おいかけっこ5(適当)



「心配なの。あの子の事が。だから、お願いね?」
一方的な約束はいつものことで、それが最後の願いだと分かっていてもため息が零れた。
まだ早すぎる。あの不安定すぎる男は、番であるこの子を失ったら生きていけないのに。
まだ言葉を話し始めたばかりの幼子は賢いが、一人で生きていけるはずもない。
それから、私も。
ずっとずっと側にいて、憧れているだけなのか、それとも好きなのかわからなくなるくらい一緒に過ごしてきた。
かわいらしいあなたと、綺麗と呼ばれる私。
いつもお互いうらやましがって、でも我侭を通すのはいつだってこの子の方だった。
戦忍であることを選んだことを後悔なんてしていない。私にはきっとそれ以外の生き方は存在しなかった。
戦うのが好きだった。
敵を屠る瞬間の身震いするほどの快感に浸るのも、それに酔いすぎて戻れなくなるぎりぎりの所まで血にまみれても、それすらも心地良いと思っていた。
癒し手を選んで、そのくせぞっとするほど冷酷な作戦を立てることもできるこの子と私は、まるで違っていて、でも、どこか似ていて。憧れて羨んで。大切で。
どうして一緒にいるのかと不思議がられる事も多かったけれど、決して離れることなんてなかったのに。
あの男が現れて、嵐のように全てを変えてしまった。
許せない。実力差はあっても、正気じゃなかった。いいえ。多分正気だったのかもしれないけれど、少なくともその行動は常軌を逸していた。
だからこの身に賭けても取り返すつもりだった。

でも、あの子が選んだから。だから。

子が出来たと喜ぶあの子にお祝いを持っていって、不器用な男がおっかなびっくり生まれたての子を抱きしめて驚くほど幸せそうな顔をするのを見て、納得した。
これが、運命ならと。
二人だけの閉じた世界に新しく生まれた命を、それでもあの男は喜んでいたから。
ずっと好きだと言ってくれていた人に、私も返事をした。
彼女の次でいいと、馬鹿なことを言いながら、一生守るなんて。私より弱いくせに。
でも、幸せだった。
生まれたばかりのイルカを抱いて、これがそういうものなんだと、あの子があの時笑っていた意味がわかった気がした。泣きながら喜んでくれた人を愛おしいと思っていたことにそのとき初めて気がついた。
そうして、少しずつ離れて、でも、それでも。
ずっとずっと一緒だと思っていたのに。

…好きだったけど、どこかでうらやましすぎて憎んでいたのかもしれない。

失うと、分かった途端に訪れた、この恐怖と、それに相反するはずの安堵。
これは一体なんだろう。
ずっと、ずっと一緒だと思っていたのに。もっと生きるべきなのに。
どうして病気なんかで死んでしまうの?
「どうしてかしらね?あの人にそっくりで。きっといつか見つけた相手が、私みたいに受け入れてくれなかったら…だから。お願い。そのときは」
わたしとの約束なんてなかったみたいに、こうやって一人で満足して死のうとしている。
わたしはこの子と違って約束を破ったことなんてなかったから。
「お願いじゃない。生きろ…!」
怒鳴りつけたつもりだったのに、自分の口から出た声は随分と弱弱しくて、頬を伝うものごと包み込んでくれた小さな手に縋るように額を押し付けた。
「泣かないで。もう拭ってあげられなくなるのよ?」
「うそだ。いやだ。そんなの」
「強がってばっかりなんだもの。うみのさんが良い人だから心配してないけど」
年下なのに、こうやっていつも母親みたいに。
「どうして」
「さあ。でも多分ね。私は生まれてきてからやるべき事をもう全部済ませてしまっただけなんじゃないかしら」
そんな馬鹿な。
子どもはどうするんだ。それから…お前しか見ていないあの男は。
今も半狂乱になって暴れて、術とあらゆる手段で拘束されて、半分死んだようになっているあの男は。
「いやだ。だめだ」
「ふふ。駄々捏ねるところなんてはじめてみた。…ねぇ。きっとあの子は」
扉が開かれる。閉じ込められていたはずなのに。
涙を流しながら言葉もなくあの子を抱きしめる。
「…!」
「ずっと。一緒よ?」
うそつきめ。そうして連れて行ってしまうつもりか。
あの子どもを、この男そっくりな色を持つ幼子を置いて。
「私は…!」
「お願い。聞いてね?」
ふわりと笑ってどこまでも清らかで傲慢な女が、番の男を抱きしめる。
加減を知らず、そうしなければ失ってしまうとでも考えているのか、いつまでも繋がろうとする男を、最後まで受け入れるために。

そうして、失った。男も、私も、永遠に彼女を。

残された約束が錆びる前に出会えたのは幸運なのかもしれない。
「ねえ。イルカ」
「なぁに?母ちゃん!」
夫に似て真っ直ぐで無鉄砲で感情が豊かで、私に似たのは少し癖のある髪だけ。
…わたしより、たぶんあの子に似ている。
誰よりも大切で誰よりも憎んでいたのかもしれないあの子に。
「大事なものは、良く見極めて、守らなきゃだめよ?」
「うん!チョコケーキなら父ちゃんにとられないようにちゃんと食べる!」
かわいいどこまでも普通の子ども。
決して自分にはありえないものばかりを持っているわたしの子を、あの子どもは欲しがっている。
永遠に得られないものを求め続けた私のように。
「イルカ。イルカは幸せにならないと駄目よ?」
この子が生まれてからずっとずっと繰り返してきた言葉を口にした。
「うん!いつかでっかい男になって、父ちゃんなんて目じゃないくらい強くなるんだ!」
かわいいかわいい私の子。
さあ、どうしたらいいだろう。
わたしにあの子のような戦略の才はない。
わたしは切り捨てることも、後押しすることもできない。
それでも決断しなくてはならない。取り返しがつかなくなる前に。
「イルカ」
愛おしそうに、この世の全てよりも大事なものを見つめる瞳で、私の子を見ている。
大切なモノの全てを奪っていったあの男と同じ顔で、同じ目で、声で。
「おやつに、しましょう?」
「あー!お好み焼き!これもいいの?」
「もちろん」
「ケーキ、俺の分も食べてくれる?甘いものあんまり得意じゃないんだ」
「いいの?ありがとな!」
まだ子どもだ。あの男と同じじゃない。…まだ、いまなら。
平和で当たり前のはずの日常。
…誰よりもそれが壊れることを望んでいたのは、わたしなのかもしれない。



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適当。
やんでれ。
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