チョコレートキス(適当)
見た目は硬質な光を放ち硬そうに見えるくせに、かみ締めるととろりと溶けて、簡単にその形を失う。
美しくラッピングされていた箱たちは、乱暴に包装紙を破ったせいでものの見事にみすぼらしい残骸となり、小山を築いている。
肝心の中身も、かさばる見た目の割りに入っていないお陰で、もう大半は胃の中に納まってしまった。
押し付けられた紙袋一つ分は、とりあえず片付けた計算になる。
「あー…甘ったりぃ」
甘いものは嫌いじゃない。むしろ男にしては珍しいと言われる程度には好きだ。
それでもさすがに普段はいっぺんにこんなに食ったりしない。
…美しい箱たちの出所が、あの男でなければ。
「…次、食うか」
胃袋はもう限界を訴え始めて久しい。だがこの行為を止める気にはなれなかった。
紙袋に手を突っ込み手近な一つを取り出すと、乱暴に包装紙を破り捨てる。
最初は貴婦人に狼藉を働いているような気分になってきた気がする。
だがもはやほぼ自動的に動くようになった手は、思った以上に素早く動き、豪奢な箱の小さなかわいらしいチョコレートをつまみ出し、口の中に放り込んでくれた。
かぐわしい芳香、蕩けるような口どけ。…どれをとっても美味いとしか言いようがないものばかりだ。きっと値段も馬鹿みたいに高いものなんだろう。
「ちくしょう」
いらないから上げますなんて最低だ。
何が最低って、勝手に惚れた挙句にその相手に告白してきた連中の残骸に嫉妬して、でも惚れた相手よこしたものを断ることもできなくて、中途半端な優越感を抱えたまま持って帰った挙句に、自棄食いに走っている自分が最低だ。
「あー…うまいけどなー…あーあ…」
チョコレートが嫌いになりそうだ。
これだけしこたま本命を貰っておいて、あっさり袖にした挙句にその思いの塊を、通りがかった知り合いに適当に押し付けてしまえる。
なんて無神経な男に惚れちまったんだろう。
大概自分も女々しいが、どうも気分は晴れそうにない。
分不相応にも、いまだかつてないほどの豪勢な食い物に囲まれているって言うのにだ。
「…次次」
もう考えるのも嫌になるほどこの恋に溺れている。
姿を見るだけで良いなんて涙ぐましくも、いい年した男としては情けないことを延々と、もう何年目だこれ。
「あー…こらまたすごいな」
派手派手しくはないが、センスのいいラッピングだ。シンプルな手触りの良い和紙に、紐も高そうな…自分が使っている髪紐より品質の良さそうな組紐だ。どちらかというと大人しい部類に入る包装なのに、アレだけ食ってきた俺の目を引いた。
…おそらく手作りなんじゃないだろうか。
今更だってのに、今度は丁寧に…破らないように包装を外し、中から出てきた桐の箱に驚きながらふたを開けた。
丸くかわいらしいチョコレート。シンプルで飾り気のないそれは、一口で口の中に収まった。外側は硬いのに蕩けながら洋酒の香りを振りまいて、外見とは裏腹に随分と印象に残る味だ。
「あ、もうそんなに食べちゃったの?」
鼻血吹くらしいですよ?なんていいながら、無遠慮に。
…この距離を嬉しいとも苦しいとも思う。
単なる知り合いで、たまにこうしてちょっかいをかけてくるだけの…遠い関係。
ああくそ。最悪だ。はじけそうなこの思いに潰されそうだってのに。
無言で新しい一粒を手にとって、口の中に放り込んだ。
「…おいしい?」
そう聞く男に眩暈がするほどの理不尽な怒りを覚えて…だから、暴走した。
強引に柔らかそうな髪を掴んで頭を引き寄せ、唇を合わせる。
甘いものが嫌いな男の口に、この甘ったるくて涙が出そうなほど思いにあふれた蕩ける欠片ををねじ込むために。
「ん…っあ、まっ…!」
眉をしかめて、だが目を丸くして驚いている。
ざまぁみやがれ!
…これで終わりになってもいい。最後に最低で最高の思い出ができたと思えばそれで。
「バレンタインですから」
唇にまとわりついた蕩けたチョコを舐め取って、泣きそうになるのを何とか堪えた。
さっさとどっかいっちまえばいいんだ。…こんな思いばっかりするなら、この恋を殺してくれ。
大層悲壮な思いで涙がこぼれないように睨みつけたのに、何故か剣呑な顔をした男に詰め寄られた。
「このチョコ、もらったってことでいいんですよね?俺に」
そうだな。…やったっていうよりおしつけたっていうか、まあ最低の渡し方で、しかも中身は他人様が必死で作ったであろう代物だ。どこまでもろくでもない。
真っ正直に好きといえるくらいなら、こんな風に片恋拗らせてなんかいないけどな。
「ええ。アンタに」
最低だけど、至上の告白。
…こんなにトチ狂ったような恋を、したくなんかなかった。
「…お返事はホワイトデーまで待ちません」
ケダモノ染みた笑みを浮かべた男の口に、チョコの最後の一粒が消え、それから。
重なった唇に男の思いを知った。
…どこまで本気かわかったもんじゃないし、お遊びにしちゃ悪ふざけが過ぎる。
だが、それでも。
その甘さに涙を堪えきれないまま、背に腕を回した。
好きだと囁く唇を、今だけでも自分だけのものにするために。

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適当。
チョコはもっと大事に食うべきだと思う。上忍サイドかくかもしれんです。
ではではー!ご意見、ご感想などお気軽にどうぞー!


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