風邪を引いたらしい。 鼻水は酷いし、頭は痛むし、忌々しいことに熱まであるようだ。 さっきまでただのめまいだと己に言い聞かせていたのだが、今はもう息をするのが苦しい所にまで来てしまった。 流石にここまでふらついては仕事にならない。 「あー…しょうがねぇか…」 幸いという何というか、定時は既に過ぎている。無理をして残業しなければならないほど仕事が多いわけでもないし、周りに感染す前にさっさと家に帰るべきだろう。 「なんだよイルカ。まだいたのか?…なんか顔色が…?」 「あー…なんか、風邪ひいちまったみたいなんだ。悪い。かえる」 「おい、大丈夫か?無理すんなよー!明日休みなんだし、しっかり治せ」 「そーする。ありがとな」 「いいから帰れって!」 「うおっ!…じゃあな!」 ばんばんと肩を叩かれただけでこのよろつき具合。情けないにも程があるが、体調が悪いのだから仕方がない。食欲もないからこの際飯も抜いてしまおう。 視界の縁が歪んでいるのも熱のせいだろうか。ゆらいでみえる電灯に一瞬自分が水の中にでもいる様な錯覚を覚えた。 震えるほどの寒さのせいだろう。…その原因は恐らく熱だろうから、とっととかえって寝るに限る。 「さみぃなぁ…」 そう呟いてしまったことすら自覚していなかった。 「じゃ、俺が温めてあげましょう」 白い手が俺の手を握っている。 「へ?」 知ってはいる。だがこんな風に自信満々にこんな申し出をされるほど親しくはないはずだ。 何故かとても楽しそうに笑っている知り合いの上忍は、酒に酔うような柔なイキモノではないはずだから、ひょっとすると任務帰りかなにかだろうか。 「カカシ先生。俺、ちょっと体調が優れないんです。そのお話はまた今度にさせてくださいね?」 とりあえずわざわざ上層部に連絡するまでもないだろう。完全に常軌を逸した行動を取っていれば別だが、多少テンションが高いくらいにしか見えないし。 その時俺の煮え立った頭がもう少し正気だったら、もしかしたら結果は変わっていただろうか。 「そうですね。話なんかよりすることがありますし」 にこにこと笑う上忍がその笑顔のまま額宛を持ち上げた瞬間、視界の揺らぎが酷くなった気がした。それに耐えるために一瞬だけ瞳を閉じただけのはずだった。 「へ?あれぇ…?」 「あらら?もう起きちゃいました?」 さっきよりさらに素顔をさらした上忍が笑っている。 普段なら顔に何か秘密でもあるんだろうかってくらい厳重に覆われているはずなのに、こうもあっさりさらされるとありがたみが失せる気すらするのが不思議だ。 「あの、もったいないのでは…?」 「んー?そうですね。起きててくれたほうが反応がありますよね。最初なんだし」 会話がかみ合っていない気がする。そして寒い。 「あれ?俺、服?」 何で脱いでるんだろう?熱があるからっていくらなんでも路上で脱ぐような性癖はないはずなんだが。そもそも路上じゃないような気がする。背中に当たるモノはやけにふかふかと寝心地がいいし、寒いといっても冬の寒さとは程遠い。 「じっくり脱がせて欲しかった?ソレは今度ね?」 「あの、これは?なにがどうなって?」 「え?お誘いにお応えしようかと。ちゃんとお薬も飲んでもらいましたよ?ついでにちょっとだけいたずらもしちゃいましたけど」 「ふえ?!」 お薬。風邪引いてるからそこはまあおかしくないと思うコトにしよう。体に燻っていた嫌なだるさも若干楽になった気がする。 だがイタズラ…この状況でいうイタズラは、流石に額に落書きとかそんな可愛いもんじゃないだろう。 「あのー?なにがどうなってこんなことに?」 馬鹿の一つ覚えみたいに聞き返した俺に、上忍はそれはもう爽やかに答えてくれた。 「ああ、任務も早く終わったし、丁度いいから今日こそ襲っちゃおうって決めてたら、美味しそうな状態で歩いてたので。安心してください。ちゃんと色々用意してあります」 それはそうだろうな。この人は慎重の上に慎重を重ねた作戦でいつも感心させられている。…つまり、ベッドサイドにおいてある謎の液体とか謎の丸薬とか謎の…っていうか縄。縄だよコレ。 「あ、あの!?俺帰ります!」 「終わったら送ってくね?荷物まとめなきゃいけないもんねぇ?でもせめて今晩は泊まってって?」 ダメだ。ほんとーにこの人はびた一文人の話を聴いていない。むしろこの人の方が風邪かなんかで脳が煮えてるんじゃないだろうか。 「くっ薬!それとも術!?えーっとえーっと!?」 「んー?今日は縄ね」 「ぎゃー!?選択肢じゃありません!」 喜びに満ち溢れる上忍を押し返そうとした俺の手は、既に縄で戒められていて。 「かわいい…!いっただっきまーす!」 そんな状態で禄に抵抗も出来るわけがない。美味しく頂かれるのは当然の結果だったわけだ。 ***** 「ありえねぇ…」 縛られていた手が、酷使された腰が痛い。というかだるい。じんじんする箇所に関しては考えないようにしたいのだが、粗相でもしでかしたように中からとろりと溢れるモノがそうさせてくれない。 …妙にスッキリしているのは、溜まったものを吐き出したからか、熱っぽかった体が別の熱に支配されてしまったからか。 「あー気持ちよかった!」 何がだと聞くのも恐ろしいので、笑顔の蹂躙者から視線を逸らし、逃走経路を探すことだけに集中した。 凄腕の上忍相手にそう長く続くわけもなかったのだが。 「痛いんでしょ?動いちゃダメですよ?あ、でも!足かせも似合うかも!」 「か、帰る!帰らせてくれ!なんでそんな拷問されなきゃいけないんだ!?」 最近ちょっと太ったこと位しか、忍としてどうなんだろうと思う心当たりはない。そんなんで拷問されてたら、バレンタインやホワイトデーなんかで怪しげな試作品を試食させられつづけるアカデミー教師なんてやってられないじゃないか。 この人、めちゃくちゃだ。 「拷問じゃありませんよ?ほら、大事なモノはちゃんと逃がさないようにしないと」 笑顔。その笑顔が恐ろしい。 「大事なモノって何なんですか…?」 泣いてなんかいないぞ!視界が滲んでるのなんて気のせいだ。 「イルカ先生」 顔が近い。うっとりと目を細めた上忍の手が、俺の肩を抱き寄せる。 「安心して?ずーっとずーっと大事にしますからね!」 きっぱり言い切られて頭の中が白くなった。 ***** 結論として。たしかにその言葉は実行されている。 家に帰ってやることといえば、持ち帰りの仕事以外にない。 愛情たっぷりを自認する男が甲斐甲斐しく俺の世話を焼くからだ。 …足を開かされて男につっこまれることに関しては、やることっていうかどうなんだろう…。 だが、なんというか。この上忍は健気だ。 「イルカせんせ…好き。愛してる」 常軌を逸した行動が、俺に関することだけだというのは、報告書からも周りの態度からも…悲しいかな理解できてしまった。 つまり、この男を止めるモノはいないということも。 なにせ困ってるのは俺だけだからな。 「カカシさん。縄はダメですおもちゃもいやです」 今日も不穏な道具を握っている手を捕まえて、さっさとソレを捨てさせる。 「えー?」 このふくれっつらにもなれた。この人が頭と顔のいいバカだってこともよく分かってる。 「…アンタだけでいいです。余計な物なんかよりもね」 そういうとパアっと笑って、飛びついてきた。 「俺も大好き!」 せっせと服を脱がしてくる上忍と俺の関係がなにかって聞かれたら上手く答える自身はない。だが多分。そんなものはどうでもイイんだと思う。 「カカシさん」 名を呼ぶと目を細めるケダモノが、俺のモノでいてくれるうちは。 とりあえず、春先に俺が引いてしまった風邪は、相当にタチの悪いものだったんだと思うコトにした。 ********************************************************************************* 適当。 春の風邪は花粉と一緒になってタチが悪いと言う話。 ではではー!なにかご意見ご感想等ございますれば御気軽にお知らせくださいませ! |