結局受付当番の終業とほぼ時を同じくしてヤツは現れた。 …気配もなくにこやかに薔薇の花束を持って。 先手必勝。その言葉を胸に無言で拳を叩き込んだ。 「お、おいイルカ!?」 「流石にまだなにもしてない相手にって…う、うわああ!?」 「ちっ!」 見知らぬ変質者だと思っていたが、同僚の様子からするともしかしてこの奇行は有名なんだろうか。 …当然のことながら俺の拳はあっさり避けられ、あやしい男の姿も視界から消えた。 逃げたのか。…だが気配も感じないのに確信があった。 ヤツは、まだいる。 「ね、熱烈歓迎ですね…!こ、こっちもかなぁ…!」 「うぎゃあ!?なにすんだ!?」 尻をもまれた。それもこうなんていうか…いやらしくねちっこく。 とっさに背後を壁に距離を取ったが、花束を抱えてにこやかに笑ったまま、男は更に距離を詰めてきた。 「なななななんだアンタ!?なにすんだ!」 「プ、プロポーズでぇす!愛のたっぷり詰まった俺を受け取ってください!」 勢いよくしがみ付いてきた男に絞め殺されそうなほど強く抱きしめられた。 受け取るのはその花束じゃないのかとか、大体アンタ誰だとか、詰問する暇もない。 …だが襲撃を予想していた俺は、反撃をためらわなかった。 「食らえ…っ!」 同性としてそこを狙うことに抵抗がないわけじゃなかったが…膨らんでごりごりと押し付けられたそこはしっかり存在を主張しており、このままでは受付で破廉恥な行為におよばれかねない。 あとはあれだ。なんで自分にもついてるもんをわざわざおしつけられなきゃいけないんだ!気色悪いことこの上ない。 「いやん!もうイルカせんせったらぁ!そ、そんなに激しく…!」 金的をまっすぐに狙い澄ました蹴りはあっさり外れた。 …だがなんかしらんが振り上げた足を跨ぐように腰を密着させた男がまたもぐりぐりと不愉快な物体を…! 「分かった。死ね?」 もうなんでもいい。とにかくコイツは変質者の中の変質者だ。それは絶対に間違いない。 つまり滅ぼしても誰も困らないはずだ。 刃物を振り回すのは本意じゃないが、こんなのを野放しにするよりよっぽどましだと判断した。 このすばやさだ。ちょっとやそっとじゃ避けられるだろうと踏んで、手持ちのクナイを一斉に放った。当然手裏剣のおまけつきだ。その全てを避けることは不可能に近い。 暗器使いの卒業生ほどじゃないが、この手の技はトラップにも使うから得意中の得意だからな。 一つでも当たれば捕縛しやすくなる。…こんな変態はさっさと三代目に突き出さなければならない。そう。今すぐにでも。 「あ、あぁ…!ひ、ひさしぶりにイルカせんせのクナイプレゼント攻撃…!それもぉ…こんなにたっぷり…!手裏剣まで…!すごい…!やっぱり運命なんですね!俺たち!」 訳の分からんことを喚く上忍が無傷であることに、腹立たしさよりも驚愕をおぼえた。 避けられたならまだしも、全てを受け止めている。それも投げつけた武器を舐めんばかりにうっとりと眺めながら。 「お、おい!返せ!」 「照れなくても大丈夫ですよー!あ、でも全部なくなっちゃうと間男に襲われたときこまりますよね!とりあえずお、俺の黒光りするこの硬いのをイルカせんせのにい、入れ…!」 「いちいち言い方が気色悪ぃんだよ!」 クナイをわざわざみせるくらいだから男もやりあうつもりなんだと思ったのに、気づいたときには俺のクナイホルダーに見慣れないクナイが納まっていた。恐らく今目の前でかざされたものと同じものだ。 目を離したつもりなんてなかったのに、どういうことだ!? 姿を捉えられないほど速いなんて、勝ち目のなさに絶望感さえ感じた。 「じゃ、コレしまってくるんで!また後ほどー!」 命に代えても変質者をしとめるつもりだったが…煙を撒き散らすと同時に、男の姿は消えていた。 「なんだったんだ…!?」 残されたのは薔薇の花束とクナイ。 ちなみにクナイは後で確かめたら銘入りの業物だった。薔薇は…女子職員からすると花言葉がどうとか。とりあえず気色悪いことこの上ない。 「う、うぅ…!」 「やっぱり…なのか…」 なんだかしらないが同僚たちまで泣き崩れている。 俺も、泣きたい。なんなんだよアレは…!だれだあんなイキモノ放し飼いにしてるのは!? 混乱の最中で見知らぬ誰かに八つ当たりしつつ、俺は呆然と立ちすくんでいた。 …交代にきた同僚に絶望染みた暗い顔で肩をたたかれるまで。 ********************************************************************************* 変態さん。 ある意味放し飼いにしてるのはイルカせん…げふんごふん! ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ! |