「三代目。ご決断を」 今すぐにでも殺してやりたい。 この男はまた奪うのか。私から、誰よりも何よりも大切なモノを。 あの子を浚って行ったときのように。 土台、気狂いにまともな対話など不可能だということは、三代目もわかっておられるだろうに。 元々まともとは言いがたかった男は、あの子を番に選んでから、少しだけまともになっていたと思う。 だからこそ、失ってしまって、こんな風に壊れてしまった。 あの子のことだけを考えて、あの子の残した言葉だけを信じて、あの子に少しも似ていないわが子を慈しむ。 そのくせ、わが子を見るとは思えない目で見ている事も知っている。 萎縮しきった己の子に、ただ淡々と術を、戦い方を仕込み、それでいて時折ぞっとするほどの執着を見せていた。 また奪うのかと、悲鳴染みた怒号と共に、殺気をぶつけてきたこともある。あれでは、手負いの獣よりも酷い。 …物分りの良すぎる子どもが、それをあっさりいなしていたが。 そういうところは、あの子に似ている。 見た目は少しも似通ったところなどないのに、冷静に、冷静すぎるほどに現状を分析し、判断を下す。 そんな子どもが、あの子と、このケダモノの血を引いたバケモノが、私の子を奪ったのだ。心配で気が狂いそうになる。 ケダモノは笑うでも怒るでもなく、純粋に邪魔だからという理由だけで、同胞に刃を向けられる。…といっても、それは普段ならありえないことだ。 この男は命じられたことを忠実にこなしているだけだから。 あの子だ。あの子が残した子のために、この男に吹き込んでいった言葉たちが、こんな事態を招いている。 死してなお、こうしてこの男をがんじがらめにしているそれに従っているだけで、あのクソガキは…。 そう。あのクソガキは、私の子をこの男とはまるで違った方法で縛りつけようとしているのだ。 「落ち着けと言うたじゃろう。今適任者に探させておるわい」 「しかし…!」 術など何の枷にもならなかった。 今奪い返さなければ、永遠に失ってしまうかもしれない。 あの時も三代目が相手でなければ、それからこの男が部屋ごと結界など張らなければ、すぐにも跡を追えたのに。 術で縛られ、私だけでもと解術を試みたうみのは、その反動で足元も怪しいほどふらついている。 私の男を傷つけ、私の子を奪おうとしている。 …殺して何が悪いと言うんだ? 「あのクソガキがイルカに何をするか…!ろくでもない術までかけて!跡を追わせてくださらないなら、許可など要りません。私は私の子を取り戻しに行くだけだ」 「俺も、行きます…!イルカに何をしでかすか分からない子どもと一緒にいさせることなどできん!」 堂々と里抜けを宣言したも同然だったが、同じように留まるように命じられているケダモノは、眉一つ動かさない。 …ただ、分かる。あの子ほどじゃないが、あの子を取り戻そうと命を狙っていた時期があるから、このケダモノのことは良く観察していた。 ケダモノは、酷く浮かれている。わが子が己と同じ道を選んだ事が、そんなに楽しいのか? 奪われる側はいつだって…魂が切り刻まれるような絶望を味わうというのに。 任務でならどんな相手であっても、命を奪うことすらある身とは言え、守ろうとすることすら否定されるいわれはないはずだ。 「落ち着け!…直に戻るじゃろうて。カカシとてこのまま抜けるつもりなどないじゃろう。それにの。カカシを連れ出したのはイルカじゃ」 「しかし…!それは騙されているに違いありません!」 「意識を取り戻してすぐにあんなことになったら…どこかで具合を悪くしているかもしれないのに…!」 そばにうみのが…夫がいてくれる事が心強い。 あの時は周りに味方など一人もいなかったから。 今度こそ、取り戻す。…あの子は幸せに成らなければならないのだから。 「カカシは、番を見つけた。共にあるのが何故悪い?邪魔をするな。あの子どもを傷つけたりはしない」 はらわたが煮えくり返りそうだが、この男はこういうイキモノだから、何を言っても無駄だというのはよく分かっていた。 「まったく!折角手伝ってあげたのに!カカシ君はやんちゃすぎて困るよ。ま、普段は素直すぎるからたまにはこういうのもアリ、ですかね?三代目」 「来たか。ではすぐに発て」 「拝命します。あの子は俺の弟子でもありますから。うみのさん。ちゃんとしっかりお説教してきますから、もうちょっと待っててください」 …とぼけた態度に意表を突かれて、少しばかり毒気が抜けた。 そういうところもこの男の才能なのだろう。おかげで、冷静にならなければいけないことを忘れかけていたことに気付けたのは行幸か。 「早く連れ帰ってくれ。お前の弟子などどうでもいいが、イルカになにかあったらお前でも切って捨てる」 「手厳しいですね。ま、安心してください。おいたをした子はたっぷり叱っておきますから」 現れたと思ったらすぐにその姿が消えた。流石は閃光の異名を取るだけある。 「…ミナトが戻るまで、双方友各自の家で待機しておれ。なにかあれば呼び出す」 「しかし…!」 「これは、命令じゃ。…ワシとて心配しとらんわけではないわ…。悪戯小僧どもめ!」 里長の命だ。従わないわけには行かない。 …おそらく監視もついている。下手に動いてイルカが見つかっても連絡がないなんてことになりかねない。 ミナトは、腕は確かだ。性格はともかくとして、必ず見つけ出してくれるだろう。 「く…!」 「せめて同行を!」 「ならん。良いから下がれ」 胃の腑が焼けるようだ。イルカは無事でいるだろうか。帰ってきたら勝手に抜け出したことを叱って、それからなんとしても解術する。 歯噛みする思いで、里長の前を辞した。 ふらつく体を抱きとめてくれる人が、側にあることに感謝しながら。 ******************************************************************************** 適当。 ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |