「新年です」 「はぁ。そうですか」 上忍はこっちが引くほど真剣な顔をしている。 …何でアンタ頭に鏡餅のせてんだ?なんて聞ける空気では全くない。 「えーっと?御用の向きは?」 人んちにわざわざおもしろおかしい格好で、凄腕上忍がやって来る理由ってなんだろうか。 俺なら嫌がらせか罰ゲームくらいしか思いつかないんだが。 もしくは酔っ払いか。 そういえばこの人からは居酒屋独特のタバコと酒くささが混じったような匂いがする。もし今任務にいこうものなら、あっという間に感づかれて襲撃をうけるだろう。それくらい、この匂いは酷い。 上忍でも酔っ払うんだなぁと思いながら、玄関先からどうやってこの人をどかそうか悩んだ。 玄関に、上忍。 中忍寮の連中は寝正月が多くて、幸いこんな時間からやりきれなかった大掃除を始めた俺みたいなヤツはいないだろうが、それでも目立つ。 目立つというか、どうしてこんな格好しようと思ったんだろう? 二段になった丸もちの上に、橙が乗せられている。まごうかたき鏡餅だ。動いても何故かずれたりしないから、チャクラか何かで固定したんだろうか? 思い出したようにうごうごと足をもぞ付かせるイセエビみたいなものは一体何のために…? 逃げたい。が、しかしここは俺に家で、うかつなことに玄関はすでに開けてしまったあとだ。というか、ゴミを出そうと思って玄関を開けたら上忍が設置されていたというか。 医療班を呼んで大事にするより、とりあえず家の中に引っ張り込んで一目につかないようにしておくべきだろうか。 …こんなことになってる人を家に上げたくないのが本音だったとしても、クールが売りの凄腕上忍がわけのわからんことをしていたというのは、里の評判にも関わる問題だ。受付忍としてそこは見過ごせない。 「去年は結局ぐずぐずして言えなかったので」 「はぁ」 何をだろう。この人に借金とかはないぞ?多分。いや、絶対。 たとえばいくら財布を忘れたって、この人から借りようと思うほど親しくない。 歯切れの悪いものいいの割りに、瞳がやけに真剣で視線も鋭い。 そんな状態で割烹着に三角巾というアカデミーの大掃除スタイルそのままの己の姿を見られていると思うと、いたたまれなくて、できればどっかいってくれないかなぁという願望をこっちも視線に練りこんでみたんだが華麗にスルーされた。 「好きです!」 「はぁ。イセエビすごいですね」 何がすきなんだか知らないが、正気じゃないにもほどがある。 しょうがねぇ。えびからなんかぼたぼた汁が出始めてるし、とりあえず家に上げよう。 「え、えっとあの、お返事を…!」 「とりあえず上がんなさい。御節は出来合いと適当に作ったのがあるんで食っていいです。後水たっぷり飲んで寝といたほうがいいですよ?」 完璧な受付スマイルでそう告げると、一瞬ぽかんとした後、素晴らしい速さで台所に飛び込み、蛇口からがぶがぶ水を飲みだした。 あーあ。蛇口にえびが当たってるじゃねぇか。もがもが一生懸命逃げようとしててかわいそうになってきた。 アレとっちゃだめなのかな?っつうか食うもんじゃないのか?もしかしてペットか?それにしちゃ扱いが悪すぎるだろ? ほっといたらいつまでもいつまでも飲んでそうなので、とりあえず隙を見て哀れなえびを外し、鏡餅も外し、口に体温計を突っ込み、ついでに布団も引いておいた。 「え?え?あの!」 「うるせぇ。寝ろ」 うだうだ言わせるとめんどくさいことになりそうだったので、口を乱暴に割烹着の袖で拭ってやってから、頭のえび汁も拭いてやって、布団に押し込んだ。 干したての布団にえび汁がしみこんだら困るからな。 なんかまだうだうだいってるが、俺はゴミを捨てたい。それから寝正月も楽しみたい。…まあ明日からもう出勤だけどなー…。 「じゃあ。ごゆっくり」 「はい…!」 潤んだ瞳で俺を見送った上忍から、あのみょうちきりんな格好が、腐れ縁の上忍連中に騙されて恋の成就とやらを祈願した結果だったと聞いたのは、えびをおいしくいただいて、ついでに俺までいただかれたあとだっていうのはまあ、その。 人生何が起こるかわからないよなぁ。ホントに。 ******************************************************************************** 適当。 ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |