月(適当)



「恋も愛も知らない。あんただけがいればいい」
なんのてらいもなくそう言えるこの男が眩しい。
そうして気づく。
俺にとって、この人がなんなのかを。
「あなたがいなければ、俺は生きてはいません」
たとえ先に逝ってしまっても、自ら命を立つことは許されていない。
それでも、息をすることを止めなくても。
きっと俺は死ぬだろう。この人の命が途切れたその瞬間に。
「そ?なんでもいいや。…俺が息をしている間は、アンタが死ぬことは許さない」
ニッ笑った男には何の迷いも見えない。
そうだな。この人を置いてはいけない。
…この人をあの失ったものを求め続ける苦しみに落としてなどいけない。
「生きますとも」
あなたのそばで、最後まで。
そうして最後の瞬間まで見届けたら俺も逝く。
自ら死ぬことはできなくても、壊れてしまうだろう。
抜け殻になっても里が求めるなら好きにすればいい。
「じゃ、行こうか」
この先にあるのは血と断末魔の満ちた戦場だ。
無事では帰れないと分かっている。
だがそれが…この道行きをためらう理由になどなるわけがないだろう?
この人と共にあるのであれば、楽土であろうが地獄であろうが俺にとって変わりなくそこにある。
「行きましょう」
片道でもいい。
一人では逝かない。…逝けない。
握り締めたクナイが鈍く月明かりをはじき、怒号と悲鳴が静寂を突き崩してもなお冴え冴えと輝いている。
これでいい。この身の全てを捧げるのは里ではなくこの男だ。
それをどんなに裏切りと謗られようと構わない。
「月が綺麗だねぇ」
「ええ」
告白ともつかぬ言葉は胸に馴染む。
こんなにも深くまで食い込んで、二度と抜けない楔となって俺を縛る。
それでいい。…俺もまた男の楔となるのだから。
闇は深く、だが男を輝かせる月は目を奪われるほどに眩く輝いている。
最後に見るものがこれだとしたら、それは類まれな僥倖。
静かに地を蹴った。
闇の先にある物が何であってもその全てを屠れる気がした。

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適当。
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