新年早々死に掛けるなんてついてないにもほどがある。 「っていうかアホだな」 病院のベッドで見た初日の出は美しかったが、何の慰めにもならない。 年越し寸前に引き受けた任務は、それこそものの数刻で片付くはずのものだった。 それがふたを開けてみれば抜け忍が集団で襲いかかってくるわ、任務自体が嘘だったわで、命からがら逃げ出して、ついでにトラップで何とか叩きのめしたは良いが、しっかりきっちりずたぼろにされた。 通りがかりの忍が拾ってくれなかったら、そのまま死んでいただろう。 ヘマをした自分が悪いのは分かっていても、独り身の侘しい正月がさらに侘しくなったのは少々堪えた。 タチの悪い毒を食らったせいで隔離のために個室入り。 呼気やら排泄物やらに毒が出なくなるまで退院もできない。 …しかも正月だっていうのに解毒のためなのか、どろどろした緑色の粥を食わされている。 他の患者は祝い膳が出たらしいと点滴を換えに来た医療忍が教えてくれて、却ってつらさが増した。 食い意地が張ってる方なんだよ。どうせなら誰かの作った飯が食えたらうれしいし、それが旨い物だったらなおさらだ。 怪我の治りが早いことだけが多少の救いか。 「はぁ…」 入院三日目から緑色の粥に加えて謎の半透明の液体が増えた。味はともかく腹は膨れることを喜ぶべきなのは分かっている。 でも液体だ。得体の知れない匂いもする。 「うぅ…!」 泣くなイルカ。自分が何歳だか思い出せ。 飯がしょぼくても布団はあったかいし、点滴交換に来る医療忍も対毒用のでっかいマスクしてて目しか見えてないけどけど多分かわいい!きっとかわいい!一瞬だけだけど二人っきりだし! 己に対する叱咤激励の言葉もそろそろ尽きつつある。 一年の計が元旦にあるなら、今年は間違いなくトラブル続きだろう。 「あー…いってーなぁ…」 ふさがった傷口はまだ毒が残っているせいで熱を持って疼く。 しばらくはこのまま動けない。退院はアカデミーの開始までにはまず無理だろう。 連絡はすでに回っているとはいえ、寂しさと情けなさがないまぜになって、少しばかり感傷的になっていた。 「さみしーなー…」 汚染される可能性があるせいで、本も持ち込めない。 どうせ一人ぼっちなんだし泣いても誰も見てないよなーなんて思いながらティッシュを一枚引き抜いた途端、窓がガラッと開いた。 「うわあ!?」 「何で泣いてるの!痛いの?医療忍呼ばなきゃだめでしょ!」 人の上に圧し掛かって一気にまくし立ててきた男は、よく見れば顔見知りだった。 「へ?あ、カカシ先生…!」 「はい、なぁに。どこが痛いの?」 どうやら相当心配されているらしい。拾われた直後は意識不明の重態だったらしいから、それをどこかで聞いたのかもしれない。 「あ、の。それよりその!窓!窓閉めてください!その前にはいっちゃだめですって!この部屋俺の毒が!」 「ああ、大丈夫。だってあなたを運んだの俺ですよ?毒に耐性なかったら運べないでしょ?」 「え!そうだったんですか!ありがとうございます!」 命の恩人だったのか!入院してからこっち、全然何も教えてもらえないから知らなかった。 いい人だなぁ。知り合いとはいえ偶々助けただけの相手をここまで気にしてくれるなんて。 「で、どうして泣いてたの?」 「うっ!」 飯がしょぼくて、一人ぼっちの正月がちょっと物悲しくなっただけなんて言い辛い。 我ながらアホみたいな理由だ。 でもなー。なんでもないですって言っても引き下がらないだろう。この人は。 「なにこれ。これが食事?」 「あ、はい」 そう。泣いても笑っても食い物はこれだけだ。外に買いに行くこともできない以上、これを食うしかない。 里の中だってのになんて貧しい食生活なんだ。一楽のラーメンの夢みて起きてから一人静かに泣いたのっていつだったっけ。 「これはないでしょ。流石に。もう毒は大分抜けてるんでしょ?」 「え、ああはい。でもあの、排泄物に混ざるので、検査しやすくするために残渣を少なくするとかなんとか」 そう説明を受けたときは納得したつもりだった。ただもう現実問題として延々と謎の粥が続くと発狂しそうになるというだけだ。 「あーなるほど。じゃ、おなかすいてたのね」 「うっ!は、はい…」 バレた。とんでもなく情けない理由で泣いてたのがバレた。 ぐぅううう。 そしてさらに…こんなに気まずい場面だというのに、空気を読まずに腹の音が鳴った。 「ちょっと確認取ってくるから待ってて」 「へ?あ、はい!」 また飛び出して行っちゃったけどどういうことだ?まあ今度はちゃんと扉からだったけど。 どっちにしろ俺はここから出られない。 「ま、まあいいか。とりあえずこれを食おう…」 まずかろうがうまかろうが飯は飯だ。食わないよりはマシだと腹をくくった。一向に箸…というかスプーンは進まなかったが。 しみじみとまずさを噛み締めながら、それでも何とか半分ほど食べた頃、扉が叩かれた。 「イルカせんせ。おまたせ」 「ひゃい!?」 あ、いいにおいがする。ラーメンみたいな…え?って、なんでカカシ先生がラーメンもって立ってるんだ? 「食べて良いそうですよ。これは俺から差し入れ」 ぽんとおかれたどんぶりからは、正しく“美味い物”の匂いが漂ってきて、それを聞いたらもう、他のことなど考えられなかった。 その美味さに今度は別の意味で涙を流しそうになりながらひたすら食べた。 普段は流石に健康に悪いからと自重していたのに、汁まで残さず飲み干して、胃の中に納まった幸福感ににやにやして それを見つめている人の存在を思い出した。 「うお!すみません!ありがとうございました!めちゃくちゃ美味かったです!」 「そ?良かった!」 なんだろう。この人はもしかして救世主とかなんじゃないだろうか。少なくとも俺の命を救ってくれたのも、ひもじさから救ってくれたのもこの人だ。 「お礼は!必ず退院したら!」 「…そーですね。じゃ。一緒にご飯食べてください。最近一人で食事するのが寂しくてねー。年ですかね?」 薄給の中忍を慮ってくれたんだろうか。飯なんて何倍でもおごるとも!今回の任務は労災みたいな扱いになってるらしくて、医療費もそんなに掛からないし。 「任せてください!えーっとどっかいい店探します!」 「お店でもいいけど一緒に団欒しません?俺の家で。イルカ先生ご飯おいしそうに食べるから。ほら、俺って覆面忍者だし」 「わかりました!ただその。料理はそんなに上手くないんですが…いいですか?」 ちょっと流石に自信がない。一応一通り潜入任務だなんだで不都合がない程度にはできるけど。 「いーんです。そういうのって却って和みませんか?家族って感じがして」 「そ、そうですね!」 母ちゃんの大雑把な飯も、父ちゃんの無駄に凝った飯もどっちもうまかったもんなぁ。そういうのも良いかもしれない。 「じゃ、待ってます。後また来ますねー?明日から一応普通の食事になるみたいですけど、もうちょっとだけ入院してなきゃいけませんし」 「え!あ!でも!」 「ご飯、楽しみにしてます」 なんだ。紳士か。紳士なのか。 …とりあえず、飯はめちゃくちゃ気合入れて作ろう。ナルトにカカシ先生の好みきいときゃよかったなぁ。 「よし!」 気合が入って何より腹がくちくなった上に人の情けで心まであったかい。おかげで新年が捨てたものじゃないと思い始めてきた。 「へへ…がんばんぞ!」 気合を入れて医療忍に起こられた俺は知らなかった。 家族の意味が俺の考えているものと180度違うものだってことを。 ********************************************************************************* 適当。 ではではー!ご意見、ご感想などお気軽にどうぞー! |