晩夏(適当)


 今日は舞い上がった子供たちにもみくちゃにされつつ無事水練の授業を終え、シャワーも浴びてすっきりして、それから受付もないから後ちょっとで帰れるなぁなんて思っていたんだ。さっきまでは。 それなのに、なぜか殺気を撒き散らしながら低い声で囁くようにしゃべる上忍に、壁際に追い詰められている。
「好きって言ってるんだけど、聞こえなかった?」
それは聞こえた。だが何の話だか皆目検討がつかない。
好きまではまあ、どういう意味かはともかくとして理解できる。
だがどんな意味であれ、好意を示しているはずの言葉と、その行動がまるでそぐわないんだがどうなってるんだ。
「…き、聞こえましたが、その。どうなさったんですか?」
 緊張のあまりうっかり舌でも噛んじまいそうだ。それほどに、詰め寄ってくる上忍の気配は冷たく、視線はそれだけで射殺されそうなほど鋭い。
 あいにく時間帯も悪く、最後の点検を済ませてからシャワーを浴びた俺以外、こんな校舎の隅にまでくるような奴はいないだろう。施錠前の見回りにはまだ大分時間がある。救援が来る目はない。
…逃げる、か?上忍、それもすこぶるつきの業師に追い詰められたこの状況で?
逃げられる可能性は限りなく低い。目的がわからない上に殺気だった上忍なんてろくなもんじゃないのは、戦場で何度も経験して思い知っている。
一方的な暴力なら抗いようもあるが、そうじゃなさそうなのは言葉の選び方からうっすらと察しがついた。色事絡みでもめるのなんていつぶりだ?
戦場なら…ああいうとこじゃ危ないやつの情報は、よっぽどターゲットにされたやつに問題がないかぎり、ある程度共有されるし相互に警戒できる。
だがここじゃそうはいかない。
壁とベストにつぶされそうなほど近くにいる男は、こうして見るとどうやら俺より僅かに背が高い。手も足も長そうで、男としてのプライドが中途半端にくすぐられる。
 比べるほうがおこがましいのはわかっちゃいるんだけどな。
 …で、俺より腕も外見も優れた上忍様は、仕事を終えてそこそこ疲労した上に、一人でいた隙だらけの中忍に、これから何がしたいんだ?
「鈍いね。この状況でわかんないの?」
 わかりたくないだけだがそこははっきりと言明することは避けたい。下手に刺激して怪我でもさせられたら厄介だ。明日も授業は変わらずある。守るべき日常を、くだらない上忍のお遊びごときで損ないたくはなかった。
 最低限命の保障はあるだろう。もっとも希望的な観測だが。尻を使われると歩けないとか穴も腹もめちゃくちゃにされると聞いた。翌日に残るダメージを考えると尻を掘られるのは御免被りたいんだが、口でなんとかすればいいいって話も聞いたことはあったな。やり方なんてやらされそうになったときに上忍師だった先生にコテンパンに伸してもらっちまったから知らないが。
 それからも狙われたことがなかったわけじゃないが、雨後のたけのこみたいにひょろひょろ背ばっかり伸びて、それから筋肉もついてくれば、そういう対象からは外れたらしい。おかげで余計な経験値を積まずにすんだと胸をなでおろしたもんだ。
 それなのにまさか里内で、しかもこの年になってこんな目にあうとは。
「…俺は、その、そういった経験が薄いもので」
 処理なら、里にいるんだから他にいくらだって相手がいるだろうがと、心のそこからなじりたい気持ちを抑えつつ、睨み返してやった。
 つかまれた腕が痛む。大して力なんて入れてなさそうなのに、流石上忍様だ。この分じゃ逃げ出すことはおろか、助けを呼ぶこともほぼ不可能だろう。おそらく手を打った上での暴挙だろうから。
 つまりは女でもないのに下に敷かれる覚悟は決めなきゃならんってことか。
「あったらやった奴殺してるよ。…いるの?そんなことしたやつ?」
「いま、せん」
「ならいい。…おいで?」
 口付けは呼吸さえ奪われそうなほど深く執拗で、息苦しさに生理的な涙がにじむ。
 畜生。ついてねぇ。…何をされても心を動かさない訓練ならしたが、こんな状況訓練よりずっと悪い。敵でも、裏切りでもない。
 ただこの男にとって俺という存在がどうとでもできる軽いモノだってだけだ。
 おいでと、その薄い唇を唾液で滑らせながらほざいた男は、こちらの返事など待たなかった。  
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適当。
しぬほどゆっくり連載になるかもしれません。

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