「おいで」 その白い手を伸ばして誘う言葉が甘すぎて、却って動けなくなりそうだ。 断られることなど考えてもみないんだろう。いや、そんなことは起こりえないと理解しているだけか。 自信家では決してない。だが他者の内心読み誤ることはめったにない人だ。どこまで見透かされているのかと、うそ寒い思いをしたことなら何度でもある。 そのくせ、自身のことは時折ふとした拍子に口にする程度で、基本的には寡黙だ。 まああっちからしてみれば、俺の方がずっとわかりにくくて読めない人間らしいのだが。 「…なんの、御用ですか」 少しだけ、だが分かりやすく距離をとった。 この手を重ねてしまったらおしまいだ。この無自覚な支配者は、何もかもを自分の意のままにするだろう。 「わかんないフリするの?ま、いいけど」 離れた分だけ距離が詰められる。 さて、どうすべきか。…迷う時点で答えなど決まりきっているのだが。 「やめましょう。誰の得にもなりませんよ」 「そ?俺はやめないけど」 そこで笑える辺り、こっちのことを見透かされているとしか思えないんだが。 …時折掠める不安げな表情がそれを裏切る。 逃げるか、それとも。 「何で」 うめき声と共に吐き出した言葉は、決して考え抜いたものなんかじゃなくて、むしろうっかりこぼれたに過ぎない。 それに一瞬驚いた顔をするから、こっちが驚いたくらいだ。 「なぁに?今更それを聞くの?」 満面の笑み。今すぐにでもこっちを取って食いそうなほど鋭い視線と組み合わさると、どんなに美しくても恐怖しか感じない。 支配されることなど望んじゃいない。一言、ウソでいいから言葉が欲しいだけだ。 我ながら女々しい感傷に浸っている暇などなくて、本能からか、一斉に鳥肌が立った肌を諌めるように自分の腕を掴んだ。 大丈夫だ。まだ俺は折れないでいられる。今はまだというだけだが。 「俺は、それが聞きたい」 自分で考えていた以上に強い声。 それに男が一瞬だけ顔を伏せた。耳が赤い。なんだよ。今更。 …そんな顔するのは反則だ。 「じゃ、来てよ」 腕を伸ばす仕草は同じでも、その必死さが違う。何もかもを奪うためじゃなく、俺の中のたった一つを請うその腕になら、すがってもいいと思った。だから。 その腕に手を伸ばした途端、つかまれて抱きこまれてそして。 「ねぇ。好きです」 泣きそうな顔で、掠れてか細い声で、その癖逃がさないとばかりに力強い腕で閉じ込めて、そんなことを言うから。 「…もっと早く言え」 同じ言葉を返す代わりに口付けを返し、ふわりと床に落とされて、その上に重なってくる体温を受け入れた。 まあ、なるようになるだろう。俺が思った以上にこの男は多分…わかりやすいから。 「好きって、言ってよ」 苦しみを刷いたその顔は美しい。その癖肌を暴こうとする手を止めるつもりはないらしい。 終わったら、言ってやろうか。それとも、男がもっと逃げられなくなるまで追い詰めてしまおうか。 やっと手の中に落ちてきたらしい男の背に腕を回してやった。言葉など信じないだろう男に、なによりもわかりやすいだろう続きを唆すために。 ******************************************************************************** 適当。 |