血と毒(適当)

殺したくてたまらない。
武器を揃え、毒を集め、術も揃えた。
一撃でなんてもったいないことは出来ない。
出来るだけ長く苦しめてからその命を奪いたい。
そうすれば、きっと永遠になるはずだから。
「ねぇ。でもそれでいいの?」
狂ったのはかつての同胞だ。
血にまみれる生業ではあるが、いつも冷静に任務をこなすこの男は世話好きで、今よりずっと幼い頃にこの闇に混じりこんだ俺を慈しんでくれていたと思う。
だからこそ、任務三昧のこの男が、恋人ができたのだと嬉しそうに告げてくれたとき、俺は確かに喜んだのだ。
…多少の寂しさと共に。
どうしてこんなことになったんだろう。
「いいに決まってるじゃないか。どこにもいかない。裏切ることもない。永遠に俺への思いだけで一杯になる」
それが少しでも歪んでいたならまだましだったと思う。
酷く嬉しそうに笑み崩れる顔など見たくはなかった。
それがコイツの至上の愛なら、確かに今幸せの絶頂にあるだろう。
「今なら…!今なら治療すれば間に合う!」
捕らえられた女はぐったりと身を投げ出し、男の腕の中で喘鳴交じりの浅い呼吸を繰り返している。
俺たちならめまいすら起こさない程度の毒だが、一般人なら量を誤ればすぐさま死に至る。
様子を見る限り限界は近い。
男の望む状態を作り上げるために恐らく最新の注意を払ったのだろう。
かすれがちな吐息はか細いが、女はまだ生きている。
何も知らない里人だ。寂しげな男に恋をしただけの普通の女。
…刺し違えてでも守らなくてはならない。
「いらないよ。…もうすぐ夢が叶う」
誰にも奪わせない。ずっと一緒にいるのだと、夢見る瞳で語る男に絶望を見た。
奪い続けることに疲れ、病んでしまうものは多い。
だがその中にあってもこの男は強かに生き抜いているように見えたのに。
少しだけ、置いていってしまった師に似ていた。
飄々としているのに強くて、わがままで、優しかった、だから。
…だからだれよりも幸せになってほしかったのに。
「現在より鳥は抜け忍として処分の対象となった。囲め!女を奪取しろ!」
この男の戦い方ならよく知っている。
部隊長となった今でも、サシでやりあうのは厄介だ。
なにより人質のおまけつきだ。時間制限がある以上、無駄足は踏めない。
「カカシは、変わったなぁ」
腕の中に閉じ込めた女大事そうに抱きしめて、男が笑う。
「変わるよ。俺も。…アンタも」
「一人ぼっちで敵に逆毛立てた猫みたいだったのに。…そうか。あんなにチビだったのになぁ」
懐かしむような言葉に耳を貸す余裕はない。
感傷に浸るのは後からいくらでも出来るが、女の命はいつ尽き果ててもおかしくないのだ。
一斉に組まれる術式は、男の行動を封じるには十分だった。
「返して。その人は。生きなきゃならない。…アンタも」
いとおしげに微笑んだ男は、腕の中の女しかみていなかった。
だが、一度だけ。一度だけ視線をくれた。
片眉を下げて笑うのは、何かを失敗したときの男の癖だ。
「あいしてるよ」
女をその腕から引きずり出すと同時に、男の体は文字通り爆ぜた。
…苦しませるという割には女の体には傷一つついていなかった。
最後まで女を見つめたまま存在を終えた男の欠片以外は、何一つ。
*****
「好きだったんですね。その人のこと」
悲しみとも苦しみともつかぬ表情を浮かべた人がそう言った。
そうだ。きっと好きだった。
なにもかも警戒し続けていた俺に、暖かさをくれた。
きっと、最後まで。
「そうね。そうかも」
最初は似ていると思ったんだ。だからこそ避けようとした。
大切な思い出で、だがそれでも俺を置いていってしまった事を恨んでもいたから。
大事な人たちは皆俺を置いていってばかりで、連れて行ってはくれないのだ。
この人もそうなったらいやだと思った時点で、本当はわかっていたのに。
気だるげに杯を傾ける人が、自分にとっての唯一なのだと。
自分がああなるとは思わない。それにあの男とこの人は似ているようでまるで違う。
それでもじわじわと広がる不安を見抜かれてしまった。
しらふじゃ話しにくいだろうと持ち出されたのは任務土産の地酒だ。
情事のあとに乱暴に酒瓶を持ち込んだくせに、杯を干す仕草は婀娜っぽい。
普段は絵に描いたように健全な人なのに、こういうときばっかり色っぽくていやになる。
こんな話をした後じゃ、縺れ込むにはやりづらい。
「妬ける、かな」
「ふぅん?妬いてくれるの?」
「そりゃそうでしょうが。…惚れた相手に刺さった棘が、気にならんわけがないでしょう」
色恋じゃないのはわかっていて、その上でこう言ってくれる。そういう所もまるで違った。
無意識に比べる俺のことすら見抜いているかもしれない。
普段あれだけ鈍いくせに、こういうところははずさない。
…飲み込んで隠すのが上手かった男よりずっと、この人の方が闇をいなすことができる。
「じゃ、抜いて」
「それは無理ってもんです」
そのくせしれっと連れないことをいう。
思い人はままならない人だ。百戦錬磨の業師と謳われても、この人の思い一つでこんなにも振り回されてしまう。
「ひっどいなぁ。ね、じゃ、いいの?」
アンタ以外を胸に住み着かせたままで。
暗にそう問うと、恋人が笑った。
「…その棘ごと俺で包んじまうつもりですから」
丸ごと飲み込んでやるから全部よこせと、誰よりも貪欲な獣の顔をして。
「ん。ねぇ。アンタも全部俺のものでしょう?」
「さぁ。どうでしょうね?」
余裕たっぷりの笑みに少しばかりの悔しさを感じながら口づけた。
どちらでも同じことだ。
…この思いが成就することだけが分かっていればそれでいい。
ひそやかな笑みにかすかな吐息と衣擦れの音が交じり、あの日よりずっと深い闇に溶けながら互いの熱だけを追いかけた。
術も毒も武器も要らない。
ただ二人だけあればいい。
そう望むのは俺だけじゃないことに感謝しながら。

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適当。
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