紙一重(適当)



「人を殺すのと、愛すのと、どっちが簡単ですかね?」
クナイ片手にそう言われて、馬鹿正直に悩んだ。
一応里内だ。人気のない演習場だが、それなりに見回りも行われている。
たまーにだけど酔っ払いとか、任務で負傷とか毒とか食らった忍とか、それから…まあとにかく不審者が落っこちてることがあるからな。
まあごくたまにしかないんだが。…肝試しに演習場つかって泣いてるアカデミー生が増える時期なんかもあるけど。
そのたまーにが、俺が見回り当番の時に当たったことを嘆くべきなのか、それとも運が悪かったと諦めるべきなのか。
見知らぬ暗部が弄ぶ鈍く光る凶器は、よく手入れされていて刃毀れ一つない。どことなく薄汚れた見慣れぬ装束からして、任務後の高ぶりでも押さえきれなくなったのだろうか。
ホンの気まぐれで、俺は死ぬのかもしれない。ここで、同胞の手にかかって。
「殺すのは、簡単かもしれません。愛することと同じくらいに」
敵が強ければこちらが死ぬ。がむしゃらに戦うだけじゃなく、生き残るために己を研ぎ澄ますのが忍だ。
つまり勝てるかどうかはある程度運ってヤツも関わってくる。
愛…って言われてもなぁ。色々あるだろ。愛情にも。
悲しいかな異性からの愛には恵まれない方だが、父ちゃんと母ちゃんにはしっかりたっぷり愛情を注いでもらったし、両親が先立ってからもなにくれとなく誰かが気にかけてくれた。
三代目とか、近所のおばちゃんとか、商店街のじいちゃんとか、ラーメンやのおっちゃんとか。
で、そんなに大事にされたら、それが当たり前になる。だから自分もそれが自然に出来るようになるわけで。
長じて人懐っこいとか、おせっかいとか言われるようになったことについては…まあそういう風に育ったんだからしょうがないと思うんだ。
つまり愛もある程度運…なのか?いや思いつきで言っちまったから、我ながら良く分からないんだけど。
この人は、どうなんだろう。
こんな所でわざわざ暗部の仮装なんてしないだろうから、十中八九この人はホンモノだ。
俺を殺すのと…愛する…ってのは無理そうだよなぁ。大体なんでその二つが比較対象になってんだよ。おかしいだろ?
「そうだね」
長い沈黙を経て、俺の背中が冷や汗でびっしょり湿った頃、男はそう呟いた。
納得してくれた…のか?
「あの、ですね」
ならなんでその、手首離してくれよ。ここの見回りが終わったら家に帰って新発売の春の限定ラーメンを…!
「じゃ、愛することにします。ほら、殺しちゃったら愛せないけど、愛してても殺せるでしょ?」
無邪気というか、どこかはしゃいだような口調。
恐怖を感じるより先に呆れてしまった。
「愛してたら殺せなくなりますよ」
「ふぅん?」
ああ、やっぱりついてくるなぁ。面倒なもの拾っちまった。でもなぁ。
…この人、なんか…なんか放っておけないよな?
「飯、食ったんですか」
「兵糧丸なら」
「あー…じゃあ行きつけの店があるんで、そこで飯食いましょうか」
多分まだギリギリ開いているはずだ。春ラーメンはそれこそまだいつだって食べられる。今にも俺を殺しそうだった男を、俺の家に上げる勇気はまだない。
「ん」
月夜の道を見知らぬ男と歩いた。
愛も死も、恐ろしいほどに曖昧な夜。…どうやら俺がそのとき恋に落ちたらしいと知ったのは、随分と後のことだった。

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適当。
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