春の獣(適当)


 ぬるぬると這い回るモノに引き摺られるように上がる体温が疎ましい。
 何が楽しいのか熱心に傷だらけの身体を愛撫する男は、夢中になりすぎているのか荒い吐息を吐いてはうっとりと目を細めている。
 硬い、股間には同じモノをぶら下げた身体にこうも執着する理由など知ったこっちゃない。
 逃げられない。わかっているのはたったそれだけ。
「ん…くっ…!」
「我慢なんかしなくていいのに」
 くふりと笑って、冷めた気持ちとは裏腹にだらしなくよだれをたらし始めた性器に手をかける。そこを粘膜に包まれる快感は知っている。閨房術の一環で女にもされたことだってある。
 それなのにあっけなくこの手管に落ちてしまうのは、格下の同性に執着するこの同性の、それも美しさでは歴代1位と騒がれることもある男が、火影なんてものになってしまったからだろうか。
「や…!で、るから…!」
「ん、いいよ」
 いいのはアンタだけで、こっちはこんな行為をしていること自体が恐ろしくてならないというのに、そそのかすようにうごめく手に煽られて、別のイキモノのように良く動く舌に強く吸われて、あっけなく放っていた。
「うっ…あ!」
「…ンッ!…ん。いっぱいでたねぇ?間空けすぎちゃった?ごめんね?」
 確かにこんなことをするのは久しぶり、になるのかもしれない。
 こんな行為にふける割には、仕事には真面目、というよりは、仕事中毒のようなこの男は、昨日まで五影会談で一月ほど里を空けていた。
 帰ってくるなり呼び出されて寝床に連れ込まれるまで、帰還がいつになるかもしらされていなかったこっちとしては、驚くよりも呆れる。
 あんた、こんなことしてちゃだめだろうに。慰み者にするにしても、やわらかくて暖かな身体で包んでくれる女を選んでくれれば、その血を繋げることだってできる。
 俺じゃ、無理なんだ。あとくされのない処理の相手にするにしては、何もかもが丁寧すぎる。 勘違いなんざしたくないんだよ。みっともなくも片思いをこじらせ続けた身としては。
「…も、いい、から」
繰り返される行為に身体だけが慣らされていく。…感情だけを置き去りにして。
「ああ、足らなくなっちゃった?」
 にんまりと唇を吊り上げて、その指先がねっとりとしたものをまとわせて、受け入れるべきでないものを飲み込ませるために忍びこんでくる。
「ふふ、ああ、締まっちゃってる。こっちもしっかり確かめさせてね?」
 目を閉じたのは、これ以上見ていたらおかしくなりそうだったからだ。
 抱かれているという事実を、これ以上感じたくなかった。嵐が過ぎるのを待って、この男が満足したら、それから普段通りの自分に戻らなきゃならない。
 このところそれが酷く苦痛になりつつあった。
「はやく」
「…ん。オネダリもかわいいけど、怪我させたくないし、とろっとろにしたいの」
 だからだーめと、茶化すように言って、言葉の通りにじれったくなるほどゆっくりとほぐされていく。見えないせいで余計に指先の形まで感じ取れてしまう錯覚を覚えて、悲鳴をかみ殺すのに失敗した。
「う、ぁ、あ!」
「怖がらないで。大丈夫だから」
 何が大丈夫だ。こんなことをされて、俺がいつまで耐えられるかわからないのに。…次を簡単にみつけてしまうだろうことだけが恐ろしくて、逃げ出すこともできないでいるのに。
「うぅ…や、あ!はや、く…!」
 焼き切れそうなのは快楽にか、それともこの恐怖にか、わからないまま手を伸ばした。
「もう。しょうがないね。…入れるよ。ちゃんと全部飲み込んでね」
 痛みよりもこの男の誰よりも近くにいられることが嬉しかった。自分の性を歪められても、それでもどうしても欲しかった人だから。
「ん、んっ!」
「痛いくせに」
「…っるせぇ…!いいから、もっと」
 はぁはぁと息が五月蝿い。痛みは気にならないのに、自分のせいで男がためらうことはなによりも恐ろしい。
「はいはい。…歩けなくなってもしらないよ?」
 好きにすればいい。歩けなくなろうが首をもがれようが腹を割かれようが、この男がするのならかまわない。
 それが火影だからだと、この男に信じ込んでいてもらわなきゃならないんだ。それから、俺自身にも。
 食っている。誰よりも欲しいと思った相手を身の内に取り込んで。
 その錯覚は心地よい酩酊感をくれる。いいじゃないか。気持ちイイんだから。それ以上何も考えなくていい。こうして肌を合わせている間だけは。
「飛ぶのも早い」
 笑ったのかそれとも呆れたのかはしらない。ただ望んだものを与えられて、それにおぼれた。
「ホント頑固だよねぇ」
 乱れた吐息交じりの言葉は耳をくすぐって、意味さえ取れずに意識の片隅からこぼれ落ちていった。

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適当。
かたくなな二人。春の獣は番になるものなので。

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