袖擦れ合うも(適当)


「そんな温いこと言ってるから、こーいう目に遭ってるんでしょうが」
吐き捨てるように投げつけられた言葉に、俺はなにも答えなかった。
答えられなかったとも言う。
ざっくり切り裂かれた太腿から噴出したものが血溜まりを作り、それを押さえ込んだまま尚も抵抗していた俺を捕まえ、止血してくれたのはこの人だ。
ついでに顔から俺の血をひっかぶった男は逃げた。
多分特別上忍か上忍だったと思うから今更血なんざ珍しくないだろうに。
ざまあみろってのが正直な感想だったりするから、この上官の苦言に答えるつもりはない。
「ありがとう、ございました」
容赦なく傷つけたから、痛みはじくじくと熱を持って俺を苛む。血が足りないから眩暈もする。だが二度とあの男はここには近寄れないだろう。
抵抗する相手を組み敷こうとしたってだけで、十分懲罰ものだ。
小隊を預かるものとして、最低の行為だし、唾棄される類の規律違反でもある。
まあいいや。あの子は助かったし、俺でもいいなんて言い出すと思わなくてちょっとへまはしたが、腱とかは避けて派手に血が出るところを選んで綺麗に切ったから、ふさがるのは早いはずだ。
手当ては…手間取るだろうけどな。
「礼なんていわれてもねー?そーんな満足げな顔されてさ、ほんっと何やってんのよ」
事情を説明するに当たって、ごまかしや自分の心情は省いた。
おびえた下忍に、それも年端の行かない少女に、たちの悪いと噂される中隊長に呼び出されたと告げられたとき、俺の頭はそれをなんとかすることしか考えられなかった。
断ったんだ。それも何度も。
あの子は幼かったが、そういう風に呼び出される意味を知っていた。
だが男は下卑た笑みでそれを無視し、脅したのだ。
…お前の部隊を捨て駒にしてもいいのかと。
あの子の優しさを盾にして、仲間を思う気持ちをコケにするようなくずだってことだ。
利発で、いつか強くなるだろうあの子が、こんな所でそんな下種野郎におもちゃにされるいわれはない。
自分の小隊の部下でもあるんだから、守るのは当然だろう?
幸い、あの子の様子に気付いた仲間が俺に教えてくれたし、あの子もその類の下種が約束を守らないかもしれないことにおびえていた。
で、直談判に行った挙句に押し倒されたってだけの話。
…守備範囲の広さに笑い出したくなる。変態ロリコン野郎だと思ってたら、どうやら変態ホモサド野郎でもあったらしい。
クナイを向けて脅してきたから、それをお望みどおり使ってやった。
それで興奮するとか何の冗談だと焦りもしたが、抵抗してたらすぐこの人が来てくれた。
一発しかぶん殴れなかったのは腹立たしいが、これからが見物だ。
長引いているとはいえ、そう大した任務じゃない。何せ戦争のお手伝いーなんて下らない内容だ。つまり相手の殆どが一般兵だ。
たかがこの手の任務で興奮して欲望を抑えられなかった上に、男の中忍小隊長捕まえて強姦未遂の上に殺意も十分に疑えるだけの暴力。
。降格か、三代目の耳に入れば下手すりゃ忍すら止めさせられる。
自分から言うつもりはないが、三代目は俺に何くれとなく気を配ってくれているから、早晩気付かれるだろう。
第一噂になる。血をかぶって味方の天幕から飛び出していくなんて、どう考えても目立つし血の匂いには皆敏感だ。
それに。この人に見つかってしまった。
「一応さ、あんたもアレも俺の部下になるわけよ。無茶しないで。…あのクズはとりあえず止めてもらうけどね」
それは、この任務をか、それとも忍を?
まあいいや。とりあえずこの人は馬鹿な俺に呆れてはいるが、公平そうだ。
あの子のこともちゃんと守ってくれるだろう。初対面だけどそういうのは分かるもんだ。何せ何度も戦場で面倒ごとに巻き込まれてるからな。
あんなにも見事な変態を見たのは初めてだったけど。
あとは血の匂いを何とかして、怪我を隠してしまわないと。あの子たちがおびえる。
「ちょっと!なに動こうとしてるの!」
「え?ああ、ここ、片付けます。ちゃんと、あとは…」
ああくそ!血が足りない。造血丸…薬なんて飲むとあの子たちが心配するかもしれないよなーでもなぁ。
「黙れ」
殺気染みたものをぶつけられて少しだけ怯んで、それから。
「う、あ、れ?」
「ああもう!馬鹿かアンタ!失血酷いんだから当たり前…うそ落ちた?くそ!」
この人ノースリーブとか恥ずかしい格好してるけど人肌があったかいのはいいなぁなんてん気な事を考えながら、多分意識を失ったんだと思う。
*****
「アンタ今日から俺預かりね。さっさと片付けて帰るから、大人しく寝てろ。あと下忍たちはアンタの世話係だから」
「へ?」
大隊長の天幕は広い。だがそこに俺に預けられた下忍たちがわらわらと群がってると十分に狭い。
「イルカたいちょー!」
「怪我酷い…!」
「おきた!おきたよ!」
五月蝿いことこの上ないが、涙を堪えて震えているあの子が心配だ。
「あーすまん。ちょっとミスった。でもほら、大丈夫だから。な?」
頭を撫でた途端、無言でぽろぽろ涙を零してしがみ付いてきた。やっぱり賢い子だ。将来有望だよなぁ。こういうとき、余計な事を言わずにいられるってのが大事なことだ。
絶対に何があったか回りに言うなって言いつけをちゃんと守った。
周りにアレの同類がいたら大変なことになるからな。
…まあこの人にはばればれなんだけどな。俺が白状したから。
「なーにが大丈夫だ。よ?いーい?あんた死にかけたの分かってる?」
「申し訳ありません」
確かに俺にも処罰が下る可能性は高い。戦場で無駄に戦力をそいだのは俺も同じだ。
できれば降格はイヤなんだけどなー。まだ3年くらいしかやってないけど、折角中忍になれたんだし。
「悪いと思ってないでしょ。タチ悪い。…帰ったら覚えてなさいよ?」
そう言って、男は天幕を出て行った。
苛立ちをぶつけていった割には、殺気は感じなかった。
とはいえ、おびえた子どもたちがすぐさま俺に鈴なりになったのは言うまでもない。
…そして、戦場はその日のうちに終局を迎えた。
*****
その後、任務終了後に一人の上忍が姿を消し、俺にはアカデミー教師への推薦状が一枚増えた。
何になりたいなんて言ってなかったのに、おかげで無事に今は教職につくことができたんだが。
「アンタほっとくととんでもないことしそうだから、一生監視するね?」
そうのたまう上忍が、実は暗部だったとか、推薦状は戦場にでてこないようにするためだとか、素顔だとか色々たっぷり口外できない秘密を俺に一方的に教えたあと、笑った。
「これでアンタも機密を知った。…ってことで、監視対象成立」
…これが詐欺じゃなくてなんなんだって話だ。
飯食わせるとかは分かる。この人に迷惑かけたし、これから一生俺の手料理いいなら食ってもらうくらいなんてことはない。
でも風呂に乱入とか撫でろとか布団に入ってくるとかは違うと思うんだよな。折角上忍用になけなしの金をはたいてあつらえたふかふかの布団に入らないなんて!
「うー…」
傷は予想通りかなり早くふさがったが、悩みは増えた。
「ま、好きなだけ悩みなさいよ。何せ時間はたーっぷりあるからね」
そういって頬ずりしてくる上忍に、なぜか落ち着かない気分になる。
なんだろうなーイヤじゃないんだ。それは間違いない。でもなんでなんだ。
…深く考えるのが恐ろしい。
そうして今日も俺は悩みながら飯を作り風呂に入り、布団に潜り込んだ。
ぴったりと引っ付いてくる相変わらず温かいイキモノと一緒に。


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適当。
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