縁(適当)


 折角の結婚式だ。伝えたいことは山ほどあったのに、胸を満たす感情が涙になってあふれ出すばかりで、スピーチの内容なんて碌に覚えちゃいない。前日だってほとんど眠れなくて、折角の晴れの日だってのに、みっともなく泣いてた記憶しかないなんて情けないにも程がある。
 立派になったあの子がまぶしすぎて、隣に立つ美しい花嫁の幸せそうな表情が嬉しくて、ああやっとコイツが欲しかったものが手に入ったんだと思ったら、堪え切れなかったんだよなぁ。
 良かった。これであの子はもう一人じゃない。…俺は、みっともなくて情けない父親がわりだったかもしれないけど、これから未来を作っていくあの子を、見届けることくらいはできるだろう。
 嬉しくてたまらなかったんだ。ほんの少しだけ寂しくもあったけど、そんなものどうだって良かった。ずっとずっと前を向いて運命に食らいついていったあの子が、夢を叶えていくんだ。これからもずっと。
 カカシ様、もとい、カカシさんも笑ってたなぁ。あんな風だけど見た目に反してものすごく情が深い人だ。ナルトのことだってずっと気にかけてくれていた。まあちょっと変わった人であることは確かだが、あの子を見る目が、多分俺と一緒だった。
 巣立っていく子供を見送る親は、きっとこんな気持ちなんだろうな。
 もう、大丈夫だ。そう思えることが嬉しかった。俺と同じような目線で見送ってくれる人がいてくれることに、一方的に寂しさと喜びを分かち合える人がいるように思って、多分少しだけ安堵していたと思う。
 ぐずぐずと鼻水を啜って、ハンカチで顔を拭って、心配ばかりかけた子が、優しくて誰よりもあの子を大切にしてくれる嫁さんと一緒に歩いていくのを見送った。
 祝い酒だと振舞われたものを、各国のそうそうたるメンバーにすすめられて何度も杯を干したというのにこれっぽっちも酔えなくて、引き上げていく人々を見送ってから歩む家路は妙に遠く感じた。
 この幸せな気分のまま眠りたいのに、賑やかで幸福の匂いに満ちたあの空間が楽しすぎたせいだろうか。たくさんの人たちが祝福してくれて、こんな世界を作ってくれた子が、父ちゃんと呼んでくれたことが誇らしかった。
 置いていかれてしまう寂しさも、親だと認めてもらえたからこそ、だよな。
 手なんかとっくにつないでいられないくらい遠くに走っていってしまっていたことに、今更気づいて、ちょっとばかり感傷的になってるだけだ。
 独り身なのがまずいのかもなぁ。女の人の扱いなんて得意じゃないし、子どもたちにももてなさそうと口々に言われては、大人になったら結婚してあげようかなんていわれてるもんな。
 同じ独り身でもあの人とはえらい違いだ。長いこと一人であることに対して業を煮やしたご意見番が口をすっぱくして嫁を娶れといっているらしいが、流した浮名の数よりずっと誠実な人だからな。里を支える重圧を、誰かが支えてあげて欲しいと思うのと同じくらい、あの人はそれを誰かに負担させることを望まないだろうと言う確信もある。
 あの人には幸せになって欲しいなんてな。おこがましいことを考えていた罰があたったのかもしれない。
「ああ、遅かったですね?」
 だからこうやって、俺の家の前で何故かさっき俺を見送ったはずの人が立っていることが信じられなかった。
「へ?あれ?カカシさま?」
「だから様は止めてって言ってるでしょうが。ね、あげてくださいよ」
「はぁ。別にかまいませんが、その、ろくなもんがないんですよ」
 あの子に贈る言葉に迷いすぎてついつい一楽に通い詰めて、それから一張羅を新調して、祝いはいらないと断られたがそうもいかないしいざとなったらあの子の親としてできるだけのことをしたいと思ったから、その分は貯金して、気づけば懐具合が寂しいことになっていた。
 それになんだかんだと式の準備についついちょっかいを出してしまったおかげで、このところ落ち着いて家にいることもできなかった。悩むことが多すぎて、最近何を食ってたか、何を買ってきていたかすら定かじゃない。
 まさか里長相手にカップラーメンはないだろう。飯なら炊いて出た気もするから、せめて茶漬けくらいはできるか。カップラーメンよりはマシだろう。冷凍の鮭と、そういえばもらい物のいくらのしょうゆ漬けもあったな。お茶だけは三代目のおかげでいれなれているから早々マズイ物を出すこともない。のり、も、あったよな?多分。そんな気がしたんだけど気のせいだったらどうしようか。
 まあどっちみち、この人も随分飲まされていたみたいだったから、胃に優しいもののほうがいいだろう。  家に上げて座布団を勧め、それから茶を入れるついでにレンジに鮭を放り込んで温めた。幸いのりは湿気ていなかった。まだ乾燥した季節で助かったな。四苦八苦して乱暴に鮭をほぐして、茶碗に適当に飯を盛っていくらのしょうゆ漬けも添えた。見つけ出したのりも小皿にのせたし、これでなんとかなるだろう。
「どうぞ」
「ん。ありがと。イルカ先生も食べなさいね。酒ばっかり飲まされてたでしょう。随分泣いてたし、水分も摂ったほうがいいですよ?」
「は、はぁ。そうですね」
 言われてみればその通りなんだが、飯はともかくとして、鮭はそれだけだし、しょうゆ漬けもケチるのもアレだと思って、小さなビンに入っていたものをほとんどのせてしまっていた。多すぎると茶が注げないからってのと、急いでたから雑に盛ったせいで、残っているのは申し訳程度にビンの底にへばりついている分だけなんだよな。
 曖昧に微笑みつつ、握り飯にでもして誤魔化そうかと悩んでいたら、茶碗の中身をざくざくと混ぜ合わせた人が、いきなりスプーンを突き出してきた。いや、俺がそっちの方が食いやすいと思って渡したんだけどな?なんでそれを俺に?
「ほら、食べて?」
「え、と、はい」
 里長に真剣な顔で詰め寄られて断れる忍なんているだろうか。もちろん俺は無理だ。いらないのかもしれないしとか脳内でだけ言い訳して差し出されたものを口にした。適当に作ったにしては美味い。しょうゆ漬けの塩味が飯によく合う。のりの香ばしさで生臭みも消えて、思った以上に空きっ腹に染みた。
「ん。おいしいね。これ」
 …そのまま自分も一口食うのはどうなんだろうな。まあ俺も子供たちにはやっちまうことがあるが、普通はいやがるんじゃないのか?関節キッスーとか騒がれるヤツじゃないのかこれ。
「どうぞ、召し上がってください。まずくないことは確かめられたんで大丈夫ですから!もらい物のいくらのしょうゆ漬けなんですが、絶品ですよ!」
「そ?良かった」
「へ?」
 良かった。とは。ええと、俺はそういえばこれを誰に貰ったんだったか思い出せないぞ?このところずっと結婚式のことで頭が一杯だったせいで、実をいうと今一集中できていなかった。私生活なんて完全に壊滅だ。この間なんてなべも転がしちまったしな…。
 この言い方は、つまり、その。俺は大変失礼なことをしちまったんじゃないだろうか。
「ラーメンばっかり食べてると身体に良くないですよ?作る時間もなかったのは知ってますけどね。最近それすら食べないし、心配だったんですよね。手のかからないものなら食べてもらえるかと思って。贈ったものが役に立つのは嬉しいですよ。ま、俺も色々と肩の荷がおりましたから、野菜は追々」
「い、いえ!お気遣いなく!」
 世話好きだよな。忍犬使いだからだろうか。
 それにしても食ってる姿も様になるな。俺に食わそうとしてる姿もってのがなんともいえないんだが。失礼を詫びるタイミングは完全に逃してしまった。
「ほら、食べて」
「あ、はい。どうも」
「ふふ。おいしい?」
「ふぁい」
 聞きながら食うのと、食わされるのを交互に繰り返すのははっきり言って拷問だ。里長直々に、それも粗相をした直後に手づから飯を食わされるなんて、気まずいにも程がある。速やかに終わらせるためにがっついたのが良かったのか、幸いすぐに茶碗の中身は空っぽになった。背中に妙な汗が噴出して、一張羅を脱いでおくべきだったと少しばかり落ち込んだりもしたが、とにかくこれで解放されるはずだ。
「ごちそうさま。…さてと、じゃ、本題なんですけどね」
「へ?ええ?」
 本題ってことはなんかあったのか。ナルトがなにかやらかした…ってことは流石にないだろうから、これからの事務処理のことだろうか。今回は随分と他里のものを迎え入れて対処したから、記録と手続き関連で処理すべき書類は山ってほどあるだろうからな。
 何で今で俺になんだという疑問はあるが、この人は困ったことがあると何でも聞いてくる人なんだからしょうがない。確かに事務仕事は得意な方で、昔から受け付けを経験してきてるヤツの中で、生き残ったのが俺だってのもあるけどな。この間も良く分からない理由で感謝されてたけど、俺のできることなんてそう多くはない。
「俺もね。独り身が辛いのよ」
「はぁ。そうですね。俺も…」
「でしょ?あいつもやっと手が離れたし、今がチャンスだなと思いまして」
「そうですね。あいつもやっと…チャンス?」
 折角しんみりしてたのに、唐突に不穏な単語を耳にした気がする。今がチャンスってなんだ?しかも里長直々に。見合いか、ソレに近いことのセッティングでも頼まれるんだろうか。女性にツテなんかないぞ。俺じゃなくてゲンマさんとかに頼んだ方がいいと思うんだが。
 それともこれはただの愚痴なのか?境遇が似ている者同士の。
 それにしては真剣すぎる目が、俺の中までのぞき込むように間近に迫っていた。
「イルカ先生」
「うお!?」
 手を握られたこと自体は初めてじゃないが、驚くだろ。普通。いきなり同性に手を握られるなんてことになったら。いやこの人は多分こういうのが平気な人なんだろうけど。
「しちゃいましょうよ。そろそろ」
「は、はい?いえでもですね。申し訳ありませんが相手が」
「いるでしょ。ここに。自分で言うのもなんですが、そこそこ優良物件だと思いますよ?」
「ここにいるって、どこに?」
「俺です」
 手を握ってにっこり笑った笑顔がまぶしくて、多分判断を誤った。最近この人妙にこの手の接触が多いから、スキンシップが好きな人なんだろうと思っていたのも敗因か。
 茶碗を流し台に置いて、そのついでとばかりに俺を寝室に放り込む手際はすばらしく早かった。
「え?あの?なんで脱ぐんですか!ちょっと待て!カカシ様!」
「はいはい。様は止めてね?ま、ベッドの中でそういうのも燃えるからありっちゃあり?」
「うおこらまてパンツ!俺の一張羅!」
「うん。ちゃんと後でクリーニングだしときますね」
 にんまりと笑ったの現役火影様がそれから俺に何をしたかなんてのは、その。いえるわけないだろ!
*****
 それでも朝はやってくる。それがありがたくもあり悲しくもあったが、今はそれどころじゃないというのが正しい。
「どうしてなにがどうなって…?」
 尻が痛い。シーツが人に言えないモノで汚れ放題で、一張羅はいつの間にやらハンガーにかけられているが、パンツはどこかに放り投げられたままだ。
 元凶はといえば、一糸纏わぬ姿でついばむ様にせっせとうなじに口付けを落としては、ムフンと満足げなため息を吐いている。
「やー燃えましたね。初夜」
「カカシさん!」
「はいはい。なんですか?俺の奥さん」
「うう!それが!なんでどうしてそうなる!」
「お買い得物件ですし、もう使用済みだから返品不可ですよ?独り身じゃなくなりますし、料理割と得意なんですよね。お互い忙しい身ですから、引越しは早い方がいいですね」
 使用済み。使用したといえるのか。これは。確かに料理は苦手だし独り身脱出をひそかに誓ってはいたが!
「俺は!」
「…ね。一緒に幸せになりましょうよ?」
 悲しいかなさりげなく手を握ってそう囁く今までにない艶を放つ人に、逆らうような気力は残っていなかった。
 精神が理解を拒絶したとも言う。
*****
 執務室前の廊下は声が良く響く。おかげで飛びつかれても書類の山をぶちまけずに済んだ。
「いっるかせんせー!」
「おお!ナルト!ヒナタとちゃんと仲良くやってるか?」
「へへ!もちろんだってばよ!それよりさ、その、俺もお祝いっていうかさ」
「は?」
 新婚特有の甘ったるい空気を纏ったかつての教え子に目を細めていたいところだが、お祝い?何の話だ?
「え?いやだってさ、結婚したんだろ?カカシ先生と」
「なっ!?何の話だ!」
「なんかさ、寂しいっつーか、色々思うことはあるけどさ、イルカ先生にもカカシ先生にも幸せになって欲しかったからさ」
 手渡されたものが一楽ラーメン割引チケットだってのはまあいい。嬉しいもらい物であることは確かだからな。
 …結婚って、どういうことだ?確かになし崩しに側近にされて家もヤり倒されて目覚めてみたら火影邸に引っ越されてはいたが、結婚なんてものに同意した覚えはない。断じてない。
「おー。良く来たな。ナルト。それでどう?ヒナタとは仲良くやってるの?」
「イルカ先生と同じこと言ってるってばよ!やっぱ夫婦って似てくるのか?ヒナタとは一緒にいるとなんていうか、その、へへ!幸せだってばよ!」
「まーやーらしい笑い方しちゃって。ほどほどにしなさいよ。新妻といちゃつくのもいいけど、泣かせたら日向一族総員から全力で始末されかねないからねー?」
「泣かしたりなんかしない!ヒナタにはずーっと笑ってて欲しいんだってばよ!」
 惚気る姿は微笑ましい。が、しかしだな。
「…あのですね。カカシ様。俺が、その」
「ああ、式は引退後にゆっくりのが良いかと思うんですよ。ナルトのときにやったようなもんだしね」
「そっか。イルカ先生あの時すっげぇ良い顔してたもんなぁ」
「ちょっとまてナルト…!その人のヨタ話を真に受けるな!」
「そういうわけだから、さっさと火影になれるようにがんばんなさいねー」
「おう!任せとけってばよ!」
 キメ台詞と共にヒナタが待っているからと走り去っていく背中は中々頼もしくみえるが、やっぱりアイツ頭の方が色々心配だ。
 この人に何度騙されてるんだ…!今までも色々ひっかかってきたんだろ!呼び止めるにはあまりにも新婚オーラが濃厚すぎて訂正する余裕すらなかったのが悔やまれる。でもなあ。新婚生活に水を差すのもマズイよな。うぅ…!
「だいたい!あなたも何を考えてるんですか!俺は別に!」
「新婚旅行も先送りになっちゃってごめんね?もうちょっといいタイミングでアイツに渡してやりたいんだ」
「…それはその、わかってます。そうじゃなくて!」
「うん。指輪はもうちょっとでできるからね」
「ゆびわ?」
「ま、今日は早く帰るから、たっぷりいちゃいちゃしましょうね?」
 言いたい放題言って、どさくさにまぎれて唇を盗んでいった現役火影であるはずの人は、すたすたと執務室の中に消えていく。
「おいで」
 逆らうことなど考えもしないそぶりで、夜の気配を濃厚に放つ声で俺を呼んで。
「くっ!」
 後で絶対文句を言ってやる。その前にこの急ぎで決算しなきゃならない書類を片付けてからだが!
 鼻息荒く書類の山を増やした俺にも、里を統べる男は幸せそうに笑っていた。

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適当。
アニメも最終回を迎えて感慨深いというか胸が一杯です。遅ればせながら、狩るモードにはいった可憐な火影様おいておきます。

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