めんどくさそうな任務を押し付けられに里長の執務室に行った時、始めてその顔を見た。 「なんですか、それ」 あからさまに見えるところに置いてある写真には、少し照れくさそうに微笑む若い男が写っていた。 ここは忍の長が座る場所だ。個人的なモノを置くなとは言わないが、常に狙われておかしくない立場の人間が、うかつにこうして身近な人間を思わせるモノを見せ付ける意味など分かりきっていた。 無駄と知りつつ無視をした所で、ちらちらと写真に目をやる老翁には結局の所逆らえはしない。 この狸爺が里長である以上は、命じられれば従わざるを得ないのだから。 その上わざとらしくため息まで。 …厄介事が増える予感しかしなかった。 「それがの、こやつはアカデミー教師を目指しておる中忍なんじゃが…」 圧力があったとはいえ、水を向けたのは自分だ。それは分かっている。 だがそこからが長かった。とんでもなく長かった。立場をわきまえずもう分かったから黙れといいたいほどに。 「つまり、厄介事の塊なんですね。この人」 いらないおせっかいでよく面倒ごとを引き起こすらしい。 うかうかしてるから、男にケツを狙われることも多い(意訳)、その上子ども好きで今回の任務でもそれを見込まれて中忍試験間近の下忍という名のガキをたっぷり押し付けられている(意訳)、腕はいいが喧嘩っ早い上に思い切りが変な所でいいから心配すぎて禿げそう(意訳)…まとめると大体そんな感じだ。 あとは、何だか知らないが変態に好かれやすいとかも言ってたかもしれない。 まさに厄介事が服を着て歩いている。 そんな人物を、全身全霊をもってがっつり公私混同までして心配するこの狸爺が何を言いたいのか、分からないはずがない。 「で、どーすんですか。貞操帯でも嵌めますか?それとも俺の部下でもつけろってことですかね?」 いい加減終わる気配のない馬鹿馬鹿しいほど長い話に限界が来ていた。 こっちとしても任務中にクソ忙しいってのに男の尻を追いかけるような馬鹿はいらない。 自分にも覚えがあるから、その喜色悪さと馬鹿馬鹿しさはよく分かる。 あの手の連中は喜色悪いことに興奮したらサルより立ちが悪い。 里長公認で処分できるなら諸手を挙げて歓迎したいが、こうして呼び出されるからには…きっとろくでもないことになるんだろう。 「お前に大隊長を任せる」 そんな台詞聞かなくても分かってましたよ。はいはい。俺がやればいいんでしょ? そう吐き捨てなかったことを誰かに褒めて欲しくなったくらいだ。 依頼主に大金ふっかけるためだけに隊を馬鹿でかくしてるような任務だ。 本来なら俺みたいなのには向かない。 表向きは名前隠してるし?ま、ビンゴブックにはしっかりのってたけど。 看板にするには名の知れた上忍の方がいいのにねぇ? それを推してまで俺を選んだってことは、それだけこの中忍が大切にされているということだろう。 大所帯になればそれだけ細部に目が届きにくくなる。 そこを狙った変態が湧くのを、この爺さんは危惧したのだ。 「…確かに拝命しました。ケツ守ってやればいいんでしたっけ?」 最終的にちょっと毒はいちゃったけど、ま、それくらい許容範囲ってヤツよね? ***** そうしてある程度覚悟を決めて出向いた任務。 …男は本当に酷かった。 まず無差別に笑顔を振りまき、暇な任務で無駄に体力をあまらせてる連中に襲われかけた。 それからくノ一たちに気に入られて、嫉妬に狂った馬鹿に襲われかけた。 その後飯炊きやらトラップやらの仕事を順調にこなしながら子どもたちをわらわら引き連れて歩き、依頼人の代理人までひっかけた辺りで頭を抱えた。 何なのこの人。全部今のところ防ぎきったけど、どうしてこんなに厄介事に巻き込まれるわけよ! あとで聞いたらもう一人この中忍の保護者みたいになってる上忍がいて、まあ知り合いのクマ面の野郎だったんだけど、ソイツがいればここまで酷くはなかったらしい。 最初の任務で大変なことになって以来、常にその手のお目付け役が張り付いてたって聞いてぞっとした。 勿論、最初の任務がどれだけ酷かったのかって事で。 それくらいこの中忍は酷かった。酷すぎた。 なんだってあんなに下心全開の男にふらふらついてって飴だのチョコだのもらってんの?っていうか、中忍の癖に食い物に釣られるんじゃないよ! くノ一のお姉さま方にはやたらかわいがられてたけど性的なものは全くなく、むしろペットのように扱われているだけだってのに、それはそれでイラだった馬鹿に狙われる切っ掛けになってしまった。 子どもまみれになって楽しそうに過ごしてるせいで、だらだらした任務にくすぶってる連中まで刺激するし! 正直言って、任務の方が何百倍も楽だ。だって殺せばいいだけだもん。 へとへとになって天幕に帰っても、また何か厄介事に巻き込まれてるんじゃないかと思うと心配でおちおち休めもしない。 一応腹心の部下は連れてきた。呆然としながら「凄いですね…」なんて呟くアイツをはじめてみたからある意味凄いもの見られてよかったかもしれない。そう思いでもしないとやりきれない。 で、やっぱりその日文字通り心配で眠れなかった俺は、最悪の状況を目にする羽目になった。 ある意味予想通りといえばそうだが、なんだってこんなに酷いのよ!コイツ! あの馬鹿中忍は、自分のしでかしたことすら処理できない癖におせっかいで、挙句の果てに自分から厄介事に突っ込んでいったのだ。 血溜まりの中で横たわる人間をみることは初めてじゃないが、そんな怪我人相手に勃起した性器を突きつけようとしてる馬鹿はそう滅多に見るもんじゃないと思う。 なんて厄介なのを惹きつけてるんだコイツは。 「何やってんの?」 そう声を掛けた途端、俺が何者かすぐに気付いたらしい。 男はさっさと尻尾巻いて逃げた。すぐさまあとを追った部下を確認して男の怪我の方を優先した。 ざっくりやってるけどこれならすぐにふさがるだろう。切り口が綺麗だ。腕はいいんだよねぇ。この中忍。 「ったく!何やってんの!馬鹿なの?」 「あ、え?その。すみません」 馬鹿正直に謝るし!もうなんなの! とりあえず怪我をなんとかしなきゃいけない。爺さんにたっぷり小言を言われるのはもう確定だけど、この中忍をほっとくわけにも行かない。 無言でさっさと手当てをして、それからすぐさま事情を吐かせた。 …聞いた途端脱力するはめになったけどね。 もうさ、何なのこの人?おかしいでしょ?いや逃げてった上に無事捕獲された変態の方は別のベクトルでおかしいけど。 しかもちょっと説教したら気絶した。そりゃ当然よね。これだけざっくりやってれば。 ウンザリするようなことの連続だっていうのに、ここまで酷いと笑えてくるから不思議だ。 「もう決めた。あんたほっとくと危ないんだもん」 コイツから目を離さない。…っていうか、戦場になんか二度と出してやるものか! 子どもが好きそうだし、内勤なら…たとえばアカデミー教師なんかぴったりじゃない?ガキどもいつも鈴なりにしてるし。 その時まだ俺は気付いていなかった。 この厄介事の塊をどうにかすることに忙しくて、部下に押し付けたっていいはずの相手にここまで手をかけてやってる理由が何かなんて考えもしなかった。 ***** 「で、先輩どうするんですか?」 「どうしようねー…ほんっとに。ま、めんどくさくなってきたし、十分期間も引き延ばしたし、もういいでしょ?明日にはここを引き払うよ」 これは決定事項だ。あの爺に許可なんて求めるつもりはない。さっさと敵を蹴散らして里にこの馬鹿中忍を送り返さなくちゃね? こんな大怪我してるくせに暢気に掃除の心配なんかしてる馬鹿ほっといたら、また何をしでかすか…! ガキどもを見張りにつけよう。どれもこれもこの男に似て暢気そうなガキばっかりだったが、一匹だけ毛色の違うのがいたはずだ。 アレは賢い。その内こっちにくるかもね?…厄介事の引き金になった事を悔やむだろうけど、それは多分この男が何とかするだろう。 こっちが拍子抜けするくらい暢気だけど、その手のことは凄まじく腕がいいから。 今まではこいつをほっとくとナニしでかすか分からないから、作戦会議のときだって部下に見張らせていた。 一応これからも置いて行くつもりだけど、アレがいれば多分1日くらい俺がいなくても大丈夫だろう。慰めるなりなんなりするだろうから足止めになる。 「じゃ、行ってくる」 「…先輩、ほんっとーにこの人のこと気に入ってるんですね」 出掛けにそんな訳の分からないことを言われたけど、気にも留めなかった。 さっさと片付けて、あの厄介事の塊をなんとかしなきゃってことで頭が一杯だったから。 ***** ストレス発散の足しにもならないくらいあっけなくケリはついた。 おかげでまたよく眠り込んでいる中忍を担いで運ぶ余裕すらあったほどだ。 使えない下種はちょっと趣味の良くない部下に貸してやった。 裏切り者が大嫌いな部下はきっとたっぷり遊んでやったかもしれないが、どっちにしろ里に戻ったら処分されるんだから何されたって変わらないでしょ? 苛立ちを直接ぶつけなかっただけで感謝して欲しいくらいだ。…俺がやったらなんでも許されちゃう所があるから自制心ってものは大事よね? ぼっこぼこになぐるとかじゃなくて、幻術でじわじわ全身が腐って膿んでうじが…なんて妄想だけで我慢してやった。 ま、実際指の一二本なくなってるかもしれないけど、そこはま、しょうがないことであるはずだ。 だってあの中忍を傷つけたんだから。 三代目にはきっちり報告済みだし。 …でもてっきり怪我させちゃったことに怒り狂うと思ったのに、よくやったって言われちゃったのが怖すぎるんだけど。普段もっと酷いってことなの? とりあえずあの下種は多分とんでもなく重い処分っていうか…ま、消される可能性すらあるから、部下にあげちゃってもいいかもしれないってことだけは覚えておくことにした。 どうせなら死ぬまで楽しんでもらった方がいいでしょ? 自業自得って言葉もあることだしね。 チビたちは相変わらずわらわらと群れながらしきりに俺に男の事を頼んできた。 頼まれなくてもほっとかないから安心してね?なんてわざわざ言わなかったけど。 で、一応形式的に必要とされている任務の報告は部下に任せた。もうね。ほんっとーになにしでかすかわからないんだもん。 「先輩。いいですか?アレって一応三代目のお気に入りですからね!」 そのどこか必死な口調に、すっと冷静になれた。 そうだ。三代目のお気に入りだ。怪我させちゃったけど。でも、そうじゃなくて。 …だから、もうね。いいやって思っちゃったんだよね。 「そっか…。あんなの好きになるなんて、趣味悪い」 でも、自分でも笑えるくらい幸せだ。 だからそれでいい。 本格的に自覚したのは目を覚ますなり「らーめん?」なんて寝ぼけて言った顔をみたからっていうのはなんだか締まらないにしても。 あんなのかわいいと思うとか、好きじゃなきゃありえないでしょ? 「なんでかなぁ…?」 不思議そうな顔でつぶやいている暢気な中忍は、こうしてぴったり抱き込んでも何も言わなくなった。 最初は困った顔でなにすんですかとか言ってたけど、監視中って言ったら黙った。やっぱりちょっと所じゃなく心配だけど。 「ま、こんな運命もありでしょ?」 いずれ自覚してくれる日まで待つことくらいできる。 あんまり長そうだったらちょっと手だしちゃうかもしれないけど、多分もうすぐ。 もうすぐこの人は気がつくだろう。 「あったかいから…いいか…」 いつも通りの台詞を吐いてさっさと眠りに落ちていった思い人に口づけながら、俺も瞳を閉じたのだった。 ********************************************************************************* 適当。 つづき。 ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ! |