初夢(適当)


 寝床がやわらかいだけでも僥倖だ。だから意識を取り戻してから周囲に血臭も硝煙の臭いも感じなかったとき、どうせまた病院か、それともどこぞの宿にでも放り込まれたんだろうと思った。
 隣にある暖かいものが心地よくて、無意識に警戒心を手放していた。だからそのぬくもりをくれるものを抱き枕よろしく抱き込んで、そこで気づいた。
 あれぇ?これ、人間?
「あんたまた無茶しましたね?」
 ああ、凛々しいっていうの?こういう顔、いいよね。忠実なようでいて頑固な犬の顔だ。ご主人様を守るために命をささげてくれちゃうような。
 誰か知らないけど俺のために怒ってくれる人なんて、もう誰もいないと思ってた。
「ごめんね?」
 怪我をしないとか、チャクラ切れを起こさないとか、そういうのは無理だとわかっていたから、怒らせてしまったことについてだけ詫びておいた。
 ここはどこかとか、そういうのを後回しにしたのは、この男の抱き心地が恐ろしくよくて、あまりにも肌に馴染んだからかもしれない。
「…悪いと思ってないのに誤るんじゃねぇ!まあ、その、たいした怪我じゃなさそうでよかったです」
「うん」
 あったかい手がなだめるように背中を優しく撫でてくれる。
 ああ、きもちいいな。これ、欲しい。どうしよう?さらって閉じ込めちゃえばいいだろうか。
 妙に親しげだけど、どこかであったことがあるのに忘れてる?記憶力には割りと自信があるつもりだけど、最近ボロ雑巾みたいになるまで任務をこなして、病院に放り込まれてちょっと治ったらまた任務にでてるから、ちょっと自信ないかも。
「ちょっと寝なさい。そしたらご飯と風呂も用意しときますから」
 そっか。ここにいていいんだ。なら、いいかな。起きたら…この人の全部をいただいて、さらって閉じ込めて俺だけのものにしてしまおう。
 穏やかな眠りの波が、だが容赦なく意識を飲み込んでいく。
「おやす、み」
 四肢が鉛のように重く、もうすぐ意識が途切れてしまうのがわかる。耳をくすぐる密やかで甘い笑い声は、腕の中にしまいこんだ人のものだろうか。
「おやすみなさい。カカシさん」
 唇に触れた感触が何なのか理解する前に、意識は白く溶けていった。
*****
「先輩?大丈夫ですか?」
「え、ああ。ん。なんでもない」
 そうだ。任務中だ。年の初めの任務が敵の一掃って、俺たち向きだが陰惨な。とても明るい気分にはなれない。一応ある程度片を付けて、だから後は戻ってくるはずの別働の残党を待つ間仮眠を取っていたはずだ。
「先輩が笑うなんて久しぶりですね」
「ん?笑ってたの?俺」
「ええ。面からくぐもった笑い声が。年の初めに怖い思いしちゃいましたよ!」
 文句ばかり言う後輩は、こんな軽口を利いてはいるが、ギリギリまで俺を寝かせておいてくれたんだろう。すぐそこまで気配が迫っている。
「ありがと。テンゾウ」
「べつに僕はなにも」
「…そーね。じゃ、行こっか」
 後はこいつらを片付けて、そうしたら、一旦里に帰ってそれからまた次の任務が待っているだろう。
 暖かい誰かの顔は霞んだように思い出せなかった。ただ、一つだけ。鼻を横切る大きな古傷と、それからやわらかい声だけが未だに耳に残って剥がれてくれない。
「先輩。本当に大丈夫ですか?後は雑魚ばかりだし、僕たちだけでも」
「ねぇ。初夢って、誰かに話すと叶わないんだっけ?」
「え?ああ、そういえば今日の夢が初夢でしたっけ。そんな話を聞いたことがあるような気もしますね」
「そ?」
 なら、これはいつか叶うんだろうか。俺のためだけの場所。暖かくて穏やかで、俺のことだけを考えてくれる誰かがいてくれる幸せな夢。
「先輩!僕が行きます!」
「じゃ、先に行くからあとお願いね?」
「ちょっ!先輩!」
 悲鳴じみた叫び声を後ろに駆け出した。あいまいで生ぬるい夢にこんなにも縛られている己を心の中で笑いながら。


夢なんて所詮夢で、現実にはなりえない。だからこんな夢はすぐに忘れてしまうだろうと思っていた。

「ええと。どうされました?」
「いーえ。ただちょーっとだけ驚いてるだけです」
 ああ、そういえばあのさわり心地は女じゃなかったな。派手な鼻傷に、抱き寄せた人の髪の毛も、こんな風に少し硬かった。
 受付で何をやってるんだろうと、頭のどこかで冷静な自分が喚いているのに、肌に触れて、その手を取って、あの日の、ただの夢であるはずの記憶が蘇っていくにつれて、それがどんどん小さくなっていく。
 この人だ。間違いない。
「あのう…?その、なにか御用なら、もう少しすれば受付も終わりますし」
 この男は随分とお人よしであるらしい。そういえばあの日も怪我をして転がり込んだらしい俺に、少しの小言だけであとはたっぷりと甘やかしてくれた。未だに肌に残るぬくもりの記憶が、このイキモノを逃すなと言っている。
「ん。それじゃ、一緒に飯でも食べてもらえますかね?おごりますんで」
「は?いや飯くらい別にかまいませんがその前に病院とか…!」
「へーき。じゃ、迎えにきますんで。よろしくね?」
 胡散臭いがとびっきり綺麗だと仲間うちでも定評のある笑顔を披露してやると、男にもどうやら効果があったらしい。
 目を見開いて肌を真っ赤に染めている。…なんて、おいしそうな顔。
「見つけちゃったから、しょうがないよねぇ?」
 小声で囁いて、あの夢でやろうと思っていたことの算段をつけだした。
 捕まえて、俺だけの人になってもらわなきゃ。今すぐ。
「あの!具合が悪かったりしたらすぐに教えてくださいね!」
「りょーかい」
 椅子をけるようにして立ち上がって、心配してくれているらしい言葉をくれた。なんて鈍くて他愛もなくて、簡単に奪われてしまいそうな人なんだろう。
 これはしっかり捕まえておかなくちゃね。たとえ傷だらけでも暗部になんかやさしくしたあんたが悪いんだよ。…ああ、でもアレは夢だったか。
 ほくそ笑んで、呼び出した忠実な部下たちに、飯と宿と道具の調達を指示した。忍犬たちはいそいそと年が明けたばかりの町に散っていく。揺れる尻があの人の髪に良く似ていて、それだけで気分が上向いた。いや、むしろ浮ついた、かな。
 きっとあの人は簡単に罠にかかるくせにうろたえて喚いて驚いて怒って、それから俺のものに自分からなってくれるに違いない。妙な確信の根拠は、ただの夢っていうのが笑える話だけど、ね?
「たまにはいい夢みたいよねぇ?」
 夢がかなわないなら、術でも何でも使って縛り付ければいいだけだ。
 期待に震える指先は、きっとあの人が暖めてくれるだろう。
 雪のちらつき始めた里が少しずつ闇に沈んで、大切な人を隠してしまうにはおあつらえ向きだ。
 …やっと手に入る。手に入れてみせる。
 夜が染み渡っていくのが楽しみでしかたがなかった。

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適当。
初夢が不穏だったり中忍はうっかり叱ったりするのでそうそう思い通りにはならなかったりしつつも気づけば同居してそう。

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