間(適当)



「ドロドロじゃないですか。さっさと風呂入ってきなさい!」
帰り血と泥にまみれて、ただいまも言わずに窓辺にたっただけで、この人はこうやって簡単に家に上げてくれる。
ガサガサ適当に新聞紙をばら撒いて、風呂場までの道を作ったら、着替えも持ってきてくれるし、それから台所でもそもそしだしたから、多分何か食い物も出してくれるはずだ。
少し歩くだけで乾き始めた汚れで肌が突っ張る。髪の毛も多分似た様な状態だろう。パラパラ落ちた赤茶色の汚れなどものともせずに、鼻歌交じりにラーメンか何かを作ってる。
ナニが楽しいの?何でそんなに簡単に俺を家に上げちゃうの?
こんな状態の忍がどんなに危険か、この人だって知らないはずがな
いのに。 疲労と興奮が交じり合って、生と死の境すら曖昧になる。理性なんてモノはいい加減擦り切れているけど、それすら薄れて目の前にいるモノが獲物か、そうじゃないか位しか考えられなくなることだってあるじゃない?
最近、特にそうだ。
今まではどこか冷めた自分がいて、任務を果たすことだけを考えていれば終われたはずなのに。
疲れているのに興奮だけは失せずに居座り、じわじわと精神を焼いて、美味そうな獲物が側にいることに耐え切れなくなりそうだ。
これで最後にしなくちゃ。いつもそう思っている。
だって、期待しちゃいそうじゃない?
食って、全部自分のモノにしても、この人が笑ってくれるんじゃないかって。
自分勝手な妄想もシャワーで洗い流せたらいいのに。
ま、少しはマシになった気もするけど。これ以上あの人の家を汚したくなくて、髪の毛も体も徹底的に綺麗にした。
最初つれてこられたときは、訳が分からなくて早く逃げなきゃいけない気すらして、適当に流して出て、すぐに風呂場に逆戻りさせられたっけね。
しかも子どもを叱るときみたいにコラーなんて言われて。
あの時だ。久しぶりに腹が痛くなるほど笑って、そんな俺にプリプリしながららーめん作ってくれたんだよね。
野良に餌をあげたらいけないんだよ。だって居ついちゃうから。
そう囁いたら、ああどうぞ?の一言だけ寄越して、そして本気で実行した。
厄介な上忍相手にちょっとした意趣返しのつもりだったんだとばっかり思っていて、だから頭から血をかぶるような任務のあと、わざわざこの人の家に向かった。
追い返されたらそれはそれだ。むしろそれこそ望むところで、いっそ俺の存在を避けてくれるくらいでいいと思っていたつもりでいたけど。…多分試したかっただけだ。
この人が本当に俺を構う気なのかどうかを。
そうしてそれなりの興味と興奮とを手土産に現れた血まみれの、目にすることすらおぞましいだろう男を、…俺を、この人は今日のようにあっさり家に上げた。
もう、やめなければ。もうやめられなくなりかけている。
「あーあ。ヤダねぇ」
もう、止めろと、鏡に映る妙に飢えた顔をした男に言い聞かせる。ギラギラした目なんか、飢えたケダモノ以下で、そんなことばなんて理解できやしないにしても、だ。
あの人をペロッと平らげてしまえたら。そうしたら。今度こそ拒絶してくれるだろうか。
そうしたら、今度こそ諦められる。
…ま、ちょっと自信ないけど、せいぜい何度か無理強いして終わりくらいには持ち込めるはずだ。
一番恐れているのは、あの人が受け入れてくれることなのかもしれない。そこから先を想像することすらできないでいるから。
「あーあ」
「ごはんですよー」
ため息を奪うように暢気な声がそうせかす。
さて、どうしようね?
今日こそ、ここから出たら二度と戻らないか、それとも。
「食っちゃおうかなぁ」
扉を出たら。そこにあの人がいたら。
迷いながら手をかけた風呂場の扉を、妙に冷たく感じたのは、俺が興奮しすぎていたせいなのかもしれなかった。


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適当。
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