「ふぅ。あたりでしたねぇこの温泉」 「ほんとに」 のんびり温泉なんて夢のまた夢だと思っていた。いやむしろ幻か。 任務は山と舞いこみ、里内だけじゃなく世の中の情勢も不穏さを増すばかりで、平和な生活なんてものとは縁遠かった。 ま、俺に限って言えば元々平和な生活ってものがどういものなのかよく分かっちゃいないのかもしれない。 任務に出ている時間よりも、里にいる時間の方が少ない。 それも次の任務のための準備期間でしかなかったから、忍具を揃え、手入れして、それから修行に明け暮れているうちに次の任務がやってくる。 上忍師になれといわれなければ、これほど長く里にいることなんて、もしかすると一生なかったかもしれないな。 おかげで里に馴染む…というほどじゃないが、かわいい人を手に入れることはできた。 かわいいなんていうと顔を真っ赤にして拳骨振り下ろしてくるだろうけど、俺にとっては最愛の人。 男気溢れ、女たちも俺のところに寄ってくるような遊び相手じゃなく本気で狙ってくるようなヤツらばかりだった。 あからさまな誘いに全く気付いてなかったっていうのもあったけど、そいつら全員なぎ払うようにして、外堀を埋めていった。 鈍い人でもあからさまに愛を囁き続けるのを無視することは出来なかったみたいで、日課となっていた告白をある日あっさり、しかも男らしく受けてくれたときはそれこそ天にも昇るような気持ちってヤツを実感した。 出来る限り側にいて、それが当たり前になって、それが嬉しくもあり、それでもすれ違いの多い生活に不満を覚えたり、それをたしなめられたりもして、だからもっと側にいたいって欲望は常に胸の奥に燻っていた。 そうはうまくいかないんだってことも、よく分かっていたけど。 俺もこの人も忍で、しかもこの人は教師だというのにこの所は任務や里の防衛のために昼となく夜となく働き続けていた。 それがなにを間違ってか里長が休暇を寄越した。 これからいそがしくなるだろうから。 そんな曖昧な理由で。 確かに集まってくる情報は全て不穏なものばかりで、そろそろ借り出されるだろうという予想はしていた。 あの人の賭けは当たったためしがないくせに、この手の勘は良く当たる。 だが、それよりなにより素直に休暇が嬉しかった。 休みを与えられたと告げた時の隠しきれない喜びと、そのくせ俺のことを心配して見せた時のあの顔を、俺は一生忘れないと思う。 で、かねてからの野望でもあった二人っきりでの旅行に踏み切った訳だ。 行けもしないのに集めすぎだといわれていた各種温泉ガイドから暗部の連中から収集した秘湯の情報からなにからなにまで、一切合財総動員して決めただけあって、温泉に詳しくもない俺でもここを気に入った。温泉好きの恋人は言わずもがな。宿に一歩踏み入れたときからずーっと頬を緩ませたままでいる。 それをみるのがまた楽しいんだけどね。 「イルカせんせ。気に入った?」 「もちろん!」 「また来たいね」 「…そうですね」 あ、失敗したかも。 ふにゃふにゃに蕩けてたのに、途端に顔を曇らせて、笑ってるつもりなんだろうけど、眉は下がってるし額に皺寄ってるし、どっちかっていえば泣きそうな顔にみえる。 無理しなきゃいいのに。 怒って俺を詰ってくれたらいい。そうしたら、こんな顔させないで済むじゃない。 …知ってるんだ。俺が任務にいくことなんて、里の受付なんてやってれば当然だもんね。 「それとも次は別のとこがいーい?」 実は最終候補はもう一つあった。ここみたいにしっかりした宿じゃなくて、隠し湯に近い、何もかも自分でやらなきゃいけない宿だ。それはそれで楽しそうっていったんだけど、イルカ先生は任務みたいなことをさせたくないけど、泉質がいいとかで、俺に配慮したい先生と、先生の知らない行ってみたいところにいって欲しい俺とで、最後までどちらがいいか決めかねて、最終的には鉛筆倒しで決めた。 結果的にこっちでよかったと思ってる。気を使われながらの休暇なんて、悲しすぎるから。 でも、次を、先のことを約束するならそっちもいいでしょ? 「…そうですね」 あ、笑った。でも泣きそう。どうしよう。今すぐ抱き締めたいんだけど。 そう思ったら頭より先に体が動いていた。 「きてよかった」 側にいられる。これからも側にいたい。 「そうですね。カカシさんがいて、飯が美味くて、温泉にも入れて。これが幸せってヤツですよね」 へへっと鼻傷をかいて見せたイルカ先生が、そのあとどうなったかなんて…ま、当然だよね。 温泉旅行なのに外を歩けないくらい痕をつけちゃったことで布団の中で徹底的に説教されたあと、変化して回れば大丈夫ですって主張して、そしたらその手があったかって顔してくれたけどやっぱりまた怒られて…不意打ちのキスを貰ってからの散歩は最高でした。 うん。幸せってこんな感じなんだと思うよ。実際。 ******************************************************************************** 適当。 幸せ。 ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |