武将の人―温泉編3(適当)


イベント会場で読みたいとおっしゃってくださった方がいらしたのでこそっと連載予定。
前のお話はこれ⇒武将の人-温泉編2の続き。



共に任務につくことになったのは、おそらくはかつての部下の手はずによるものだったのだと思う。
「ただ欲しがるだけじゃなくて、あの人のことを一度きちんとみてみるのもいいかもしれませんよ?」
そういって笑ったかつての部下は、伴侶に手を出そうとしているというのに少しの焦りもみせず、確かな自信に満ちていて、あの人を手に入れたのは俺ではないのだということを思い知らされた。奪われることがないのだと確信をもっているからこそ、こうしてあの人を俺に接触させる。
それでも、どうしても欲しいと思うことはやめられなくて。
普段から遠くからでも香るあの人の匂いは、戦いの最中にあると一層濃くなって、心地良い酩酊感に浸りながら敵を屠るのは楽しかった。
いつものようにただひたすら任務を果たすことだけを考えているよりは、コロコロと表情を変え、怒り、笑い、敵の前に立ちはだかって仲間を守ろうとする姿を見て、どうしようもなく飢餓感にとらわれている方がずっと心地良い。たとえ手に入らないのだとしても、傍にいられるだけで…いや、いつかはこの飢えにあらがえなくなる日がくるのだろうことも予感していた。
単身で敵に突っ込んで行くと怒りを露にし、一瞬で片付けてみせると怪我の有無を確認された後、怒鳴りつけられてから労われた。
側で顔を真っ赤にして話し続けているのを聞いているだけで興奮した。
手当てをするといきなり服を脱がされたときは、食ってしまいたいのを押さえ込むのに恐ろしく努力が必要だった。
任務中にその手の誘いを受ける事があっても、一度として受けたことはない。だが、この人だけは別だ。誘っているつもりなどないのだということは理解していても、獲物が自分から腕の中に飛び込んできたとしか思えなくて、カカシとこの人の持ち主にくれぐれも手を出すなと言われていなければ、きっと天幕に閉じ込めて頭の中身を弄ってでも我が物としていただろう。
実際、我慢しきれずに口付けようとした瞬間、慌てたようにチャクラを使いすぎているから安静にしていろと怒鳴りつけ、天幕から飛び出していかなければ…口付けだけで済んでいたとは思えない。
理性を薄れさせるあの匂いと、真っ直ぐに向けられる歪みのない強い瞳、それからあの声が、全てが、あの人を手に入れろと本能に訴えてくる。それを押さえ込むことは酷く苦痛だった。
戦うあの人は荒々しくも美しい。多少無駄な動きもあるが、常に先陣を切ろうとし、雄雄しく、そして力強くクナイを振るい、術を繰り出し、仲間を守る姿を見て、心が躍るという言葉の意味を初めて理解できた気がした。
普段なら敵を消すこと以外考えることなどないのに、この人の側にいると驚くほど考える事ができて、それもまた新鮮だった。
触れたい。閉じ込めてもきっと吼えて怒り狂って向かってくるだろう。そしてその姿もまた美しいに違いない。
なぜこの人は他人のモノなのだろう。かつての部下を、この人の妻を消してしまえば、俺のモノにできるのだろうか。
考えて、そして却下したのは、カカシの伴侶の母でもあったからだ。
カカシは、生きているモノの中では、何よりも誰よりも守るべきものだ。彼女とそう誓った。最後の鎖を断ち切ろうとした俺を止めたのも、あの部下だった。
厄介で、だが愛おしく、なによりも俺を苦しめる鎖。…カカシは、あの子どもがいなければ俺と同じように狂うだろう。伴侶と己が子を傷つける存在を、あの人は決して許さない。意思を奪うのは簡単だが…あの人に似ているあの子どもは、まだ幼い。壊れてしまっても離さないだろうが、カカシを傷つけるわけにはいかないだろう。
諦めるということには元々慣れていない。己という存在に気付いたときから、この手に握り締めたクナイと、身につけた術とで、必要なモノを手に入れててきた。
欲しければ奪えばいい。…それだけではいけないのだと教えてくれた人はもういない。
そうして気がつけば任務は終わっていて、かの人は報告書を片手に受付所に逃げてしまった後だった。風呂に入れと、飯も食えと、あとはあの小僧にきちんと顔を見せてやれと怒鳴りながら。
寂しいという感情を覚えたのは久しぶりだった。
だからすぐさま命じられた次の任務の帰りに、あの子どもと買い物とやらに出かけたあの人を追いかけて、そこで福引というモノを繰り返しているのを眺めて、白い小さな球体が転がり出るのを悲しそうな顔で見ているのを痛みと共に記憶した。
あの人が苦しいと、俺も苦しい。不思議だ。腹を切り裂かれても、腕をもがれかけても、痛みなど感じた事がないのに。
…それをカカシに話したのは、あの子どもが喜ぶことを知りたがっていたからだったが、カカシがそれを聞いてテキパキと指示を出すのに従ったのは…あの人が喜んでくれるかもしれないと思ったからだった。
実際、そうなった。少なくとも受け取った瞬間だけは。
それからすぐ怒りながら出て行ってしまった人の残り香を楽しんで、それからかつての部下を捕まえた。
カカシにとって重要であるらしいもう一つの作戦を実行するために。
それがどんなものでも良かった。ただあの人が笑っていてくれるなら。
出来うるならばこの腕の中で閉じ込めたときに見せてもらえたらいいのだが。
「…これは、あの子の差し金かしら?」
「あの人は温泉が嫌いだろうか」
「いいえ。どっちかっていうと趣味に近いくらい好きだったみたいですよ?イルカが生まれてからは中々いけなかったんですけど」
「そうか」
ならばいい。彼女にするように抱くことはできなくても、少なくとも傍にいることはできるだろう。
「…相変わらずですね」
「そうか」
「興味のあること以外、どうでもいいって、すごーくよくわかりますけど。カカシ君がかわいそうだからもうちょっとだけ頑張ってもらいますから。うちの人はそういうことを教える天才ですしね」
「…そうか」
わずらわしい全てのことも、あの人が教えてくれるなら。
誇らしげに笑うかつての部下を、消し去ってしまいたいこの欲求さえも、抑えきれる気がした。

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適当。
ダメ父と元同じくらいダメだった母ちゃん(外面取り繕う技術はあるが根っこはそっくり)。
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