ひとくいおにのこもりうた(適当)


 蕩け切っただらしない表情で、しかも人の上にのしかかったまま寝くたれるこの人をみたら、きっと誰しもが己の目を疑うだろう。
 長い手足を絡みつかせてくるから窮屈だし、胸の上に頭を載せられているから息も苦しい。髪の毛が時折鼻をくすぐって、いっそそのやたらとボリュームのある髪にくしゃみでもしてやろうかと思う。しかも押しのけようにも足腰が立たないってのは、まさに八方塞だ。
 そもそもの原因は、むにょむにょと何事か寝言らしきものを口にしているようだが、聞き取れそうにない。…まあ表情からして内容は大体察しがつくんだが。
 器量よしが笑うとそれだけで破壊力が高いってのを、今痛感している。
 とんでもない目に合わされたってのに、どうも思いっきり怒鳴りつけるという気にもなれない。まあそれだけの気力がもうないってのもあるけどな。
「そろそろ起きろってんだちくしょう」
 ぺいっと鼻をつまんでやったものの、どうやら未だ夢の中にいるらしい男は、むしろ指先に鼻をすりよせてくるほどで、一切堪えた様子はない。
 そりゃそうか。たかが中忍の一撃なんて、たいしたことないよな。アレだけ必死で抵抗してもどうにもならなかったもんな!ははは!…はぁ。
 昨夜、寝入りばなの俺を襲った男は、散々好き勝手に人の体を使った挙句、何度目かわからなくなるくらいやり倒して、終わった瞬間もう満腹ですとばかりに幸せそうな笑みを浮かべたまま寝落ちしやがったのだ。
 おかげでこっちは腰が立たない。上忍様の方はどうかしらないが、こちとら明日も普通に仕事がある。
 授業が終わったら受付で、しかも間の悪いことに夜勤まである。
 夜間受付にこんなへろへろした状態で入るなんざ自殺行為だ。己の職務を全うしたいのは山々だが、何かと目をつけられているだけに、さすがにそんな真似をする気はない。
 因縁をつけられるだけならまだしも、人目がない状況で弱った獲物がいたら、最悪再起不能になるまで嬲られるだろう。特に今は状況が悪い。
 体は頑丈な方だと思うが、この状態じゃ逃げることもできない。戦うにしても、相手が中忍でも良くて五分、上忍ならほぼ確実にやられるのはこっちだ。任務後で気が立っていてついやりすぎたなんて言い訳でもされれば、相手の家によっては存在そのものももみ消されかねない。今までだって何度かそんな目にあってきて、たまたま三代目が目をかけてくださっていたからなんとかなってきたが、五代目様は就任したばかりでそこまで手を回す余裕はないだろう。それはこのところまた増えつつある襲撃の回数から言っても確実だ。こっちの隙ができるのを、虎視眈々と狙っているに違いない。
 つまりはこれから交代要員を見つけなきゃならないってことで、こんな直近になって交代なんて言い出そうもんなら、その代わりに残業を何回引き受けなきゃならないかわかったもんじゃない。同僚も味方ばかりってわけじゃないからな。仕事が滞るから仕方なくって感じの奴もいる。それを責めることができるほど、俺も馬鹿じゃない。
 仕方ないんだ。たまたまこの男が俺を使ったのも、きっと。
「…死ぬわけじゃない。だいじょうぶだ。なんでもない」
 暴行を受けたのは何も初めてって訳じゃない。こういう意味でのちょっかいは初めてだが、ハラワタをぶちまけそうになるほど殴られ続けたことも、骨を折られたことだってある。下手すりゃ任務より怪我の回数が多いくらいだ。
 何度も言い聞かせた台詞をゆっくり心にしみこませてわき上がる感情を少しずつ殺していく。なれた作業だ。これを絶対にあの子に覚えさせたくなくて、だからこそ踏ん張れる気がしていた。
 ああ、でも、少しだけ泣きたいのかもしれないな。いまさらなのに。
「きのせい、だ」
 胸の奥に居座る鉛のように重苦しい塊を深呼吸して飲み込む。こんなことはいくらだってこれからもあるだろうし、それでも死ぬまで立って戦うと決めたのは自分だ。
 守ってくれた人はもういない。最後の一人も俺を置いていってしまった。枯れ果てたはずの涙がにじみ出るのを、息をつめて耐える。情けない。この程度、なんてことないはずだ。手も、足もつながっている。俺はまだ立てるはずなのに。
「…ん。どうしたの?」
 寝ぼけ眼の上忍が、収まりの悪い髪を掻き揚げて、うれしそうに擦り寄ってきた。誰と間違えてんのか知らないが、全裸の同性に見せる面じゃないだろう。それは。
「…はたけ上忍。申し訳ありませんが、これから出勤なんです。離れていただけますか?」
 傍若無人に人を蹂躙した相手に対してなのに、最大限の敬意を払っていたと思う。正気じゃなかった可能性が高いことを考えると、これで状況を把握して、記憶を消すなりなんなりしてくれるだろうと期待した。
 知っていたはずなのに。期待ってのは大抵裏切られるもんなんだってことは。
「…イルカ先生。お話があるんですけどね」
「…はぁ。手短にお願いします」
 寝ぼけていたにしてははっきりした発音だ。どうやら正気、か?少なくともいきなり錯乱してこっちを殺しにきたりってことはなさそうだ。ならなんで俺なんだ。通りすがりをつかまったならまだしも、こんな集合住宅のどこにでもあるような部屋を選ばなくてもいいじゃないか。
「既成事実もできたことだし、俺のってことでいいですよね?」
「は?」
 上忍は笑っている。いやみったらしさのかけらもない、むしろ清潔とか清廉とか呼ばれそうなほどに清清しい笑顔で。
 口にした内容に一切そぐわない。…大丈夫か。この人。どうかしちまったんじゃないのか。その場合五代目を呼び出してもいいのか?むしろこの人の機密の塊っぷりから考えると、今すぐにでも連行した方がいいんじゃないのか?
 戸惑いを隠しきれずにいるってのに、お構いなしに距離をつめてくるのは、昨日と同じだ。
「欲しいものは絶対手に入れるし、絶対守るって決めてるんですよね」
 うやうやしく取られた無骨な指先に、口付けが落とされる。ジワリと背筋を伝うのは、恐怖か、それとも。
「おれは、しごとが」
「俺が、休みにしといたから大丈夫ですよ?とりあえず、色々始末もしなきゃですし」
 何の話なのかはわからない。不穏な気配だけが肌を刺し、身震いする体を白く長い腕が戒める。どこにも逃がさないとでも言いたげに。
「離せ!」
 限りなく本能に近いものがうずいて、反射的に突き放したはずの体は、びくともせずに俺を絡めとったままむしろその力を強くした。
「ああ、それは無理ですねぇ。ま、気長にあきらめてもらいますから、ね?」
 穏やかに微笑む聖母のように、慈愛とともに死に限りなく近いものを垂れ流すイキモノが、唇を奪っていく。
「好きですよ」
 吹き込まれる言葉の熱っぽさとは裏腹に、指先はぞっとするほど冷たくて、それがこの人らしいと、逃避のようにそう思った。
 
 …里内で、一人の忍が命を落としたと知ったのは、それから3日後のことだった。



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適当。
あきなので湿っぽく。ニーズとかで続いたり続かなかったりすると思います。

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