ある夜の出来事(適当)


「眠いの?」
 問われて慌てて起き上がった。
 ええと、今何時だ。任務中だったか?
時計に視線を走らせて、どうやらまだ眠っていてもいいはずの時間であることと、時計があるってことはここが俺の家で、そもそも俺以外の人間がいるはずがないってことにも気がついた。
まさか、幽霊。…昨日子どもたちから怪談話を聞いたばかりだが、そんなに影響されやすかっただろうか。俺は。
錆びついた機械のように首をきしませながら、声のした方に頭を動かした。内心何かいたらどうしようってのと、すぐにも叩ききって追い出してしまおうってのと、侵入者かもしれないっていうのとがごちゃまぜになって、多分ひどい顔をしていたはずだ。
視線の先に小首傾げた知り合いの上忍なんてものを見つけるまでは。
「寝てていーよ」
「…よくねぇ!…っカカシさん!なにやってんですか!」
 風体と装備を見る限りじゃ任務帰りだな。
 里内で背嚢が必要な任務なんてほとんどないし、埃っぽい忍服と、うっすらと漂う異臭…血だな。これは。薄い薄いそれは、この人の物じゃなさそうだ。
 ってことは手当てが目当てって訳でもないよな。なんなんだよ。俺の睡眠を邪魔する理由は。
「ん。顔がみたいなぁって。でも寝てたから。寝顔だけでも平気です」
 …なんだそりゃ。顔ならほぼ毎日見てるだろうに。里にいれば受付に来ないって日はめったにないんだから。
 嫌な任務だったのかな。それで誰か知り合いの顔をみたかったのかもしれない。自慢じゃないが俺はどうやら平和そうな顔をしているせいか、見るだけで里に帰ってきた気がするとよく言われている。
 アカデミーの長期休暇中に任務に出ても言われるからそれはちょっと問題だと思うけど、この人も似たようなものだろう。きっと。
 そういうことを言い出す人は、たいていはつらい任務についていることが多いから。
 単独だとAかS以外の任務を受けたことがないんじゃないかってくらい、過酷な任務ばかりをこなしている人だ。のんきに寝くたれてる気配に気付いて、思わずってところだろうか。
 …飯風呂寝る。任務帰りの俺の欲求なんてその三つだけだ。この人はどうかしらないが、少なくとも俺の顔をみてぼーっとしてるだけより飯食って体あらってがっつり寝たほうがいいに決まってる。いやこの人の精神にとってどっちが重要かなんてわからないが、俺の方の負担は確実に減る。利己的だといわれようがなんだろうが、人んちに勝手に上がりこんだ時点で、家主のちょっとしたわがままくらい聞けってんだ。
「どこいくの?」
「握り飯くらいしかできませんが食え」
「え?」
「風呂は…あーまだあったかいでしょうから入れ」
「いいの?」
「…布団…ねぇな…あーしょうがねぇ。狭いですが半分ベッド貸してあげます」
「…ん」
 手早く握り飯を作る。中身は梅干と明日のために焼いといた鮭だけだが、なにもないよりゃましだろう。それに残り物の味噌汁もあっためて並べて、食卓に強引に座らせた男がソレを食い始めたのを確かめてから着替えの忍服を置いておく。
 いつか温泉に行く日のためにと新しいパンツを常備しておいてよかった。サイズは…まあなんとかなるだろう。背は俺よりでかそうだがほそっこくみえるもんな。
「ごちそうさま」
「ああちょうど良かった。おら。風呂はいれ」
「…先生寝ぼけてる」
「しっかりあったまってくるんですよ?」
 食器は流しのたらいに放り込んだ。明日洗えばいいだろう。俺は眠い。
 風呂場に押し込んだところで、どうやら限界が来たらしい。帰巣本能の赴くままに、自分のベッドにもぐりこむ。
 風呂上りならきっとあったかいだろう。寒い時期に湯たんぽが振ってきたと思えばなんとかなる。…多分。
 散漫な思考が甘い眠りの海に沈んでいく。寝かしつけるまでおきていようとする努力は、どうやら無駄に終わりそうだ。だって眠い。
「わかってないみたいだけど、家においてくれる気くらいはあるみたい?」
 限界が来る寸前、なにかもそもそつぶやいた男を、面倒だからベッドに引っ張り込んだ。
 これで、眠れる。
 ひそやかな笑い声も暖かい体温も薄れていく意識とともに曖昧に散っていく。
 耳に残る声が何かささやいたのだけを最後に、幸せな眠りへと落ちていった。
「好きって毎日言ったら落ちてくれますかね。イルカ先生」




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適当。

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