見せちゃ駄目(適当)



「あっちぃ…!」
中忍御用達のこのぼろアパートは家賃は安いが冷房の効きは悪い。
当然服なんざ着てられなくて、上半身は裸だし、下だってパンツ一丁で過ごしている。
誰かが来たらそれなりに服を着るが、今日は休みで急ぎの呼び出しもそうそうないはずだし、遊びに来そうなナルトならそのまま上げちまったっていい。
まあまたおっさんくせぇってばよって言われるんだろうけどなぁ。アイツもだんだん口が達者になってきたな。未だに語彙は少ないが。時々意味がわかって言ってるのか怪しいことも多いが、成長してるんだなぁと思うと少しばかりの寂しさとそれをはるかに上回る期待で胸が膨らむ。
…この所すっかり修行の魅力に取り付かれているらしくて、せいぜいラーメンを奢るくらいしか会ってないけどな。
「しっかしあっち…!」
こうなったら昼寝でもするかとベッドの上に寝転んだ途端、乏しい冷気が逃げないようにカーテンまでぴっちり閉めたはずの窓が、凄まじい速さで開いた。
途端にむわっとした熱気が入り込んでくる。部屋の中も暑いがやはり外は段違いだと痛感した。
…そして窓を開けた物体が、何故だか殺気を撒き散らしながら部屋に入ってきた。
窓を閉め、カーテンもぴっちり閉じてくれたのはいいんだが…。
何の用だこのクソ上忍。
サンダルを態々持参したらしい袋にしまいこみきちんとベッドの上に正座した男。
この男は知り合ってからずっと奇行の数々を俺に見せ付けてきた。上忍に対する礼儀などもはや欠片ほどしか残っていない。
悲しいからそれは俺だけなのかもしれないんだがな。
世間一般の見解が、礼儀正しく格下にも気遣いを忘れない人間的にも優れた上忍って扱いになってるのがほんっとーに心の底から納得できない。
この人、こんなに変なんだぞ?いくらなんだってもうちょっと何とかして欲しいと思う。だれか、この人の管理責任者みたいなひとはいないもんだろうか。
「胸、隠しなさい」
「は?」
胸…胸か。まあ確かに客…といって言いか怪しい相手とはいえ、半裸というかほぼ全裸で出迎えるのは良くないだろうというのは分かる。なにえらそうにきれてんだコイツとも思ったが。
それがたとえ勝手に窓を開けて入り込んできたんだとしても、こっちまで常識知らずになることはない。
とりあえず忍服でも着ようかと立ち上がろうとした俺に、上忍はすっと何か変わった形状のものを差し出してきた。
フリルだ。それからお椀型のようなものが二つ並んで…っておい。これ。
ブラジャーじゃねぇか!
「胸を、早く隠してください」
「死・ね!」
迷いなく振り下ろした拳はあっさりと交わされ、挙句ブラを構えた上忍と真剣に対峙する羽目になっている。
なんだろう。この状況。すべてが暑さが見せる幻覚だったらいいのに。
「黒にしたんです」
「だからなんだ…ッ!くそ!逃げんじゃねぇ!」
「胸をさらしたまま動いちゃ駄目でしょ!ホラ早く!」
「はやくじゃねー!なにさも俺が変なことしてるみたいないい方してんだ!ここは俺んちで、俺んちの中でどう過ごそうが勝手だろう!そもそも個人の趣味なら否定しないがそんなもんつけてる男の方が異常だろうが!」
怒鳴りつけ、揉み合いながら攻撃したものの、決定打には至らない。
しかも思いっきり怒鳴り散らしつつ、ブラを奪い取るのには失敗した。
十分に気を惹いたつもりだったのに、流石は上忍。綺麗に交わしてむしろその隙に俺に妙なものを着せようとしているにちがいない。
ふわりふわりと繊細なレースがつややかに彩られた物体が揺らめいている。
…見るな。見ちゃ駄目だ。見たら…は、鼻が熱い…!くそ!こんな状況で鼻血なんか吹いたら掃除が大変だし隙が出来ちまう!
「イルカせんせ。真っ赤。…ねぇ。誘ってるの?」
こっちの動揺など気付いちゃいないのか、いきなり色気を垂れ流し始めた上忍が口布を下げた。
唇をなぞるように動く赤い舌先が酷く卑猥だ。
頭がくらくらする。こんなクソ暑い中チャクラも練らずにうろついたせいだろう。それもこれも全部、コイツのせいだと思うと。
…猛烈に腹が立った。
「ええ。そうですね。…ついてきやがれ…!」
笑顔は完璧だったと思う。受付歴はこれでも長い。
低くうなるような声は我ながら剣呑だったが、男はむしろほこほこついてきた。
同じアパートの中忍たちが思い思いに適当に植物を植えている裏庭。
外で始めてっていうのもとかなんとかにこにこしながらぶつぶつ言ってる男にそっと背を向けて高速で印を組んだ。多分これまでで最速だ。怒りと苛立ちが力に代わるのを今身をもって感じている。
「食らえ!」
背を向けて印を結んだから、写輪眼でも見切れなかったはずだ。敵同士なら背を向けた瞬間に切り刻まれて終わりだろうが、コイツはすっかり油断しきっていた。
直進する水流はブラフ。コイツの実力なら避ければ建物にダメージが出ることも、かといってそれほど強い威力がないことも見切っているはず。
「水遁…って…うそ…くッ!」
上手く引っかかったらしい。一撃目を避けようと印を組んだ男の背後から、大量の水が襲いかかった。
単なる水の塊で、速度もそう大してついていない。
ぶつかってもダメージといえばびしょ濡れになるだけだが、まんまと引っかかったのをみると頬が緩んだ。
ざまあみろ!
水しぶきが盛大に弾け飛び、勿論男を挟んで反対側にいた俺に多少飛び散った水滴を食らったが、頭から水をかぶった男の比じゃない。
「参ったか!」
勝利を確信して勝ち誇ってやった。流石に呆然とした顔をしている。ざまぁみやがれ!
焼け付いた地面が冷えるほどの大量の水だ。勿論周囲に迷惑はかけないように操った。
すぅっと空気が冷えていくのを、結局何でも覆っていない素肌で感じて目を細めた。
夏は打ち水だな。そりゃちょっと派手すぎたかもしれんがコレで多少は涼しくなるだろう。
気分がいいのは涼しさのせいだけじゃない。みっともなくもびしょ濡れになった上忍の髪の毛は哀れっぽく見えるほどへたりこんでいて、顔は…まあ半分見えてないが、目はまん丸に見開かれて相当驚いた事が伺える。
へへ!中忍舐めてかかるからだバーカ!…なんて本音は流石に言えないけどな。
「びしょぬれ…ふふ…ははは!イルカ先生らしいですねぇ」
何だこいつ。いきなり笑い出しやがった。
盛った犬には水をぶっかけるのが一番だと思って実行しただけだ。上忍を壊したかったわけじゃない。
…まずい、か?これ。
「えーっと。アンタも脱ぎますか?そんな格好でいたら暑苦しいでしょう」
びしょ濡れなのを哀れんだだけだ。他意はない。
だが男は目をまん丸にして、それからにこっと笑って抱きついてきた。
「そうですね。見るのが俺だけだったら問題ないですし」
「は?」
「帰りましょ?」
「まあ俺は帰りますが、タオルくらいなら貸しますよ」
隙は見せじと警戒しつつ歩き出した俺に、上忍がまたくすくす笑って言った。
「今度から脱ぐときは必ず俺の前だけにしてくださいね?」


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適当。
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