「ごはん下さい」 「いやです」 「…おなかがすきました」 「そうですか」 ここで引き下がってはいけない。そんなことをすればこのイキモノは許されたと思い込んで、また同じことをするからだ。 何事も最初が肝心だ。一度甘やかしてしまえばそれが当たり前になる。我が物顔で俺の家を占拠してる時点で、本来なら追い出さなきゃいけなかったんだ。 怪我人を拾ったのはかれこれ1週間は前のことになるだろうか。 ズタボロで、それこそ文字通り服は傷だらけでボロボロで、しかも血まみれのが落ちてたら、そりゃ放ってなんかおけないだろ。 だから拾った。風呂場に運び込んで致命的な怪我はないか確かめて、洗って、見た目がドロドロだった割には本人の体にあるのはさほど酷い怪我じゃなくて、応急手当だけで良さそうだったからとりあえずの手当てをして布団に寝かせた頃にはすっかり疲れ果てていたけど、ぐっすり眠ってるらしい生き物は目覚める気配もない。 コレだけ弄り回されて抵抗もできないなんて、コイツ本当に忍だろうか。 それも洗ってるときにボロボロだった装備を外したら、こいつはどうやら暗部なんじゃないだろうかってことに気がついた。 どうしたもんだろうと三代目に相談することも考えたけど、折悪しくというか、外遊に出ていてあと10日は戻ってこない。 しょうがない。怪我や状態が深刻なら迷わず医療班だけど、なにか任務上の都合があって病院にいかなかったのかもしれないから起きてから連れて行こう。 それに意識のない人間は重い。…嫌なことばかり思い出すからできるなら担いだりしたくなかった。怪我にもよくないもんな。 そうして汚れた服の処分に困りつつもパジャマを着せて布団に放り込んで、俺も隣で眠ることにして、でも朝になっても暗部は中々起きなかった。不自然なほどの深い眠りに不安をおぼえなくもなかったが、帰ってきたらいなくなってるだろうと握り飯を枕元において俺も任務に出た。 「それが、よくなかったんだよな」 飢えを訴え、腹を満たす物を乞うイキモノを極力意識の外に追い出しながら一人ごちる。 あの日、餌も寝床も用意してしまった。 どうやら勝手に任務にも出て行っているようなのに、こうして俺の家に帰ってくるようになってしまった。 三日目くらいまでは任務にも気付かなかったから病人への介護のつもりでふらふらしてるのを手伝ってたんだが、その翌日の深夜に任務にいってることに気がついて、じゃあなんで帰ってくるんだろうってやっとそのとき疑問に思ったわけだ。 薄給の身の上で、元気なヤツに飯を食わせる謂れはない。 そう気付いたから、この所大っぴらに俺の家に“帰って”くる男を、心地良い環境に整えすぎた我が家から追い出そうと決めた。 決めたんだが、今まさに揺らいでいる。 文句は言わない。最初から言葉少なで、大人しいイキモノだからな。ただやたらとくっついてくるのを好んではいたが。 それが、机の端に顎を乗せて首をかしげ、俺を見つめている。 …餌を待つ犬の顔で。 「ごはん」 くれないの?とばかりにくりくりと目だけを動かしてじぃっと、視線に重みすら感じそうなほどで、それも純粋に主の愛情を待っている。 そう、きっといつまでもずっと。俺が折れるのを。 「…飯、自分でよそいなさい」 「はい」 にこーっと笑う。まるで邪気のない笑みは、本当にコイツが忍なのかと疑いたくなるほどだ。 「おかずは、冷蔵庫、に…」 「一緒がいいです」 「俺はいいから」 「一緒が、いいです」 この犬は意外と頑固なのを忘れていた。 声を荒げたりはしない。ただその代わりといってはなんだが、一切譲歩もしない。 …しょうがねぇのか。これは。 こんな風に待ってられたら、落ち着かないにもほどがある。 「いいですか。ごはんは上げます。でももう自分の家に帰って寝るんですよ」 「ごはんおいしそうですねぇ」 …駄目だ。きいちゃいねぇ。いやきっと意図的に無視してやがる。 「きいてんですか?」 「はい」 何にも悪いことなんてしてませんって顔だ。あれだ、まぶしい笑顔ってきっとこういうのを言うんだ。なまじっか顔がいいやつがやるとドキッとする。 何もかもうやむやにしてしまいたくなる。 …自分以外の存在を懐に入れすぎないようにするって、決めたばかりなのに。 「おうちに、帰るんですよ」 返事はなく、ただにこにこと笑うばかりの男が、ここが俺の巣ですと主張した挙句に俺を押し倒したのは、飯を食ってすぐのことだった。 ******************************************************************************** 適当。 で、いついちゃったよどうしよう⇒じいちゃんに暗部がなにやっとるかー!⇒懲罰任務まみれでなんでおうちかえれないのおうち…おうち…の結果が数年の後、執着としたたかさをたっぷりこじらせた上忍がひっそりいつくとかいつかないとか。 ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |