長いこと片恋をこじらせ続けて、いい加減おかしくなりそうだった。 安売りされる笑顔に苛立って八つ当たりして、それからお互い派手に遣り合って…気づきたくもないのにそれが恋だと知ってしまったあの日から、ずっとこの気の狂ったような思いと付き合ってきたんだ。 …もういい加減限界だった。 この曖昧な関係でいるよりも、最悪体だけでもいいから自分だけのものにしたい。 幸い身につけたくもないのにその手の需要が高かったから、無駄に技術もある。 体を先に落としたからって、それであの人が心までくれるとは思えないけど。 それでも、それだけ狂ってるってことを思い知らせることはできるだろう。 …お約束だが一服盛ることにした。 警戒心の緩い人だから、あっさり引っかかってくれる公算は高い。 子どもの寄越したものだからと、確かめもせずに口に放り込む危なっかしい人。常日頃から嫉妬交じりの注意をしても笑顔で流してしまう人が、今回だけ気づくってこともないだろう。 腕によりをかけて仕上げた最低で最悪の…そして最高の媚薬。 無味無臭で、少しばかり酒臭くても、チョコレートならおあつらえ向きだ。 抜けにくく、効き始めから緩やかに興奮させるタイプの、盛られたこと自体気づきにくいタチの悪いこの逸品に、中忍のあの人は十中八九抗えないだろう。 「くノ一になれるかも」 性技すら武器として身に着けた。それを使うことに今更ためらいはなかった。 するりと逃げてばかりいるあの人を、自分のモノにするためなら。 流石に男相手ってのは経験がないが、蛇の道は蛇だ。その手の書物や資料なら事欠かない。 この薬とて、元は古巣の資料室から引っ張り出した製造法をさらに加工したものだ。つまりそれだけ効果は高い。 山ほどのチョコの大半が断りきれずに押し付けられた貰い物ばかりだというのはまあ、…あの人なら怒るだろうけど。 人の思いをないがしろにするなとかってね。 自称本命とやらは容赦なく断る。毎年恒例だってのに、それでもひっきりなしにやってくる面倒ごとの塊には、隠し切れない苛立ちを込めた殺気で追い払った。 引き下がらずに絡んでくるしつこいのは目の前で燃やす。…何がはいってるかわかんないものなんて食えるか。 ま、あの人がくれたものならいくらでもいけるけどね。 だから、馬鹿でかい紙袋二つ分になったチョコの山は…後腐れのない上忍仲間から、俺が勝負をかけると知って渡された救援物資のようなものだ。 半分以上からかうためだとしても、ありがたく使わせてもらった。 …一つだけ当りを仕込む方が、あの人を罠に嵌めやすいから。 何回か試作を繰り返し、十分気づかれない程度に仕上げたチョコレートは、丁寧に包装しておいた。 アレだけあればいつ当りを口にするかわからないから、組みひもにが仕掛けつきだ。箱を開ければすぐに分かる。 …あの人なら断らない確信があった。気まぐれな上忍の暴挙など、歯牙にもひっかけてくれないだろうと。 そして予想通り、いきなり家に押しかけてチョコを置いていった上忍にも、あの人はやはり何も言わなかった。多少怒ってはいたようだったが。 後は罠に掛かるのを待つばかり。 どうせすぐに食うなんてことはないだろうと思いつつ、少しだけならと様子を伺うことにしたのは、己の感のよさに感謝すべきかもしれない。 片っ端から荒々しくチョコを口に放り込む姿はある意味壮観だった。こんな食い方をするほどチョコが好きだとは思えないから、嫉妬か。 もてる男がうらやましいと、酒にまぎれて言われた記憶もあたらしい。そんな男がほれているのはあんただと、よっぽど告げようと思った。 だが逃げられるのが恐かった。…どうせなら。どうせなら完膚なきまでに全てを手に入れてしまいたいから、こうして策を弄し、周りを巻き込んでまで罠を張ったのだ。 小声で悪態をつきながら食べている姿にすら興奮した。…緊張もした。 当たりを引くのはいつだろう?食べてすぐに効く訳じゃないけど。 もしかしたらに期待して、だが流石に途中であせり始めた。この勢いは普通じゃない。 …いくら体を手に入れても、こんな状態じゃ俺になびいてくれるだろうか?どうあっても引きずり込むつもりではあるけれど。 そうして、やきもきしながら見つめている間にも、罠の残骸はどんどん積みあがっていき、そして…その瞬間がやってきた。 かの人の手に取られた箱…アレは俺のだ。やっと当たりを…いや、仕掛けたその日に罠に嵌ってくれたんだから、感謝すべきだな。 今までぞっとするほど無造作に引き裂いていたはずなのに、何故かアレだけは丁寧に開いてくれて、それだけで興奮した。 箱が開き、それを検知する仕掛けは確かに動いてくれている。…罠にかかったことを教えてくれている。 たかがチョコレートだ。だがそれを口に放り込むその顔は何故か真剣すぎるほどに真剣で、思わず…暴走した。 チョコの全てに仕掛けた訳じゃない。当たりなのは三つのうち一つだけだ。 ふわりと部屋に入り込んで、チョコを親の敵のように噛み砕く姿を楽しんだ。 睨みつけられて少しだけ気圧されたのは…それが酷く色っぽかったからだ。 「…おいしい?」 無造作に放り込まれた二つ目のチョコ。…残りは後一つだけだ。 今口の中で蕩けだしているだろう俺のチョコは、当たりだろうか?早くあの人の中に染みこんでしまえばいいのに。この毒が俺の思いごと。 黒い瞳の中に怒りか、それとも苛立ちか。…火花のように散ったその光が恐ろしく美しく見えた。 「ん…っあ、まっ…!」 嘘でしょ? 重ねられた唇の甘さに酔う前に、押し込まれたモノに思い人の意図を知った。俺にこのチョコを食わせたいらしい。 甘い物嫌いへの意趣返しならまだいい。…毒に気づかれる方がマズイ。 だがこれは、違う。あたりにだけ混ぜ込んだ特徴的な香りを放つ酒の香りがしない。 ということは、最後の一個が当たりか。 「バレンタインですから」 瞳を潤ませて誘うようなことを言う。…冗談で流せるほど余裕はない。 「このチョコ、もらったってことでいいんですよね?俺に」 「ええ。アンタに」 挑発的な笑顔は明らかに怒りを孕んで、だがそのくせ酷く切なげに見えた。 …それが恋に狂った頭が見せた幻覚でも、もうどうでもいい。 もう今すぐにでも食ってしまうと決めたから。 「…お返事はホワイトデーまで待ちません」 奪い取って口に放り込んだ最後の一つ。ああ、やっぱりこれが当たりだ。 口の中で蕩けだしたチョコから甘苦い香りが漂う。 そうして、そのまま口付けた。 「ん、ぁ…!」 こぼれる声の甘さより、ケダモノ染みた視線に狂喜した。 もうとっくに、俺の毒はこの人に回っている。媚薬なんかじゃなく、もっとタチの悪い、頭がおかしくなるほどの狂おしい恋情が。 背に回るこの人の体温が心地良い。自分には効かない薬なんかより、ずっとその視線に興奮する。 全部寄越せと命じるそれには、同じ視線を返すだけだ。 愛の言葉の変わりに交わしたキスは激しさを増し、ジワリと高まる熱に炙られながら、いっそこのまま溶けてしまえたら良いのにと思った。 ********************************************************************************* 適当。 上忍は姑息。 ではではー!ご意見、ご感想などお気軽にどうぞー! |