくらいのほうが、俺にとってはちょうどいい。 「さっさと、飯と、洗濯」 「もう出来てます。洗濯は、後でね?」 「ぎゃあ!」 ぺたりと背中にくっついたこの感触は、間違いなく、その、あれだ。あれ。朝だからにしたってだな!? …というかなんで勝手に入ってきてんだ。大人しく寝てればいいのに。 「もうひっどいなぁ。一緒に寝てくれないからお風呂一緒にしちゃおうかなーって」 「ナニ勝手なこと言ってんですか!仕事なんだし、まだ俺が風呂に入ってるんです!さっさと出てけ!」 「あ、お休み申請しておきましたから」 「きいてんのかってイヤイヤそうじゃねぇナニ勝手なことを!」 「え?いやだって初めてでしょ?初夜」 「そういう恥ずかしい単語をしれっというんじゃねぇ…!っていやその、ええと!」 予想外の反応だ。 だって明らかに正気じゃなかったぞ?昨夜のコイツは。 ナニをしれっと初夜だなんだと恥ずかしいことを言い出すんだ。 「多少強引は方がほだされてくれるかもって、決死のアタックかけてよかったなー!体の相性も最高ですよね?」 「っにいってやが…んぐ!」 強引に重ねられた唇、間近でうっとりと目を細める男の顔。 何もかもに現実感が薄い。 「歩けちゃうなんてやっぱりちょっと我慢しすぎました。ま、気持ちよさは保障しますんで」 「え?おい!ちょっ!なにする気だ!!」 全身をまさぐる手のおかげでその意図は丸分かりだったがあえて聞いた。 「恋人同士なんだからいちゃいちゃするに決まってるでしょ?」 真顔だ。びっくりするくらい真剣で、ついでに興奮を隠さない。 なんなんだよ! 「アンタ、告白もなにもしてねぇだろ…!夜中に窓から転がり込んで気た挙句、半分眠ってたってのに…!」 襲い掛かられたというに等しい状況でも、何とか冷静で要られたのは相手がコイツだったからだ。 懐っこいようでいて微妙に距離を取り、その癖ならばとこっちが距離を広げるとソレを縮めてくる。 扱いに困った。こっちは気まぐれに何日も来なかったりするくせに、勝手にやって来ては無防備に俺んちで寝泊りしたり飯食ったりするイキモノに、既にほだされかけていたから。 こんなんじゃ駄目だと、密かに引越しでもしようかとたくらみ始めた途端、これだ。 どうなってんだ。コイツの頭の中は。 「え!伝わってなかった…?言いましたよ?あ、でもイルカせんせは可愛く喘いでたんでまあ、聞こえなかった?」 「ぎゃー!何言ってんだアンタは!」 「改めまして。好きです。誰もいらないと思ってたのに、俺のこと捕まえちゃった責任とってくださいね?」 自分勝手な台詞に、どこか必死さが滲んで、悲しいほどあっさり諦めがついた。 …この男も戸惑っていたんだろう。俺だって同じだ。 「アンタこそ責任取りやがれ!」 まだ好きなんて言えなくて、叫ぶようにそういった途端。 その場で押し倒されて何度か挑まれた挙句、布団に逆戻りしてからもたっぷりやりたおされたってのは…一生の不覚といっていいのかもしれない。 「お誕生日おめでとうございます」 歌いだしそうなほどにご機嫌な男にそう祝われて、ケーキを食ったのは翌朝のこと。 …男自身が誕生日プレゼントのつもりだったと知るのは、それから数ヵ月後。男が俺も同じものが欲しいと強請ったときのことだった。 ******************************************************************************** 適当。 ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |