甘えて、甘やかされるままに好き放題に振る舞って、それでも離れない人にある種恐怖を感じていたのかもしれない。 「さようなら」 そう言ってくれた人からやっと離れられることに心底安堵している。 これ以上この人に依存してしまったら、きっともう一人では立てないから。 今でさえ、もう足元がぐらつく感覚に震えかけているのに。 「…どうして?」 意識せずに口をついて出た言葉に自分が一番驚いた。聞いてしまった。聞いちゃいけないはずの言葉だったのに。 「良い伴侶を得てください。それから、家族を作って、幸せになってください。俺じゃ無理だったから」 心臓が止まるかと思った。耳を素通りする言葉よりも、無理に笑ってくれていることが分かってしまったことの方がよほど胸に刺さる。 笑っててよって、何度怪我をしても、一度なんて本当に死んでいても、それを無理やりに願ったのは俺の方だ。 だから、こんな時にも笑ってくれている。 「なんで」 「里を支えるためにも必要なことです」 伏せた視線の先には俺はいなくて、低く呻くような言葉には、噛み殺しけれなかった嗚咽が混じっている。 なんだ。もう、手遅れなんじゃないの。 「じゃ、そうする」 こんなにもこの人は、俺のことだけを考えて、窒息しそうなほどの愛をくれた。 息苦しいはずなのにそれになれていくのが恐ろしくて、それなのに幸せで満たされて、失うことがただひたすらに怖くて、そんなことで泣きそうになる自分にいつだって怯えていた。 「…お幸せに」 「うみのじゃなくなってもいいよね」 ほぼ同時に飛び出した言葉は、意味は少しも重ならないのに交じり合って、まるで今の俺たちみたいだ。少しだけ笑って、でもきっと目は獲物を捕らえる獣と大差ないものになっていただろう。 「うみの、じゃなくても?親族は皆九尾のときに」 「名前なんかどうでもいいんだけどね。もう俺の名前で伝令だしちゃったみたいだから」 心底理解できないといった顔で首をかしげるその顔に、肌が粟立つほどの興奮を覚えて苦笑した。 なんだかねぇ。もうちょっと何とかすればよかったのに。俺も、この人も。 「あ、の?」 「好き。伴侶を得て幸せになれ、だっけ?じゃあそんなのイルカ以外いないでしょうが」 「俺じゃ無理だと!」 「なんで?ねぇ。俺が幸せになっちゃいけないの?」 「そんなことあるわけねぇだろうが!」 ここで抱きしめてくれるところがこの人らしい。馬鹿だねぇ。俺もだけど。 逃げるなら今この瞬間だけが唯一のチャンスだったのに。 「なら、決まりね。何せ俺、今この里で一番偉いですから。誰にも文句なんか言わせません。もちろんアンタにもね」 「…うるせぇ馬鹿野郎…!なんてことを…!」 舐めとった涙のしょっぱさに、嘆くふりをして喜びを隠せないこの人の弱さと脆さに、何もかもを、きっと俺は一生忘れないだろう。 「手遅れなんだよ。きっとずーっと前から。ね」 「…知らねぇぞ。もう逃がしてなんかやれない。俺じゃ、あんたの子も産めないのに」 毒づく唇を塞いで、重いばかりの名を縫い付けた外套の中にしまい込んだ。 何よりも俺を縛る鎖を、自らの手で選び取った命さえ縛り付けるそれを、二度と離さないことを誓って。 ******************************************************************************** 適当。 オンリー後にしめやかにぶったおれたのでありました。冬はおっこったのでどうしようか考え中です。 |