鈍感力(適当)




「お布団ひきましたよー」
「え。ああ、ありがとうございます」
ああ、どうしようか。
そんなキラキラした目で見られても、ご希望に沿いたくはないんだが。
…そもそもどうして里内で同じ男と寝なきゃいけないんだ。しかもガキの頃だってそんな声がかかったことなんてないのに、この年になってからだぞ?
毛も生え揃って声も当然野太い男のものだ。しかもどちらかといえば、この男の方が器量よしというかだな。
…まあこの人もどっからどうみても雄な訳だが。
一度だけだと受け入れたのがまずかった。
その日俺は成長した子どもたちが巣立っていったことを喜びながら、そのくせ寂しくていつか戻ってきてくれたらいいなんてことを考えながら、一人床に寝転がっていた。
おあつらえ向きに雨が降っていて、湿っぽい気分を盛り上げる。
そこへ来て、窓辺に立った男は濡れそぼったまま簡単に空ける事が出来るはずのサッシの向こうから、か細い声で。
「抱かせて」
そんな顔してそんなこというから、なんていうか、もう。
…勢いってのは恐ろしいもんだよなぁ。
経験のない体を蕩かされて、正体を無くされてしまうほど喘がされて、十分、いや十二分にもう勘弁して欲しいってほどの快楽を与えられた。
これも流石上忍というべきか。
ドロドロに汚されてしかもぎしぎしと軋む体で、落ち込んだときに気まぐれに縋った寄る辺が、たまたま俺だっただけなんだろうと、こんなむさくるしい男で欲を発散してしまった男への配慮のつもりで、静かに眠る男に何も言わずに家を出たのに。
どういうわけかあれ以来男はうちに通ってくるようになった。
毎度毎度犬のように俺を待ち構えていて、こうして寝床の仕度までしてみせる。
安い同情なんかで前例を作っちまうとまずいことになるってことの好例だよな。これも。
体は確かに気持ちイイ。むしろ中毒になりそうなほどだ。
とんでもないところで雄を受け入れさせられているってのに、一度終わった後に飛んじまって足らないと続きを強請ってしまうほどに溺れている。
玩具に対するものにしては丁重すぎる扱いも悪いと思う。
「ね、いい?」
「う、その、はい」
…だから、こうやっていつも断れない。
「いこ」
腕を引くその強さが何故か妙に必死そうにみえて、だからあの日も振り払えなかったんだと密かにため息をついた。
*****
「んぁっあ!あ!」
「きもちい?」
そんなのみてりゃ分かるだろうが。
隠すものなどなにもない状態で大股を開かされて全部見られているってのに、甘い声でそうやって煽って見せる。
ああ、くそ。
悔しくなって頭を引き寄せて口付ける。
深く深く、息が上がって苦しくても、この男がこの瞬間だけ見せる一瞬の驚きと、とろりと酔ったように潤む瞳が見たくて、こうして舌に噛み付いて、吸い付いて、奪えるものなど何もないのに、男から何かを引き出したくて必死になる。
終わった後の後悔なんざ知るかと、このときだけは思う。
異常な興奮と快感に支配された頭では、正常な判断なんてできるわけがない。
「っふ、ぅ…!」
「声、ききたい。キスしたい。ねぇどうしようか?」
心持ち上ずった声。この男の息が乱れるのはこんなときだけだから、少しばかり優越感を感じてもう一度キスをしかける。
突き上げられて唇が離れてみっともなく発情した猫みたいな声がして、それでも食らいつくように唇を重ねて、要は全部が男の思うがままだ。
「あっ、ん…く!はっあ、あ…っ!」
駄目だ。クる。
「いって」
そういい様、ぐっと腰を強く引かれてそれに引きずられるように達して、中を満たされて。
「あ。あ…」
「もういっかい」
達したばかりで目の裏がちかちかするってのに、与えられる快感に抗えず男の背に腕を回して縋りついたのだった。
*****
「水」
「あ、どうも」
コップに満たされた水が水道から直接ってんじゃなくて氷まで浮いてるってのがな。
嫌味な男だ。さぞかしもてるだろうに。どうしてこんなことになってんだろうな。
…あとからするから後悔っていうんだよなあ。わかってんだよ俺だって。
水は美味い。体はだるいが悲しいほどすっきりしている。いや今下手に触られたらもう一回なんていいだしそうなほどには快楽の燠火がいまだに燻っているんだが。
「おいしい?」
「はい。ありがとうございます」
幸せそうというか、すっきりしたーって顔で擦り寄ってこられるとこちらとしてもたっぷり気持ちよくして貰ったんだから文句も言いづらい。
そもそもイヤなら無理だって言えばこの人だって無理強いはしないだろう。多分。
一度いいと言われたからここに来てるだけのような気がしてならない。
それは都合のいい処理の相手ってことで、だが俺は。…俺は。
「そ。よかった」
「…毎回毎回アンタそんな気を遣わなくてもいいんですよ?」
惨めになる…ってのは、まあ俺の勝手な僻みかもしれんが、こんなに大切にされたら、しかもこうも頻繁に情を交わしてりゃあ、そりゃ惚れちまうってもんだろうが。畜生。
好き勝手して、でもアフターサービスまで万全なこの男に、そんなことを言っても理解なんざできないんだろうけどな。
この虚脱感に、いつかは慣れる日がくるんだろうか。
限りなく絶望に近いなにかに浸っていても、それを外に出せるほどガキじゃない。
代わりのようにコップを弄ぶ手を、男が引いた。
まだホンの少しだけ残っていた水を、わざわざ俺が飲んだところに口をつけて空っぽにする。
なんだそりゃ。嫌味か。…誘ってんなら受けて立つぞこの野郎。
こうして煽られては思い通りにされる容易さが憎かった。
頬に触れる指先にさえ煽られて、あっさりと理性は千切れていく。
ああくそ。顔が近い。どうしてくれよう。この何もかもを思い通りにするくせに、何も知りませんって顔で擦り寄ってくるこのイキモノを。
「そりゃ、当たり前でしょ。恋人なんだから大事にさせてよ」
心臓が止まるかと思った。
「…っ!」
かろうじて叫ぶのを押さえ込んだ口に、残っていた氷らしき物ごと口付けられる。
「ん、ぐ!」
「ん。熱かったから冷やそうと思ったけど無理そう」
腰のきわどい部分を白い指先が辿る。流石にその意図は分かる。やりたいのは俺も一緒で、だがそれはその。
「真っ赤になっちゃって。かわい」
「う、うるせぇ!やるならとっとと…!」
「仰せのままに」
うやうやしく、だが何故か乳首に口付けた男を振り払う理由はどこにもなくて、奇妙な安堵感と疲労感とを押し流す勢いで襲い来る快楽に、さっさと飛び込むことにした。
…いつの間にやら恋人なんてものになってたらしいコトについての糾弾なんかは、全部後でにしようと決めて。


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適当。
はるー?
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