いぬ(適当)



「何でこんな目にあってるんだ。俺は」
全裸でベッドに収まっていること自体が、俺にとっては異常なことだ。
そこが自分の部屋でも任務先でもなく、尚且つ足首に鎖までセットでお付けしておきます状態っていうのがまずおかしい。
それから、隣にごろごろと懐く図体のでかい生き物がいることも。
「えー?イルカ先生がいいって言ったもん!」
ああ言ったな。眠れないからと相談されて、一緒に寝てくれと懇願されて、それなら誰か女の人の方がいいですよと言ったのに、どうしてもと頼まれたら否とは言えなかった。
生活態度には問題がありすぎるが、面倒見いい人だと思っていた。そんな人に助けてくれと請われたら、無視出来ない。
眠れない理由が発情期だからなんていうわけの分からんもので、寝るの意味がこの男につっこまれることだってことまで誰が予想するか。
同性だ。それもちょっと情緒不安定な所があるが、里の稼ぎ頭で、かわいい教え子たちを導いてくれた恩人だ。
だからこそ、俺なんかでできることがあるならと思っただけだったのに。
「帰ります」
鎖は随分と軽いが頑丈そうだ。ついでによくわからん術式らしきものまで見えるが、この際強引にベッドごと壊してでも帰ってやる。
ケツも腰も思い痛みと何が原因か考えたくもない疼くような感覚まで連れてきているとしても、仕事もある。
なによりこのクソ上忍の思い通りにされるつもりは毛頭なかった。
「駄目―。あとそれ、俺じゃないと外せないし」
そうか。ならベッドごとだなと冷静に判断して一瞬でチャクラを練り上げる。実戦もかくやという素早さで振り下ろした拳は、だがベッドにかすり傷一つつけることも叶わなかった。
「チッ!」
なるほど。こっちも特別製か。
ならコイツだ。
敵う相手じゃないのは重々承知の上、何の抵抗もしないのは俺の矜持に反する。
やられたことは10倍返しぐらいで返すのがうみの家の流儀だ。
父ちゃんの子ども相手にも容赦なかったえげつない復讐の数々が、今も鮮やかに脳裏に蘇る。から揚げ一個多く食ったからって、その後の猛攻ときたらもう…!
父ちゃん。見ててください。クソ上忍は今すぐにでも場合によっては父ちゃんのところに送りつけてやりますから。
…まあ俺の方がいっちゃう可能性も高いんだけどな。
「んー?お酒に混ぜ物したのが嫌だったの?」
「アンタそんなことまでしてやがったのか…!」
道理で必死で抵抗してるってのに、妙にあっさり組み敷かれたはずだ。
くそ!暢気に酒を煽ったのは自業自得として、何で里の仲間にこんなややこしいまねをしやがるのか。このクソ上忍様は! ゆらりとチャクラが揺らめく。手加減なんざ必要ないよな?
とりあえず一発だけでもぶん殴りたい。その後俺の命がないのだとしても。
力を入れれば入れるほど、全身の違和感が際立つ。
特に尻だ。なんか漏れてきてる気がして思わず低く呻いた。
くそ!くそ!全部全部こいつのせいだ!
「好きです」
「はぁ!?…ぅく!」
コプリとあふれだしたモノが太腿を汚していく。なんともいえない不快な感覚だ。
膝が震えているのは気のせいだと思い込みたかった。
「あ。もったいない。出てきちゃった。…お腹壊しちゃうかなぁ」
何が楽しいのか指先でそれを掬い取って笑っている。
そういえば考えたくもなかったが、中に出されたモノはそのままにしといちゃまずいんじゃなかったか。戦場で似たような目にあった仲間が切々と訴えていた気がする。最低の気分になるってのまで思い出して、そりゃそうだなとあの日の仲間に同意した。
「謝れ。意味がわからん。なにしてくれんだこのクソ上忍…!」
よたつきながらも、汚れた指をうっとりと見つめている男に今度こそ拳を振り下ろした。
…避けられたけどな。
「おいしい」
挙句青臭い液体を纏わり付かせた指を口に含んで見せた。
駄目だ。なんていうか全部が駄目だ。許せないとか言う以前に生理的に気持ち悪ぃ。
「うわー!うわー!アンタ何やってんだ!拭け!吐け!アンタは犬か!そもそもなんだってこんなわけのわからんことを!好きってなんだ好きって!あんたも俺も男だろうが!そういうのは女性に言え!女性に!」
この男はうらやましいと思えなくなるほどのもてっぷりを疲労していたはずだ。
まさか男が好きだったとか予想外すぎるだろう?
「えー?だってイルカ先生以外どうでもいいんですが。他の女も男もいりませんよ?」
不満げな男は、だが力いっぱい俺の主張を否定した。
ヌルついた液体にまみれた肢体を晒して、挙句こうもわけのわからん話をされている俺は、もしかしなくても結構不幸なんじゃないだろうか。
「アンタは…!人間に対しているいらないとかって時点でおかしいし、自分の都合だけでどうこうするってのがまず間違ってるだろ!」
「間違っててもいいもん。欲しいモノはとられる前にちゃんと所有権主張しとかないとさ、誰かに持っていかれちゃうじゃない」
だから俺を抱いたのだと男は笑う。これで俺のモノだから、他の連中は手を出せないのだとどこか誇らしげに。
そんなもんクソ食らえだ!
「俺は俺のもんです。アンタのモノになんかなった覚えはねぇ!大体ケツにつっこまれただけでなんで人生の全部持ってかれなきゃならねぇんだよ!」
されたこと自体は…まあ大ごとだ。正直冷静になったら泣き喚いて嘆く自信がある。
でもなぁ!だからっていい様にされてたまるかこん畜生!
「中に、出したよ?体中俺の匂いで一杯にした。だからもう他の連中は手を出せない」
うっとりと語る男に俺への罪悪感などは少しも感じられない。
動物染みた発想を間違っていると言い聞かせた所で無駄だろう。
無言で服を拾い上げた。ケツは最悪の状態だが、家にだって風呂はある。こんなやつの前でブラブラさせとく方が不安だ。
「アンタもさわんな。二度とだ。俺には絶対に近づくな」
吐き捨てて堂々と玄関に向かった。もう変化でも何でもして全力で逃げる気だった。
上忍は俺の言葉などどうでもいいと知っていても、コレだけ怒っていれば少しは配慮するだろうと思ったのに。
「ヤダ。なんで?駄目でした?気持ちよくしたのに?」
「駄目に決まってんだろうが!同意なしでこの手のコトしたってばれたら普通なら懲罰ものだ!」
まあコイツは里の稼ぎ頭だから見逃され続けてたんだろうけど。
「ごめんなさい」
驚くほど素直に、しかも上っ面だけじゃないとわかるほど苦痛と罪悪感に満ちた顔をして、男が涙を零した。
本気で謝ってる。少なくとも今は。
…謝られたら許すのも、うみの家の家訓だ。
「謝るくらいならするんじゃねぇ!いいですか?お付き合いってのは告白が先です!返事も貰わずに押し倒したら普通は犯罪なんですよ」
言い聞かせるついでに腰に纏わり付いた男の頭をこずいてやった。ちょっと嬉しそうにしているのが不思議だが、そんなことはどうでもいい。
「ヤダ。俺のにしたい。誰にも渡したくない。好き。好きなんです。処罰なんてどうでもいいけど、アナタにいらないって言われたら生きていけない」
ぼろぼろ涙を零す男は、とても里を切っての上忍には見えない。
…なっさけねぇ顔しやがって。
「ちゃんと謝罪を受けた件では許します。…二度目はねぇ」
「好きだから、我慢します。でも一生あなたに触れられないなら、生きている意味がない」
ああいえばこういう。…なんつーか難儀な男だ。
それから傲慢だ。俺がそれで困るとでもいうつもりか。人の上に立つことに馴れすぎている。
「一生かどうかはアンタ次第だ」
今後付き合うは殆どない。生きていけないなんて、たかが色恋沙汰で。
が、コイツは謝った。そこだけは評価してやってもいいと思った。
上忍相手にいっそ傲慢なのは俺の方かもしれなくても、これだけのことをしでかされたんだから当然だし、それからびーびー泣いている男相手に怒り続けるのも馬鹿らしい。
「俺が、おかしくならないように見張ってて?また我慢できなくなるかもしれないもの。どうしたらいいの?イルカ先生がいなかったら、俺は」
強請るって行為自体も、その内容もすでにおかしい。
…真剣なのがわかるだけに対処に困った。
「風呂だ風呂。熱めの!あと飯!腰が痛い!」
「はい!」
いきなり印を組んで三人に増えた上忍が、見知らぬ部屋の方々に散って行った。
少なくとも風呂には入れるだろう。なんか薬らしきものを弄りだしてるのがいるから痛み止めもか。
飯が不安すぎるがまあいい。詫びを形で受け取れば、少しは気が軽くなるだろう。多分。
…もう怒っているというより呆れているに近いんだとしても。
「あー…何でこんな目に合ってるんだ。俺は」
繰り返した台詞に返事はなかったが、美味そうな匂いが漂ってきたから、多分飯もセーフだろう。
隙間の増えたベッドに潜り込んでやった。
…これからのことは、これからのことだ。一回もぶん殴ってないからそれも後で要求してみて、不埒な真似をお預けできるか確かめて、それ次第、だな。
子犬のように鳴いて縋るくせに、行動力だけは凄まじいあのイキモノは、きっとこれまでで一番厄介な存在になるだろう。
それが分かっていて突き話せない自分が悪い。腹は括った。
「面倒みてやるか。しばらくは」
被害者が今回は俺だったが、次が妙齢の女性だったりしたら目も宛てられないもんな。
…情けなくも眉を下げ切ったイキモノは、俺に触れるだけでぱあっと顔を輝かせた。少しはかわいいと思えそうだ。
密かに決意した俺に、おずおずと風呂が沸いたから抱き上げたいとのたまうイキモノを見上げながら、ひっそりと笑っておいた。


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適当。
いぬー。
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