「伸びましたね」 「そーですか」 確かに前回切ったのがいつだったか思い出せない。任務に支障がなければ見かけに気を遣うのも面倒で、毛先を揃えることすらしていなかった、か? いっそ結うという手もあるか。この人と揃いの格好ってのも悪くない。 …昔は、絶対にイヤだと思っていたけど。 何せ俺は父に似すぎている。勘違いした敵に絡まれるのも、鏡に映る姿を見るのも苦痛で、だから父親譲りのくせ毛を整えることもせずに適当に切りそろえるだけで済ませていた。 それから柔らかくて気持ちイイと手触りを喜んでくれる人が出来て、自分こそ手触りも艶もいい美しい黒髪の恋人のために前よりは少しは手入れするようになって、それから…父さんに会った。 死にかけて、というか実際に一度は生きることを諦めた。 後悔ばかりが頭を満たし、そのくせこれでやっと楽になれるとさえ思っていた気がする。 父さんも、こうだったんだろうか。 そんなことが一瞬頭を過ぎって、痛みも熱も感じないそこで父に再会した。 相変わらず母さんのことばかり思っていて、そのくせ母さんに怒られるのが恐いからってよく分からない薄暗い所で火を眺めていた。 熱のない火は不思議なほど明るくて、それなのにあたりは闇に沈んでいて、匂いも風も感じないそこで、奇妙なほど心は落ち着いていた。 いつか罵ってやろうと、憎んでいたことさえあったのに。 当たり前みたいに俺を見てくれる父さんに、多分俺はなによりも安堵を覚えた。 そういえば、あの日から切ってないかも。襟足を擽る髪がそろそろ邪魔臭くなってきたから、聞いてみようかな。どっちがいいかって。 短いのが好きなら切っちゃえばいいし、長いのが好きならもっと伸ばせばいいんだしね。 「伸びましたねぇ」 何故か感慨深げに髪をひっぱるイルカ先生は、どっちがいいの?ねえ。 「切った方がいいですか?それとも長い方が好き?」 「へ?邪魔ならきりゃいいし、長い方がいいならそのままにすりゃいいんじゃないですか?」 あーあ。やっぱりか。もう!そういうところ無神経って言うかなんていうか。 そりゃそうなんだけど、恋人から聞かれてんだからもうちょっとなんかないの? 「いつも俺の頭撫でてるから。長いのがいいなら伸ばして、括ってお揃いにしようかなーって思っただけなんですけどねー…ま、いいですよ。適当にします」 拗ねられてからやっと慌て出すのはいつものことだけど、今回はいつにもまして取り乱した声が追いかけてきた。 「い、いや!そうじゃなくて!…あの日からこんなに時間が経ったんだなって…。だから、その」 あ、ヤバイ。泣く。この人は男前のくせに涙腺が弱い。 例えば俺がちょっと怪我したって、怒りまくったあと一人でこっそり泣いたりもする。 泣き顔は正直言って好きだ。でも泣かせるならベッドの中がいい。 「ごめん」 「…うるせぇ。謝るな。黙って無事に帰って来い…!」 ぐずぐず鼻を鳴らして、抱きつくって言うより体当たりだな。こりゃ。 ちょっと痛い。でも嬉しい。なによりも手放したくないものが、自分の腕に自分から納まってくれたんだもの。 「好き」 「…黙ってろ」 お、コレは珍しい。イルカ先生がその気になるなんて、年に1度もないのに。 死にかけるとやりたくなるっていうから、もしかして思い出しちゃったせいか?この人も雄だもんねぇ? 俺の下であんあん啼いてくれてるけど、きっと俺よりもずっと漢前だ。 「…確かめて?」 「黙れっていってんでしょうが」 キスをくれて、くっついてきて、コレじゃ生殺しだなって思ったけど、泣いてるから我慢した。 ほんのちょっとだけだけど。 「ちょっと、アンタどこ触って…!?」 「おしり」 「うぁ…!ちょっまてまてまて!」 「まちませーん。だってこの状況で止められるの?」 お互い興奮してるのは、これだけくっついてれば隠せない。 「…ちょ、っとだけ。なら」 「善処します」 ま、止まるつもりはないけどね。こーんなけなげなこと言われたら止まれないでしょ。 「…っれも。好きだ」 「ん。知ってる」 真っ赤に染まった体にたくさん痕を残そう。明日怒鳴られてももう知らない。 ごめんね。こんな男で。でも誰よりもアナタに執着してるし惚れてるし、なにがあったってもう諦めないつもりだから。 だからアナタも諦めて。 そうして朝までたっぷりいちゃついて、なんでかしらないけどイルカ先生もいつもみたいに怒らなくて、最高に幸せな一日を過ごした。 その結果、髪の毛のことなんかすっかり忘れちゃったんだけど。ま、そんな日もあるってことで。 ******************************************************************************** 適当。 ばかっぽー。 ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |