瞳(適当)



ああ。今日もおいしそうだ。
「お疲れ様です。お預かりします」
さりげなく視線を合わせると、緩やかにたわんだ片目がこっちをみていた。
澄んだうす青い虹彩の中に揺らぐ黒い瞳孔。
虹彩が薄すぎて三白眼に見えるけど、この人は本当に綺麗な瞳をしている。
「いーえ。イルカ先生こそお疲れ様です」
何事もそつなくこなし、こうして気遣いも忘れない。
この人を慕う忍が多いのも頷ける。
その人をこんな風に自分の欲のために利用していると知られたらどうなることやら。
良好な関係を維持することは、自分の中に巣食う執着を満たすためにも必要なことだ。
人には決して言えない嗜好なだけに、何事もなく普通の距離感を保つことが何より重要になる。
見つめられるだけでいい。時々こみ上げる気が狂いそうなほどの欲求に飲み込まれそうになることもあるが、リスクを思えば何度だって押し殺してみせる。
この至福のときを手放すくらいなら…一時の最高の快楽、それも得られるかどうかわからないもののために全てを手放すくらいなら、いくらだって我慢できるとも。
「休暇は三日間です。ゆっくり休んでくださいね」
「ありがと。じゃ」
ああ、行ってしまう。
今度はいつ会えるだろうか。
三日も休みだなんて…三日もあのきれいな瞳を見る事が出来ないなんて拷問に近い。
あんなにきれいな瞳は…はじめてアレが欲しいと思ったときと同じくらいきれいな瞳は、あの人のものしか知らない。
空しさにため息をついてみても、あの人は一度も振り返らずに姿を消した。
そりゃ当然だな。任務帰りだ。疲れを癒したいってのが人情だろう。
だから、あの瞳を…たとえば花街に行ったりしたら、見知らぬ女が見るかもしれない。
あの、瞳を。
そんな勝手な想像だけで、情けなくも涙が出そうになった。だがしかし中忍としての意地とプライドをかけて泣くわけには行かない。
「あーあ」
いつか、アレが俺のモノになればいいのに。
赤い瞳には興味がない。そうじゃなくて、あのきれいな片目が欲しい。食べてしまいたいくらいに。
実行する勇気がもてないくせに、少しだけ落ち込んでおいた。
*****
昔、任務でヘマをしたことがあった。
そのときは中忍になりたてで、当然小隊を率いるなんてことは許されず、かといってスリーマンセルの仲間とは別れて行動するようになっていたから余計に緊張して、だから間抜けなことに敵につけられていることに気づかなかった。
下忍に毛の生えたような任務だときいていたが、そこは中忍に任されただけあってそれなりに面倒な任務だったってことだ。そして俺はそれをきちんと理解できていなかった。
もう少しで木の葉の里に作ってところで、あっさりと敵に囲まれた。
驚いて出足が遅れたものの、それなりに善戦していた…らしい。後で聞いた話だから宛てになるかどうかわからんが。
とにかく懐にしまいこんだ密書だけでも守らなくてはならない。
それだけを考えてがむしゃらに戦って、最後に一人だけ残った女に、止めを刺すのを躊躇した。
まだあどけなさの残る姿で命乞いをする女を切り捨てられなかった。確実にそれは俺のミスだ。
…その結果、毒を頭からかぶる羽目になって、敵にはまんまと逃げられかけた。
そこで通りがかった人が、多分暗部が、俺を助けてくれたんだ。
それが、多分誰かの瞳を欲しいと思った切っ掛けだと思う。
毒のせいで揺らぐ視界に、一瞬だけ鮮明に、俺を覗き込む瞳を見た。
それがあんまりきれいだったから、欲しくてたまらなくなって、おかしいってのは自覚してるのにそれっきり、俺はすれ違う誰かの瞳をついついみつめてしまうようになった。
暗部なんかにいる人なら、きっと俺なんか接点すらもてない。
それがわかっているのに、どこかにいるんじゃないかって…見つけたら欲しいと思ってしまった。
そうして誰かの瞳を見つめ続けたある日、俺はあの人をみつけてしまった。
欲しくてほしくて、つい目で追っては己の常軌を逸した欲望に恐怖した。
あの人が、あの時の人とはかぎらないのに。
「風呂、はいったし、ねるかな」
ぼんやりとベッドに転がった。天井を見上げて瞳を閉じる。そうすると、勝手に頭があの人の目を思い出してくれた。
幸せで不幸な時間だ。どうしてもふりはらってもふりはらっても勝手にあの瞳が俺を誘うから。
それは手にはいりはしないのに。
あの青を間近で見つめて、それから舐めたりなんかできたら、きっと俺はそれだけで幸せになれるのに。
「ねちゃうの?」
幻かと思った。どうしても欲しかったものが、それこそ触れそうなほど近くにいる。
「あ」
「あの、ね?覚えてないと思うけど、俺、昔あなたを拾ったの。だからもう俺のものなの。だから取りに来ました」
お休みが三日もあるから、たっぷりそれを覚えてもらおうと思って。
そんな最低の台詞を、頬を染めながらいうのだ。
訳がわからない。わからないが。
瞳が興奮に少しだけ朱を混じらせ、潤んで美味そうに光っている。
それは、衝動だった。
ねろりと、下を這わせてしまってから、それがこの人のものだと…ずっと欲しかったものだと気がついたほどに、自分では少しも制御できなかった。
「俺、の」
「そうね。俺もあげちゃう。だから、ねぇ?」
たわむまぶたに俺の瞳が収まっている。
なんて最高の夜だろう。アレはもう俺のモノなのだ。
「どうぞ」
嬉しくて溜まらなくて微笑むと、男も、俺のモノになった瞳に欲望と歓喜の光を宿して笑ってくれた。


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てきとう。
きみのひとみはひゃくまんぼると。
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