ごちそう(適当)



だれか。ひとかけらでいいから愛してくれないかな。
寂しいのとは少し違う。絶望というにはあまりに乾いた諦めが、いつも胸の中に居座ってひたひたと全身を鈍らせていく。
お陰で苦痛には鈍感でいられたけれど、こうしてふとした瞬間にあまりにも空っぽな己を自覚しては、どうしてこんなにも欠けたままなのかと嘆きたくなるときがある。
いや、嘆きとも違うか。こんなにも乾いた心に、そんな風に強い何かは生まれないだろうから。
からっぽだ。ただひたすらになにもない器だけのイキモノ。
良く出来た忍としては存在を許されても、人として生きることなどできないままで、気付けば周りはばたばた死んで、たった一人。
乾いた血の匂いがまとわりついているような生き方しかしてこなかった報いだろうか。
でも、さ。誰も教えてくれなかったじゃない。
生きろと言ってくれた人ほど先に死んで、死ねとかお前のせいでとか、怨嗟のことばはもう耳が腐るほどに聴き続けている。
ああ、からっぽだ。もう何も、この手に残ってはいない。
戦えと、強くあれと言う言葉が嘘だったわけじゃないはずなのに、どうしてか全部が間違いだったような気がする。
たとえば、俺が生まれてしまったこと自体が、間違いだったんじゃないかとすら。
手も足も動かないのは、俺が全部悪いんじゃないかな。だってたくさん殺したし奪ったし、誰一人として守りきれなかった。
「あれ?なにやってんですか?カカシさん…って!?ちょっとアンタ動くな!じっとしてろ!」
そうして出会った人があまりにも輝いていたから、縋りつきたくなってしまったのかもしれない。
こんなに汚れて穢くて、それに下心を抱かせるような女でもない。
惜しげもなく温かい手で触れてくる。上忍だろうが元暗部だろうが、容赦なく叱るし時には手もでるし、弱ってたら心配して慰めてくれるし、寒いと言ったら抱きしめてくれる。
あんまりにも居心地が良すぎて、きっとたまたまちょっとずたぼろになった俺を見かけて見捨てられなかっただけだろうに、すごく大事にしてくれるから、期待してしまったんだ。
もしかしたら欠片くらいならもらえるんじゃないかな。この人なら。
愛とか、そういう綺麗で温かくて、でも絶対に俺のモノにはならないはずのそれを。
見ているだけでも幸せだし、もしかしたらと思うとそれが素晴らしい思いつきに思えてならなかった。
いらないって言われたら消えればいいだけだ。
おこぼれでもいいから、この人が欲しい。
たとえばその笑顔とか、名前を呼んでくれるとか、ね。
でも俺はケダモノだから。
すぐに飢えて物足りなくなってしまうなんてこと、もっと早くに気付いておかなくちゃいけなかったのに。
「イルカ先生」
「なんですかー?晩飯美味そうな匂いがしますね。くっそ!やっぱり火遁は補習決定だな!」
色々やってるとこうやって全部口に出るのがかわいいしおもしろい。
うん。幸せ。…でも足りない。
いやだなぁ。俺は奪いたくなんてないはずなのに、今すぐ襲い掛かって服なんて全部剥ぎ取って奥まで突っ込んでぐちゃぐちゃにしたいと思ってもいる。
何もかもを俺で一杯にして喘がせて縋らせて、そうして俺以外を見ないように…。
「…ん。ごはん、もうちょっとです」
きょうの当番は俺だから、イルカ先生の好きなそうめんを中華風のあんかけにしたのを出すつもりだ。つまみも勿論作ってある。一緒に酒を飲んでほんのり赤くなって笑ってくれるのがたまらなく嬉しくて…おいしそうに見える。
どうしよう。やっぱり一緒になんかいられない。そんなことしたらきっといつか、俺はこの人を食べてしまう。一欠片だって残さずに綺麗に全部俺のモノにしてしまう。
どこへいこうか。そうなる前に俺を消してしまいたいけど、仲間を巻き込まずに任務にも失敗しないで死ぬ方法…中途半端に強くなっちゃったから、下手な死に方をすると里にも損害が出る。
いいなぁ。あの紙切れ。イルカ先生に見つめられてる。
あの筆でもいい。イルカ先生に毎日触ってもらえる。
いいなぁ。いいなぁ。…あんなに大事にされても、イルカ先生を欲しい思ったりしない。
「カカシさん」
ふっと視線があった。綺麗な瞳。濁りのない澄んだそれの中に溺れてしまえたらいいのに。
手が、欲しくてたまらない手が俺に伸ばされる。嬉しくて嬉しくておかしくなりそうだ。
「だめ」
ふわふわと頭を撫でる手に縋りついてその指を舐めて、それからもっと先まで。
そんなことばかり考えてしまう。
「なにがですか」
「ほしくなっちゃうでしょ?俺のものになっちゃだめなのに」
うばわれてしまううしなってしまう。…俺が壊してしまう。
でもほしい。
「だーかーら!なにがってきいてんでしょうが!」
怒らせちゃった。起こった顔もかわいい。それに真っ赤になっておいしそうだし、きらきらした目が俺に向けられているだけで苦しくなる。
「イルカせんせ」
名前を呼んだだけだ。誓って言う。この人に欲しいなんていえるはずがない。
「良く出来ました!」
だから俺がうっかりとんでもないことを言ってしまったのだと、この人に見透かされていたのだと気付いて真っ青になった。
「だ、だめだって!どうすんの!止めて!」
今、腰にはワイヤーがあるからすぐにでも全身縛り上げられる。左目を使えばきっと自分から足を開かせることだって出来るし、階級に物を言わせて好きなだけこの人を拘束することだってできる。いくらだって俺はこの人を支配する方法を知っている。
だから、だめなのに。
「ほら。いいからいいから」
イルカ先生は愛情過多な人だから、ちょっと溢れたものをあげるだけでいいと思っているかもしれないけど、俺にはそれじゃだめで、全部、全部欲しくておかしくなりそうなのに。
「愛なんて、ほしがらなきゃよかった」
そんなもの、俺のためには用意されていないのに。
だってわからなかった。誰かが愛を叫びながら死んで行くのに恐怖を感じても、自分に与えられたことはなかったから。
それをくれた人たちはあっという間に俺を置いていったし、俺は決してその人たちの一番にはなれなかった。
恐くなって膝を抱えて、逃げるにしてもどうやったらこの人を傷つけずにすむだろうと目を伏せたのに。
「愛なんて溢れすぎて溺れちまうほどあげますから。…だからアンタ俺のモノになりなさいって」
びっくりして顔を上げたら、満面の笑みをたたえたイルカ先生が、俺を抱きしめていた。
嘘だ。きっと罠か、そうじゃなくても、この人は俺のことをただの野良犬か何かだと思ってる節があるから、勘違いしてるんだ。
…でも、言った。溢れるほどくれるって。俺を欲しがってくれてる。
「ねぇ。イルカ先生が全部欲しいんだけど、くれる?」
どうせなら我侭を言いたいだけいって、愛想をつかされるなら早い方がいいしとか、混乱した頭で言ってみたのに、見る見るうちに真っ赤に染まってしまった。
「あーうーその、えーっとですね。かわいいこと言わない!飯が先です飯が!そんでそのう。風呂入ってから、な、ら…その…」
どうしよう。本当に手にはいってしまうみたいだ。
飯なんてどうでもイイっていったらまた怒るだろうし、気が変わったら困る。
凄まじい速さでちゃぶ台を片付け、食事を並べた俺に、イルカ先生が困ったように笑ってくれた。


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適当。
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