そうだ。あれだけ騒いで記憶を消すことになったってのに、結局駄犬の駄犬ぶりはやはりどう使用もできなかったようだ。 つまりは、普通の上忍のふりは半日と持たなかった。…正確に言うと、俺に接触するのを半日と我慢できなかったわけだ。 あの変態駄犬生物のことをきれいさっぱり忘れた俺は、いつも通りアカデミーで教鞭をとり、それから受付へ向かうはずだった。 職員室でなぜか怯えた目でみる同僚たちを不思議に思いながら、なんとなく落ち着かないことを理由にアカデミーの裏庭で弁当を食っていたときのことだ。 そういやアレも駄犬が作っためしだったんだよな…きっと。朝わざわざ弁当用意した記憶なんてないし。無駄にまめなヤツだ。 まあとにかく、弁当があるこをだけを覚えていた俺は、なんだか妙に豪勢なそれに首をかしげながら一口目を口に入れた。 「イ、イルカせんせ!」 「ふが!?」 その途端声を掛けられたおかげで、一口目の飯をこぼしそうになった。 それほど唐突だった。見知らぬ覆面の男の気配は、真正面に立っているというのに全く感じ取れず、じぃっと物言いたげに見上げる視線にたじろぐことしかできなかった。 まあようするにだ。 何だコイツ不審者?アカデミーに入り込むなんていい度胸だなとか思っていた。 なぜかは知らないが無性に腹が立って、殴りつけたい衝動に駆られたが、流石に知らない人間をいきなり暴行するわけにはいかない。 顔見知りでもないのに名前を呼ぶなんて、もしかすると保護者だろうか。 とりあえずにこやかな受付スマイルを浮かべて、適当にあしらって様子を見ることにした。 「…ああ、すみません、食事中だったもので。なにかわたしに用が?任務ですか?」 アカデミー勤務中に任務なんてめったにない上に、駄犬の番にさせられてからはすっかり任務に出ていなかった。 そして当然ながらその記憶もなかった俺は、久しぶりに任務が振り当てられたんだと勘違いしたんだ。 なんだかしらんが顔をみるだけでイラつくことを不思議に思いながら。 「え、いえ!あのう。ど、どうですか?」 「へ?」 「その。…あ、お弁当…!」 「えーっと。腹減ってるんですか?」 「いえ!いろんな意味でお腹一杯っていうかぁ…あ、でもむしろ一杯にしたいっていうかぁ…!」 なよなよしてる上にしゃべり方も癇に障る。 なんだろうな…どうしてこんなにもコイツを踏みつけたくなるんだろう。 「任務でないのなら申し訳ありませんが食事中ですので、後ほどご連絡を頂いてもかまいませんか?」 極力穏やかに。だが青筋を立てながら俺は体よく怪しい男をおっぱらうつもりだった。 生徒に指一本でも触れたらアカデミー職員全員で討ち取るつもりだったが、幸いターゲットは俺のようだし、わけのわからんしゃべり方をされるくらいで特に実害はない。 「イルカせんせ…!さ、早速のお誘い!もちろんです!と、とりあえず…えい!」 「ぎゃあ!?な、なにしやがる!?」 誘いだかなんだか知らないがしりをもまれた。 とっさのことに殴りかかろうとした途端、あっという間に男は身を翻して避けた。身のこなしからすると…やはり上忍か。それもそうとの手練とみた。 「イルカせんせ…!やっぱり俺の運命の人…!あ、あとでたっぷり…!」 夢見る瞳で気持ち悪いことを言っている男の手には、取り落としそうになった弁当があった。 まさか弁当泥棒が目的なのか…!? 訳の分からなさに加えて、あからさまに危害を加えてきそうな男。 ぴりぴりと気を張ったまま男を睨みつけていたんだが…なぜかしらんが俺の使った箸で崩れた弁当を綺麗に整えた後、新しい箸をそっとその上に載せた。 なんだこいつ? 「さ、沢山食べてくださいね…!また後で!」 なぜかそのときだけさわやかな微笑を浮かべて、あっという間に男が消えた。 まるで幻か何かのようだ。いやいっそ白昼夢を見たと思えた方が楽だろう。 「割り箸…記念に…!」 言い残したそのささやきが気になりはしたが、俺はとにかく飯を食うことに集中した。 …男の口ぶりからして再襲撃が予想できたからだ。 腹が減っては戦ができぬ。万全の体調で警戒に当たると決めた。 拳が掠めただけで逃げられたってことは、鈍っているのかもしれない。ちょうどいい鍛錬になるだろう…変質者に容赦などいらないだろうしな? 黒い笑みを浮かべながら飯を頬張る俺は、同僚が心配して迎えに来てもその状態のままだったせいで、随分と周囲を不安がらせたのだった。 ********************************************************************************* 変態さん。 駄犬100パーセント生活はじめました状態。 ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ! |