中忍なんて里には溢れるほどいて、俺が就くような任務にはさほど多くなくても関わることくらいはいくらだってあって、そもそも絶対数でいえば下忍より多い。一番少ないのは上忍なのは、下忍から上がれないヤツはそんなにいないけど、上忍になれるまで生き残れるのが少ないからだろう。 とにかく山ほどいる彼らの中で、たったひとりだけやたらと目を惹く。それに里に帰るとあの人だけどこにいるかなんとなく分かるし、気づけばその人の家とか、その次に多いのは行きつけのラーメン屋なんだけど、とにかくそこにいるって分かってしまえば自分の足も問答無用で向いてしまう。 顔は普通だ。ま、凛々しいっていうの?割と男らしい顔してるよね。多分。っていうか、俺あんまり親しくない人たちの顔の区別付かないしね?四代目は綺麗な人だったと思うけど、それ以外は普通だし、父さんは俺とそっくりだし、母さんの記憶なんてほとんどないしね。綱手姫は…おっぱいがでかい。顔は多分綺麗だと思う。 背は俺よりちょっとだけ低くて、横幅は俺よりちょっとだけ太くみえるのに、この間なんかの拍子で抱き上げたときは、明らかに俺より細かった。でも結構がっつり鍛えてんのね。とっさの反応が鈍いのは、多分俺相手だったからだろうし。中忍にしとくのもったいないかもよ。状況的にも立場的にも里から出したくないけど。 あとは情に流されやすいのが玉に瑕ってヤツかなー?あんなんじゃすーぐ騙されちゃいそう。残業とかも良く押し付けられてるみたいだったし。え?ああうん。最近一緒に飯食ってるから減ったんじゃない?流石に二つ名持ちの訳アリ上忍にたてつこうとか思わないでしょうよ。えー?気づいてないんじゃない?財布の中身気にしてるくせに割り勘って言い張るんだもん。誘ったのは俺なんだから気持ちよくおごらせなさいよって言ったら、なべとか誘ってくれちゃったしね。俺もかにもってったよ?前、魚屋で食い入るように見てたから、ついね。やー。イーイ顔して食べるんだ。でっかい口が良く動くんだよね。たまんない。 ま、だからどうしてこの人がこんなに気になるんだろうって話。 「…ええと、それはどうしてと言われましてもですね」 受付でなんて赤裸々トーク繰り広げだしてるんですか。この人は。しかも砂を吐きそうなのろけ話を少しも自覚していないみたいです。どうも受付の癒しと名高い中忍を探しにきたらしいですが、今日はこっちにくる予定なんてなかったはず。そんなに親しいなら予定を確認することだって簡単でしょうに、なぜここでダラダラとかの中忍への微妙に変態チックな観察トークを繰り広げているんでしょうか。理解に苦しみます。 ちなみになぜ当の本人がここにいないかと言うと、アカデミーで演習があるからで、それでも綱手様の書類が部屋を埋めるほど溜まっていることを知っているから、この人の任務が終わるのがもう少し後なら、気の良い彼のことです、もしかすると様子を見に来てくれるくらいはしたかもしれないのに。 この状態だと流石に進捗状況をかの中忍に連絡する気にもなりません。なぜって律儀な彼はほぼ確実に疲れた身体に鞭打って、綱手様のお手伝いを申し出てくれるでしょうから。 「そういや綱手姫はどこに?ききたい事があったんだけど」 「…綱手様は…その、溜まった書類の処理が終わらないので私に代わりに受付の様子を見て来いと」 嘘ではありません。ただいつもならこんな行動は取らなかったというだけで。それを知っているからか、惚気を際限なく垂れ流していたのと同じ口で、恐ろしく深いため息を吐いてくれました。 「…それって、大丈夫なの?シズネさんがいなかったら、多分あの人見張り誤魔化して賭場に行っちゃうと思うんだけど?」 「うっ!それは分かってるんですよ!一応暗部も張り付けたんです!ただ、その、最近息が詰まると良くおっしゃって、私がいたのでは気が休まらないのではないかと思って…」 逃げ足が速いんです。ずっと私をかわいがってくださるのも失ってしまったおじとの血縁があるからだとも思います。それだけではない部分もあると信じたいですが、このところの仕事への熱意のなさといったら、己のふがいなさに情けなくなるほどでした。 あの人を、呼ぼうと思ったのもそのせいです。三代目の懐刀とか隠し子だとか噂されるのも分かる気がするほどに、あの人は優秀でした。傍から離さなかったのも、その結果広がったのであろう噂にも納得ができました。 でもこんなストーカーまがいの上忍…いえ、カカシくんは優秀な子です。それはわかっているんです。ただちょっと、昔から気に入ったモノへの執着がものすごく強くて、どんなに止めてもそれがどんなに貴重でも必ず手に入れて離さない子だから要注意だってことくらいで。こんな人まで引っ掛けるなんて、ナルト君も懐いてますし、ひょっとして色々難ありな人を引き寄せる何かがあるんじゃ…? 「ふぅん?いなきゃいないで拗ねてすねて大変なんだけどね。ま、いーや。イルカのこと相談しようと思ったんだけど、そろそろ戻ってくるみたいだし、腹も減らしてるだろうから飯食わさないと」 「アヒィ!何の話ですか!?」 相談って、綱手様は悪乗りしやすい方だし、一言賭けと口にすれば大喜びで乗ってしまうに違いありません。それを熟知したこの人があの気の良い中忍のことを持ちかければ…結果は火を見るよりも明らかじゃないですか! 「あのー…シズネさん?え?あ!カカシさ…先生!」 「あ、おかえりー」 さりげなくというかあからさまにというか、当たり前みたいな顔で腰に手を回しています。このまま浚いそうな勢いさえ感じてここは止めるべきでしょうか?ああ、綱手様がここにいらしたら…!嫌そうな顔なんて決して見せませんが、やや腰が引けている様子なのが気にかかります。よもや無体を強いられているんじゃないでしょうか。 「カカシ先生お疲れ様です。あの、綱手様は?あの書類、大丈夫ですか?」 「ええ、と。その、おそらく大丈夫ではないんですが!あなたも疲れているでしょう。ここは私に任せて…!」 「分かりました。まあそんなことだろうと思ったんですが。お疲れ様です。あ、カカシ先生。俺まだ仕事があるんです。だから…」 そうでした。彼も中忍でした。なかなか卒なく逃げを打つものだと感心したくなります。これで流石のカカシ君も…! 「ん。お弁当持ってくね?長くなりそうでしょ?甘栗甘の花見大福でいい?」 「え!いや、大丈夫ですって!カカシさんだって疲れてんでしょうが!あんたどう見ても任務帰り…!」 「えー?一人でご飯?ヤダ。一緒に食べてくれるでしょ?」 「…しょうがねぇな…。綱手様に癇癪起こされてもがまんしてくださいよ?」 「んー?ま、がんばってみる」 「ほんとに頼みますよ?これ以上決済を遅らせるわけにはいかないんですから!」 「はーい。何なら手伝うし?とりあえず先に行ってて」 「…はい。ああついでに風呂とか!ホントは病院…は、綱手様に息抜きついでに治してもらえばいいか。気をつけて!」 「はーい」 おや?雲行きが怪しいと言うか。もしかしなくてもこれは大分付け込まれてしまっているような?どうしたらいいんでしょう。はっきりいって、私では口でカカシ君に敵いません。綱手様すら手玉にとったりしちゃうほどだし、かと言ってみすみす毒牙にかかるのを見過ごすわけにもいきません。 「いきましょう。綱手様はシズネさんがいないと落ち着きませんから。おやつは後から来ると思うので。あの人も怪我してると思うので、その治療ってことで部屋に入ってもらってもいいですか?」 「え。ええ!怪我?カカシ君が?どこに?」 「あの庇い方だと腕だと思います。左。…何やってんだかほんとに」 「…わ、かりました」 医療忍術には自信があるんです。怪我を隠す忍を見抜く自信も当然。…あの子は昔から完璧に隠すから厄介でしたが、それをこの人は簡単に見抜いてしまいました。 私が変に気を回しすぎたんでしょうか。でも明らかにカカシ君はこの人に対する自分の感情を理解できていなかったような…?そのくせ執着だけは激しいのだから本当になんというか、厄介な人です。 「子供みたいな人ですよね?まったく。まあとにかく書類片付けて、綱手様にも休んでもらわなきゃいけませんし、急ぎましょう」 「アヒィ!は、はい!」 男らしいというか、凛々しいし律儀だし、それはあの子の好みでもあるとは思うんですが、どうしたらいいんでしょう? ぼんやりしている間にも足は進んで、もう執務室の前です。どうしましょう?どうしたらいいんでしょう?…私はこの部屋に戻っていいんでしょうか? 出掛けに綱手様に言われた言葉が思い出されます。 “ああもうちっともかたづきやしない!しばらくほっといとくれよ!” …しばらく、というのは、どの程度を指すものなのか、私には判断がつきません。なれない仕事で疲労とストレスを溜め込んでいるのはわかっていますが、里長という重責を負う身で、気軽に賭場などに出入りされては里の未来に関わります。 本当に、私は迷ってばかりです。 「なんだい!シズネが戻ってこないなら、あたしは仕事しないよ!」 物思いに沈みかけた耳に、分厚いはずの扉の向こうから、聞き捨てならない言葉が聞こえてきました。 「なにをおっしゃってるんですか!」 「シズネ!遅い!コイツラの淹れる茶はまずくてね」 「は、はい!ただいま!」 拍子抜けするほどいつも通りの態度に、肩から力が抜けました。 隣でうみの中忍が笑っています。楽しそうです。なんていうか、この子は器が大きいですね。だから、あの子も。 「綱手様。後でうちの子がおやつを持ってくるので、左腕治してあげてくださいませんか?」 「…花見大福か?」 「ええ。ですから是非」 「しょうがないねぇ?あいつは。まあ女房がしっかりしてるから、今後もよろしくたのむよ」 「はは!そうですね」 ええと、これはどういうことなんでしょう?彼はあの子のことを納得ずくでいるってことでいいんでしょうか? 背後のやり取りを気にかけつつも大急ぎでお茶をいれると、綱手様が一気に飲み干してしまいました。ああやっぱり多めに淹れておいて良かった。これじゃ足らないかもしれない。 「うん。やっぱりお前の淹れる茶じゃないとね!さあやるよ!」 「俺も手伝いますが、あんまりシズネさんに迷惑掛けちゃだめですからね?八つ当たりなんてもってのほかです」 「うっ!す、すまないとは思ってるよ!なんだい!その顔は!」 先生の顔をした年下の中忍に、あっさりいなされる綱手様…なるほど、これは手放せなくなるわけです。 「はい花見大福。饅頭もあるよ。ねぇ。綱手様、この人こき使わないでしょね?」 「アーいいからお前はこっち来い。ほらつないでやる」 「えー?別にへーき」 「イルカが泣くぞ?」 「え?うそ!なんで?」 「ごちゃごちゃ五月蝿いね!」 力いっぱいひっぱられてそのついでみたいにして治療されてますけど、あんな風にされたら痛いんじゃ…。まあイルカさんがわらってらっしゃるから大丈夫なんでしょうが。 不思議な人です。ただそこにいるだけで安心感がある人なんて、初めてかもしれない。ダンおじも、ああそれから四代目火影だったミナトさんにもちょっとだけ似ているかもしれません。 「ほら治ったよ!とっととかえんな!しばらくうみのは借りとくからね!」 「…怒ってない?」 荷物みたいに放り出されたのに、妙におどおど顔色をうかがっている先は綱手様じゃなくて、うみのさんです。不思議なほどしょぼくれて、いつだって飄々とした子なのにまるで別人のようにしおらしい。 なるほど、なんとなく理解できました。この子は今、彼しかみえなくなっているようです。 「怒ってませんが次隠したら家に入れません」 「え!そんなの無理!」 「じゃあ怪我をしないか隠さないかです。ほら、ご飯食べるんでしょう?」 「うん」 さっきまで不遜な態度だった上忍の素直な返事にうなずいて、子供たちにするみたいに頭を撫でる中忍。…シュールな光景ですが、綱手様も気にしてらっしゃらないみたいだし、私も仕事をしなくてはなりません。 「申し訳ありません。うみの中忍。こちらの書類と…」 「はい。弁当食いながらになりますが。あ、シズネさんの分のお菓子も買ってきてるはずですから一緒に食べてくださいね」 「は、はい!」 「…この人にあんまり触んないでね?」 「威嚇しなくていいからほら、ちゃんと飯!それから先に帰って寝てなさい」 「えー?でもどうせ眠れないよ?」 「…なんであんたは一人にしとくと寝ないんだ!しょうがねぇな!手伝いなさい!」 「はーい」 集中モードに入った綱手様は、目の前で展開されているにもかかわらず、二人の世界に一切なにも言いません。 まあ私も気圧されて何も言えなかったんですが。カカシ君。本当にそろそろちゃんと自覚しなきゃ駄目なんじゃないのかしら。 「あーおちつくー」 「人の胸倉に頭突っ込んでないで飯食いなさい」 「んー。後でね」 「邪魔なんで背中ならいいですよ」 「えー?ま、いっか。帰ったらちゃんと構ってよね?」 「綱手様次第ですけどね。そっちの決裁書の付箋ついてるところみていってください」 「はーい」 息のあった二人の手際のよさと処理の速さに思わず目を奪われました。 …決めました。私も私なりになんとかしましょう。これだけのことをしておいて、平気で私にあんな質問をしてくるなんて、鈍いというより情緒的発達に何らかの問題がありそうですが、それは置いておいて。 とにかく、この優しい人を、これ以上この鈍くて大きなお子様のせいでふりまさせるのはよくないでしょう。さっさと自覚させるように促さなくては。 決意を胸に、早速すでに湯のみを空にしている綱手様のために、大急ぎで新しくお茶をいれたのでした。 ******************************************************************************** 適当。 中忍確信犯だったりして。 |