青い空(適当)


痺れは全身に広がって、もはや指一本すら動かせそうにない。
敵は殲滅した。味方も逃げたはずだ。だから、このまま毒が回って心臓が止まっても任務を果たしたことにはなるだろう。
いつ死ねるのかなんてことばかり考えてきた。常に頭の片隅に住み着いていた、いっそ夢のようでさえあったものがどうやら叶ってしまうらしい。
天上にある青はすべてを飲み込んでしまいそうな透き通って美しい。
こんな風に雲ひとつない馬鹿みたいに青い空を見上げながらなんて、想像したこともなかった。
なんとなくだが死ぬときはきっとズタボロになってどこか暗くて誰にもみつからないようなところで一人静かに死ぬんだと思っていたのに。
幸い身よりもない。持ち物なんて、値がつくものはせいぜい巻物や忍具くらいで、それ以外はガラクタだ。俺にとっては思い出深いものでも、いなくなっちまったら意味を成さないものばかりだからな。
きっと里は綺麗に処分してくれるだろう。チリ一つ残さずに。
「あーくそ。いい天気だなぁ。洗濯日和…」
まるで場違いだが、こういうどうでもいいを考えるのは楽しかった。
空が青くて、俺には望むべくもない平和な終わりが訪れかかっていて、有難いことに痛みではなく感覚が遠のくことで死んでいける。
まあいいか。そう思って、折角だから目を閉じるのはもったいないし、まぶたが動かせるうちは開けておこうと決めた途端、その青を遮るものがあった。
白?いや銀色っていうのか、これは。綺麗な色の髪だ。
髪ってことは…コレは、人か。
「そうねえ。シーツとかも洗えそーだけど、その前にアンタ死んじゃいそうなんだけど」
「え?」
敵ではない。まだこの眼に映るものが狂っていないのなら、木の葉の暗部だ。
ならこの任務の終了を伝えてもらえる。唯一の心残りらしきものまで消えるとは、中々ついてるな。俺。日ごろの行いか。
「ま、いーや。正気になったらお説教してあげるから。とりあえずあーん」
「う、え?」
動けなかった訳じゃない。ただ言ってることが一瞬理解できなかっただけだ。
…言い訳を許してもらえるなら素顔の暗部なんか見たら普通は思考停止するだろうが!
「ああもううごけない?じゃ、役得―」
ぬるりと唇を這うものが悪戯っぽく笑う男の舌だと気付いたときには、喉の奥まで小さな何かを押し込まれていて、やわらかく鍵爪つきの手でなでられた喉は、意外にすんなりと動いてそれを飲み下してくれた。
「う、あ」
「しばらく熱いかも。ま、なんだかんだ言ってアンタ頑張ったもんねぇ?暗示に弱いところはがんばってもらうしかないけど、面倒見てあげるから安心して」
宣言どおり、男は痺れを焼き尽くすように回る熱のおかげで身動きできない俺を軽々と担ぎ、鼻歌交じりに里に連れ帰ってくれた。
ついでに、確かにある意味酷い目にも合わされたが、それは日常でもあったので不問に処さざるをえないというかだな。
…全部忘れていた俺が悪い。
「忘れちゃうなんて酷い」
「面目次第もございません…」
ナルトを庇い、挙句火影となる人に取り入ってそれなりの地位についたと考える連中は、俺への不満を燻らせているのは知っていた。
まあ我ながら子どもを出汁にされたとはいえ、まんまと暗示にひっかかるのは情けないの一言なんだが。
男が言うからには、残党は一掃しときましたからというのは本当だろう。ぺたりと張り付いてうなじを食みながら、随分とご機嫌だ。
「任務中に自爆させようとたくらんでたのよ?馬鹿でしょ?あいつら下手に任務に偽装しようとするし。アンタが任務完遂前に死ぬわけないって気づけばいいのに」
「俺はむしろ現役火影が暗部の格好でうろうろしてたことの方が…」
「お仕置きのつもりでちょっとほっといたらアンタ味方庇って死に掛けるてるし?慌てちゃった」
そうか。側にいたのか。なら助けろよといいたいところだが、本気で慌てていた様子からして何か他に都合があったのかもしれない。
それにこの人は執念深い上に計算高い。俺を失いかねない賭けに乗る人でもない。自分のモノだと認識されているからな。一方的に。
俺が取り入ったというよりは、出会ったその日に一方的に俺のモノ宣言された挙句に殴る蹴るの抵抗をものともせずに強引な行為を仕掛けてきて…それでも足掻く俺に「だってすきなの」と泣き喚いたのが切っ掛けだ。
結果泣き落としに落ちた俺もどうかと思うが。今になって思えば意外とこの人も悪戯小僧だし、どこまで本当だったのやら怪しいもんだ。
暗示の内容はよく覚えている。生きるべきじゃないってのと、後は。
「俺のこと忘れちゃうしねー?」
これだ。
そりゃそうだな。この人のことを思い出せていたら、死のうだなんて思えないもんな。コレだけ強いのに、コレだけほっとけないと思わせる人も早々いないだろう。
「あーその。…心配かけました」
この態度は不安と心配をこじらせたせいだろう。相変わらず子どもっぽいというか、面倒臭い人だ。
「…ね。アンタ俺のモノなんだから、勝手なことしちゃだめですよ?火影命令です」
「くだらねぇ命令には従いませんし、俺は俺のモノです」
ああ、もう。なんでこう毎回このやり取りするたびに泣きそうになるんだ。アンタは。横暴なのはそっちだろうに。
「でも、アンタは俺の男です。アンタ置いてなんて絶対に死ねません」
当たり前のことを言ったつもりだったのに、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をした男は、次の瞬間瞳をぎらつかせて飛び掛ってきて、それはもう散々な目にあった。
あったのだが。
「…俺はイルカせんせのだよね?勝手に置いてったら駄目だからね?絶対!」
なんだもうこの甘えたなイキモノは。怒るに怒れないじゃないか。
「いいから洗濯…ああくそ…立てねぇ…」
折角いい天気なのに。それこそこのべたべたなシーツを洗ってもしみこんだあれこれをなかったことにしてくれそうなほどに。
今日も見上げているのもは腹の上に乗っかったままご機嫌な銀髪の男の顔で、嬉しそうに俺の髪をつついたり掬ったりしながら、ときどきキスを落としてくる。
現役火影がこんなとこで何やってんだと思うが、用意周到な男のことだ。影分身くらいはしているだろう。…していることを祈りたい。
「たまにしか餌くれないんだもんねぇ?自業自得」
頭に花が咲いたみたいに笑う男にあてつけのようにキスをくれてやった。
途端に真っ赤になったのがかわいかったから、甘やかしてやろうか。
今日一日だけは。だけどな。


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適当。
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