武将の人―温泉編8(適当)


イベント会場で読みたいとおっしゃってくださった方がいらしたのでこそっと連載予定。
前のお話はこれ⇒武将の人-温泉編6の続き。



「お、おい!もういいだろう。流すからお前は小僧にでも洗ってもらえ!」
低く掠れた声が甘く耳を擽る。
小刻みに震えていて顔色が良くない。触れてあたためて…だがおそらくそれだけでは我慢できなくなるだろう。
ここで暴れてはいけないと言われている。それにあの番台という所に座っていた老爺が厄介だ。
身のこなしからしてかなりの手練。そして老いて多少顔を弄ってはいるがおそらくはかつて手配帖に乗っていた男だ。情勢が不安定な中、敵国に狙われる身でこんなところで潜伏しているとは思わなかった。
負傷を期に一線を退いたという話を聞いた事があったが、どうやら事実だったようだ。極僅かに足と腕を庇っている。動きを封じることは簡単だが、騒ぎになればこの人に触れていられなくなる。
露になった素肌からは、湯に温められてあの眩暈がしそうなほど俺を惹きつける匂いがより濃厚に香っている。鋭い視線も強張った背中も、何もかもが心地良い。
少しずつ、他のなにもかもが遠くに感じられ始めている。この人を感じることだけで満たされてしまうから。
他の客にも忍はいるようだが、老人ばかりであしらうことは難しくない。いっそ幻術でも掛けてしまおうか?
「父さん。駄目」
白く細い手が、無意識に印を組みかけていた手を止めた。
「カカシ」
そうだな。今ここで騒ぎを起こせば、カカシとカカシの番を、ウミノサンの子を巻き込んでしまう。
「おい!いい加減にせんか!小僧!お前も…お、おい!なぜ泡だらけなんだ?」
言われてみれば確かに泡にまみれている。これが作法とやらなのかもしれない。
任務中など水を浴びて済ませてしまう事が多かったが、そういえば彼女がカカシを洗っていたときもこうしていた、か?
「父ちゃんもあわあわごっこする?楽しいよ!」
「貴様…!うちの子になにを…!?」
「イルカー!そろそろ流してお風呂に入ろう?」
「うん!」
じゃれあうようにシャワーを浴びながら、二人して泡を飛び散らさないようにするのがマナーだと教えてくれた。なるほど。そういえばこの人のことももう随分と泡まみれにしたままだ。背中だけでなく、全身、同じように洗う必要があるらしい。
それはつまり、触れられる箇所増えるということだろう。
無意識に触れてしまったところもあるが、銭湯の作法とやらを重んじるこの人が拒めない状況で、という辺りに心惹かれた。逃げられると捕まえてしまいたくなるが、逃げないならきっと極僅かなら我慢できる。
「ぐぬぬ…!」
呻きながらガチャリと音を立ててシャワーを手に取ったので、少しだけ慌てた。まだ洗えていないのなら、これから触れてもいいはずだが、洗い流されてしまえば湯船に逃げられてしまうかもしれない。
「ウミノサン」
先ほどまでこの人に触れていた手触りのいい手ぬぐいに石鹸をこすり付けて泡を作った。
そうしてまだ泡をつけていなかった腕を捕まえ、手ぬぐいを滑らせる。
大きく体を引きつらせて、木製の小さな椅子から転げ落ちそうになった体を抱え込んだ。口付けすらできそうなほど近くに、怒りと怯えと混乱を虚勢で彩った顔がある。
欲しい。いっそこのままさらってしまおうか。
強引に絡み取った体は泡のせいで滑り、少しばかり捕まえ辛い。だがこのまま、例えば家の中にでも連れ込んでしまえたら、あるいは。
手順を考え初めた頭に、この人に似て良く通る澄んだ声が響いた。
「父ちゃん良かったね!父ちゃんも洗ってあげればいいじゃん!」
この人から触れてもらえる。想像するだけで鼓動が乱れた。
首も心臓も、どこに触れられても構わない。いっそこの人の手に掛かることができるなら。
あまりに魅力的な想像に、少しだけ気を散らしていたのかもしれない。
「い、いや!そのだな!自分で!自分でやる!貴様も見ていろ!手本になってやる!」
「分かった」
手本、ということは、この人をずっと見ていられる。気がつくとこの人を目で追ってしまうから、いつものことではあるが、この人から許可を得た上でなら、視線を外す努力をしなくてもいいということだ。
「いいいいいいい、いいか!まずは!上半身!腋の下もきちんと洗えよ!あとはシモ…いやその…!」
唐突に固まって、青くなって赤くなってを繰り返している。
「ウミノサン?」
「ええい!いいから!黙ってみていろ!自分で洗うんだぞ!自分で!」
「分かった」
泡を撒き散らしかけて慌てて乱暴だった手の動きを改め、それからこちらを一瞬だけ見てはすぐに視線を逸らしている。
筋肉のつき方にも無駄がない。背に、肩に、腕に、脚に、散らばった傷跡が薄赤く染まっていて、そこにかじりつけたらどんな味がするのかと、知らずにチャクラが乱れていたらしい。
「父さん?練習っていっても、それじゃ温泉いけないよ?」
湯船につかるカカシから、ため息と共にそう告げられた。
それは、多分困るだろう。
「…そうか」
「こ、小僧…?」
「ウミノサン。これでいいか?」
「そそそそそ、そうだな!その調子だ!あとは普段の風呂と一緒だ!きちんと洗えよ!耳の後ろもな!」
「そうか」
そう言って、ウミノサンは乱暴に髪紐を解いてみせた。そういえば、この人が髪を下ろしているのを初めて見たかもしれない。黒く艶と腰のある真っ直ぐな髪。やわらかく波を描くようだった彼女のものとはまるで違うそれ。
「自分で、洗う!手出しは無用だ!」
気付けば漆黒のそれを掬い取っていた。どうやら怒らせてしまったようだ。指先に残る匂いと、手触り。
思わず残り香を宿したそれを口に含むと、この人の味がした気がした。
といっても、慌てたように頭から湯をかぶってしまったから、この人は気付いていないようだったが。
自分もそれに倣い、頭から湯をかぶる。適当にまとめてはいるが、元々収まりの悪い癖のある髪だ。濡らすと水を吸って張り付くわずらわしい細い髪。ここだけはカカシも似てしまったかも知れない。
「次はシャンプーを…」
そう言って、持参してきた薬液の入った樹脂製の瓶を手に取ったまま、硬直してしまった。
「ウミノサン?」
「い、いや。なんでもない。…シャンプーはしっかり泡立てて、だが爪を立てずに洗え。それからリンスは洗い流してから馴染ませて、その間に体をだな…」
逃げようとするが、それでもこうして知らないことを余すことなく伝えようとしてくれる。
…この人から完全に拒まれていないという事実が、胸をざわつかせた。
「分かった」
笑っていたのだと思う。カカシの番も、それからなぜか周囲にいた人間たちが全て一瞬手を止めて俺を見た。カカシだけは深いため息をついていたようだったが。
「サクモさんってすっげぇ綺麗な顔してるよな!」
その声を切っ掛けにしたように、すぐに全員が動き出した。良く分からないが、後で部下にでも確認しておくべきだろうか。
「そ、そうだな。だがコイツはケダモノ…!あまつさえコイツのガキはうちのイルカに…!」
髪を洗っている間は泡が伝い落ちてきて、この人を見る邪魔になる。面倒になってさっさと洗ってしまおうと手を伸ばした。
「りんすというのは、これか?」
「そ、そうだ。それだ。おい!待て!洗い流せと言っただろうが!」
「…そうか」
面倒だが、この人がそういうのなら従おう。この人が望むなら、それがたとえどんなことでも叶えてみせる。
触れるなと、そう命じられるのだけは従えないが。
そう、いつか。きっとこの芳香に抗えなくなる日がくるだろう。そうしたら、俺は。
…この人を閉じ込めずにいられるだろうか?
「がんばれー!サクモさん!あのさ!カカシ!次サウナ行こうぜ!」
「うん!父さん。程々にね?」
揃って熱気を放つ奇妙な部屋に消えていった二人を足音だけで感じながら、ずっとこの人のことだけをみていた。
「イルカ…!と、父ちゃんも一緒にサウナに…!」
「ウミノサン。洗い終わった」
「そ、そうか。ではこっちが熱い湯で、そっちが温い。お前は生っちろい肌してるんだから、そっちの温い方へ入れ」
「?なぜ?」
火遁に巻かれることもあれば、燃え盛る溶岩の上で戦うこともある。今更湯如きで耐え切れないはずもない。それにこの人から離れることが酷く苦痛だった。
「…そ、そんな顔するな!くそ!いいか?まずはゆっくり片足から!そうだ。間違っても飛び込むなよ?」
「分かった」
「後はこうして…ふぃー!いい湯だな!」
「…そうか」
ピリピリしていた空気が、湯に入ったとたん急速に緩んだ。これと言って何か変わった事が起きたわけではなさそうだが、この人にとっては違うのだろう。
「ゆーっくり浸かれよ?だがのぼせる前に出ろ。それからこれがさっきオヤジさんが言っていた木の葉山だ。中々勇壮だろう」
誇らしげに胸を張って、笑った。壁の絵などよりずっと見ていたいものがすぐ側にある。
引き寄せられるように側に腰掛け、途端、悲鳴染みた声を上げた人の手を握った。
湯の中に沈むそれは、だが湯よりもずっと熱く感じる。
「ここへ来て。良かった」
「そうか…。ケダモノ。貴様は気に食わんがここの銭湯が素晴らしいという点では珍しく意見があったな!まあいい。後で小僧にも…そうだ!小僧!貴様うちのイルカに!い今すぐ!」
唐突に慌てふためいて先ほどの熱気を放つ部屋へ向かおうとするのを引き止めた。
「ゆっくり浸かるのではないのか?」
まだこうしていたい。目を細めて心地良さそうにくつろいでいるこの人を見ていたい。
「うっ!そ、それは、そうだが!うちの子が!」
「カカシとイルカ君なら今出てくる」
「なにぃ!?」
目を血走らせた先には、転げるように飛び出してきた二人が、きゃあきゃあと甲高い声を上げながら水風呂に飛び込んでいった。
「はー…つっめてぇ!でも、我慢比べ!楽しかったな!」
「う、ん…!熱いけど、楽しいね!」
熱気を帯びた体を冷やしているようだが、何かの修行だろうか。
「…あそこは、飛び込むのが作法なのか?」
「い、いや。だがまあアレに限っていえば多少は止むを得んだろう」
「そうか」
子どもならまだしも、大人が二人で飛び込むには少しばかり狭そうだが、何とかなるだろう。
「イルカに触るなクソガキめ…!えぇいやはり今のうちにそっ首叩き切って…いやむしろ…!」
「ウミノサン」
抱え上げてもあまり抵抗されなかったのは、驚きすぎたせいだろうか。
「父さんもサウナ?」
「父ちゃんたちも我慢くらべ?負けないでね!がんばれー!」
「お、おう!もちろんだ!こんなケダモノ如きに後れを取るわけが…!」
「父さん。ほどほどにね?」
「ああ。また後で」
簡単に開いてしまうとはいえ、人の目の届かない所に二人きり。
おまけに熱気は風呂よりも強く、この人から滴り落ちる汗が抱え上げた腕を伝っていく。
零してしまうのがもったいなくて、転げるように椅子に腰掛けた人を視線で追いかけながら舐め取っておいた。
「ふ、ふはははは!負けん!ケダモノ!勝負だ!」
「そうか。どのように?」
「さっきも言ったとおり、ここはチャクラは一切使用禁止だ。この中で長く耐えた方が勝者だ!受けて立つか?…降りるなら今のうちだぞ?もう肌が赤いだろうが?」
「ああ」
耐えるだけならば簡単だ。…熱気には。
この部屋は匂いが篭りやすい。カカシと、あの子どもと、それからなにより強くこの人からの。
「ふん!ならば…買った方が牛乳を奢るということでいいな!」
「わかった」
ぎゅうにゅう。それはあの瓶に入っていたモノのことか。確かカカシとあの子どもが熱心に話していたようだったな。
特に興味はないが、この人が望むのなら。
「に、にやにやするな!余裕ぶりおって…!」
「…笑って、いたか」
「今更貴様にマトモな感性を期待はせんが…。子どもに心配をかけるなど言語道断だ!」
「…そうか」
心配。…どこか遠い言葉だ。奪われるのが、失うのが恐ろしくて、ずっと閉じ込めておきたくなるのは、そういえば心配というのだったか。
カカシは、そんな思いを知らないままでいて欲しい。彼女のように、あの子どもを失うことなどないように。
そうだ。そのためにもいくつか術を教えておかなくては。あの子どもにも。
「…まあいい。その話は後だ。今日のところは…吠え面かくなよ…?」
挑発的な笑みにもそそられる。気付けばそっと近くに座りなおして無防備に晒されたままの下半身に、少しだけ触れていた。
「うお!ななんだ!?ナニをする気だ!?」
「…触れたい」
「ぎゃあ!舐めるな!くっ…!まさかそんな汚い手を使うとはな…!お前より早くはここを出んぞ…!絶対にな!」
言っていることはよく分からない。ただこの人が逃げない事が嬉しくて。
「ひぃ!だだだだきつくな!触るな!な、なっんで!おっ勃って!?」
「ウミノサン…」
もう、なんでもいい。この人が誰のモノでも構わない。今この身に触れているのは俺だけだ。
熱気に巻き上げられたこの人から漂う香りが酩酊感を連れてきて、もはや抗うことなどできそうにない。
重なりかけた唇は、だが触れる前に引き離された。
「父さん…追い出されちゃったらイルカが泣くでしょ!」
「…カカシ」
「ぎ、銀髪小僧…?」
「父ちゃーん!今日は引き分けな!母ちゃんからお買い物もしてきてねって式が!」
あからさまに安堵の吐息を零して、すさまじい速さで子どものもとへ逃げられてしまった。
「…買い物、か」
「一応水風呂は入る?っていっても父さんはここに入ってもねー…」
「食らえー!父ちゃん!えい!」
「ふはは!イルカも目を閉じてろ!」
「わー!つっめてぇ!あはは!」
水風呂に浸かってじゃれあう子どもと逃げられてしまった人を、恨めしい目で見ていたらしいと、後から聞いた。
「温泉までに慣れようね?」
「ああ」
そうだ。ここに来るだけでも随分と楽しそうにしていた。温泉ならばきっとさらに、あの人は喜んでくれるだろう。
それに慣れるためにはまたここへくることになる可能性が高い。
「父さんが楽しいならいいんだけどね…」
「…そうか」
手を繋いでそういえばカカシも随分と背が伸びたことに今更ながら気がついた。
思わず頭に手をやると、はじかれたようにカカシが俺を見上げた。
「…と、父さん?」
「髪を、乾かさないとな」
「…う、うん」
そういえば久しぶりにこうして過ごしている。閉じ込めていたときは、不安そうな顔で俺を慰めてばかりいたこの子が、妻によく似た息子が、こうしていつの間にか見たことのないような顔をするようになっている。
不思議に思った。
子どもは育つ。いつまでも同じである訳がないのに。…いつか一人で立てるようになる日を、彼女の元へ逝ける日を、今か今かと待ちわびていたはずなのに。
少しずつ彼女に似た瞳が、大人びた光を帯びて行く、その先にいるのはあの子どもであるはずだった。
だが、未だ不安そうに俺を見上げていたそれは、ふわりと柔らかな何かを、彼女に良く似た暖かい何かを宿して、俺に向けられている。
彼女の欠片がそこにあった。
「カカシ。ぎゅうにゅうとやらはどれがいい?」
「え!あ。うーん?イルカにも聞いてみるけど、牛乳か、あとはフルーツ牛乳が一周回っていいんだって。後は大人はビールっていう説もあるみたいだけど」
「…そうか」
銭湯という所は中々奥が深いものらしい。未だに興味は持てない。だが。
「父さんは甘いの平気だからフルーツ牛乳っていうのにしてみる?」
はしゃぐカカシに手を引かれて、ガラス張りの冷蔵庫を見ていると…少しだけ楽しいということの意味を思い出せた気がした。

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適当。
微妙に人間っぽくなりつつあるようなそうでもないようなケダモノ。父ちゃんのピンチは意外と息子たちがディフェンス。
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