既視感(適当)


白い牙という異名を持つ男は、飛び切り優秀で、そのせいか少しばかり浮世離れしたヤツだった。
年は近いが俺のが少し上で、その実力は悔しいかな俺よりもずっと腕が良かった。
そいつが備品受取所でやたらと物騒な封印札を山ほど受け取っているのをみたときも、だからまた面倒な任務を引き受けたんだろうとそう思ったんだ。
「おーおー。こらまた物騒だな。またSランクか?」
こうやって絡むのは、最初の頃こそ多少のやっかみもあったが、今となっては単純に興味にすぎない。
他よりぬきんでた実力のあるこの男は、色々な意味で人として必要なものが欠如している。
「この間の女」
「そうかそうか。なんなら俺様が手伝って…女?」
女ってのは、そういやこの間聞いたな。
普段自分から手を出すことは皆無で、任務上そうした方が有利だってとき以外手を出さないヤツだ。実力が飛びっきりの男はそっちの方の腕もよくて、女にも男にも欲しがられるってのにな。
だからまあ、驚いた。だから忘れっぽい俺でも覚えてたんだ。
女を浚ってモノにしたってんだからな。
相手は木の葉の忍だそうだし、多少強引でもこの男相手なら否はないだろうと踏んで、他のにちょっかいかけられないように気をつけろよと言うにとどめたんだが。
「孕んだ。監視だけでは不安だから閉じ込めることにした」
「…ちょっと待て。おい待て。いいから待て」
「なにを?」
心底不思議だとばかりに俺を一瞥したくせに、受け取った札を改め、結界の媒体に使う鉱石の質を確かめる手は止まらない。
こりゃ参った。もしかしなくても俺はもっと早く止めるべきだったんじゃないのか。
「…そういうことにはな、お互いの意思ってのが大切なんだよ。指輪とか宝石とか…ああなんつーかだな!とにかく!お付き合いしろよ!」
「俺の子ができたと伝えたら、三代目は喜んでいたが」
「そ、そりゃそうだろうけどよ!」
三代目さまはまず間違いなく詳細をしらないにちがいない。多分コイツが強引なことをするとは思っても見ないだろうし、色気は垂れ流すくせに、そっち方面では淡白そのものだったからな。
それに…コイツの子なら、ほぼ確実に戦力的には申し分ないのが生まれてくるだろう。歓迎するに決まってる。だが相手の女はどうなる?
この様子じゃ、同意なんてこいつは求めなかっただろう。その執着にも似た恋着は本物だろうが、それを理解できる女なんて存在するわけがない。
ぞっとした。こんな部隊にいるが、俺たちは意外と常識派ぞろいなんだよ。そうじゃないと踏み外したときに誰も止められなくなるからな。徹底的に叩き込むんだ。任務上で踏み外していいラインと、踏みとどまるべきラインをな。
たいていのやつは自分でわかるんだ。だがそうやって教えないと理解できないやつもいる。
コイツみたいに。
「守らなければならない」
真剣にそう思ってるんだろうな。こいつは。頭の螺子がとっぱずれてやがるから。
「ったー!いいか?まずは相手の親は!」
「いない」
「お前の方は!…いないもんなぁ」
「いない」
珍しくそわそわしてるのは早く女を閉じ込めたいからで、いなくならないのは俺が一応部隊でほんの少しだけ目上にあたるから、任務に関わることである可能性を考えて無視できないだけだろう。
なんてことになっちまったんだ。
「結婚っつーのは甘くないんだぞ?俺のかみさんだってドレスだ打ちかけだって…」
「…ああ、そうか。娶れば良かったのか」
「は?」
「アリガトウ」
俺が教え込んだ言葉を片言ながらも口にして、我慢しきれなくなったのかあっという間に姿を消した。
なにをしでかすか分からないヤツが飛び出していったことに絶望に限りなく近いものを感じながら、慌てて追いかけようとしたところに緊急招集を食らって…結局、俺が里に戻れたのは3日くらい経っていたか。
帰ってきてからすぐ後だ、三代目を引っ張り出して式を挙げると聞いたのは。あいつの隣に立つ小柄な女が、思ったよりは不幸そうじゃなくて、離れたくないと駄々をこねるアイツをやんわりと、だがしっかりたしなめていたから…慈愛の瞳ってのが本当に存在するならああいうのなんだろうなと分かってしまったから。
まあそうなんだろうなと思った程度で、そのうち記憶からは薄れていった。

それからアイツの子が生まれて連れ合いが死んで、アイツもよりによって俺が任務中にかってに自分で自分を終わらせて、何年経ってからだったか。
運よく死なずに、だが引退もさせてもらえずにいた俺の部隊に、暗い顔した小僧が配属されたのは。
無茶をするのは父親譲りだったが、父親よりも慎重で、まあなんつーかだな。かわいげがあった。
育っていくうちに棘も取れて、どっちかっていうと人を食ったような性格にはなっていったが、それでも…実のところ息子のようにかわいいと思っていたんだ。
それなのに。
「ああ?なんだそりゃ?結界札と…」
これと全く同じものを手にしていた男のことを思い出していた。まさかな。まさか。
だってコイツは父親と違ってほどほどに奔放で、めんどくさい女には手を出さないが、綺麗に遊ぶことには長けていて、閨での腕まで業師だと囁かれるようなヤツだ。わざわざ閉じ込めなくったって、女の方から足を開いて寄ってくる。
「うん。とじこめとこうかなって?」
小首をかしげる仕草は、祝言のときに一度だけ見たこいつの母親を思い出させる。かわいいっちゃかわいいんだが、もう大分育ってんのになんでだろうな。
いや待て。違う違うそうじゃねぇ!
「…相手は」
「えーっと。中忍。この間なったばっかりだって」
「…お、おい、まさか」
「ホントはさ。監視だけつけて我慢してあげようかと思ったんだけどね?」
そこから先は聞かなくても想像がついた。
みてくれだけじゃなくて中身までそっくり似やがったのか。こいつは。
「…責任取るのが先だろうが!とっとと式挙げろ。三代目には伝えたのか!」
「えー?でもねぇ?邪魔されたらヤだし」
「…邪魔されるような相手なのか」
コイツは確かに複雑な立場だから煙たがる連中もいるが、実力でそいつらを軒並み黙らせてきてるし、三代目は不憫がって、表立っては騒がないが、ひそかにコイツを守ってきたのを知っている。
それが反対するってーと。敵忍か。
「木の葉に仇なすものを抱え込むつもりなら、お前でも」
「えー?木の葉だよ?もちろん。もうねーかわいいの!おびえるくせに飯はしっかり食うし、油断して腹出して寝てるから襲おうと思ったら、寝ぼけた顔でお帰りとか言って来ちゃってさ!」
「あーわかった。まあなんつーかだな。上手くやれよ?仲人になら立候補してやる」
とりあえず、父親のときよりは状況は悪くなさそうだ。同意じゃなきゃ、寝床に入ってきた男にお帰りなんて言う女はいないだろう。
「へー仲人、ねぇ?ま、そういうのは無理そうだけど」
「ああ?なにをいいやがる!これでも今まで俺の部隊の連中は…!」
「ま、いーや。ありがとね?」
さっさと逃げていく速さまでも父親譲りで、身元をはっきり言わない辺り、厄介ごとなのはまちがいないが、それでも。
それでもアイツが幸せになってくれることが嬉しかった。
あーあ俺も爺になったもんだなぁ。今日は早く任務を片付けてかみさんと飲もう。
流した涙は長いこと使い込んだ面が隠してくれた。

自分ばかりが幸せになっちまったことに、あの不器用な男が選んだ女になにもしてやれなかったことに、アイツを守れなかったことに…俺はずっと後悔ばかりしてきた。
なら、今度は俺がなんとかしてみせる番だろ?な。サクモさんよ。
さんざっぱら飲んでかみさんに絡んで、それでも笑って受け止めてくれたあの頃より大分肥えて、それから頼もしくなったかみさんにも背中を押されて、そう勝手に決め込んで、三代目さまの元へ急いだ俺は知らなかった。

カカシの選んだ相手ってのが雄でしかも三代目のお気に入りで、筋金入りの頑固者だってことを。


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適当。

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