嵐の前触れ6(適当)


 結局、離れがたくて眠ることすら惜しくて、意識を失ってた人と一緒の布団に収まった。体はあらかた綺麗にしたが、中に出したものまで弄ればこの人が目を覚ましてしまうかもしれないと思ったらできなかった。幸い、といっていいのかどうか、ショックが大きかったのか、それとも疲労による眠りが余程深いのか、体を拭ってシーツを替える間、一度も目覚めることはなかった。
 それをいいことに抱き込んで服も着せずにいるってのも最低だな。
 分かってるのに、腕の中で眠り人が笑み崩れたまま頬を摺り寄せてくるから、起きたらどうしようかなんて決めていたはずのことすら揺らぎそうだ。眠っているから幸せそうにくっついている物体が、己に無体を強いた存在だなんてことには気づかないんだろう。ただそれだけなのに、手放しがたく思うなんて、いい迷惑だろうに。
「好き。…ねぇ。ごめんね?」
 謝ったって償いようのないことをすでにしでかしてしまった。しかもそれをなかったことにしようとしている。反省なんてしてないから許しなんて欲しくないけど、これからまたおこぼれの愛情を強請る野良犬みたいにして、この人の周りをうろつくことは止められないだろう。
 嵐を言い訳にしていられる時間はもう終わってしまった。
「んぅ?ぁし、さん?」
「ん。ここにいますよ」
「ふへへ…ん…」
 嵐は過ぎて名残のように吹く強い風が雨戸を鳴らしている。まるでこの人の寝ぼけた言葉にざわめく胸の奥のように。 雨でも降っていてくれたら、この人を引き留める口実になったかもしれないのにね。
 そうやって少し微睡んでは腕の中の人を眺めているうちに時間が過ぎて、とうとう望まない朝が来てしまうまで浅ましくも離れられずにいた。
 それなりに長かったはずの時間は過ぎてしまえば一瞬で、瞼ひくつかせてゆっくりとその双眸が開いたときには、もう終わりがきたんだと吐き気さえもしていた。
「おはよ」
「ん、あーゲホッ!んで、あれ?俺、服?もしかして吐いた?…ん?カカシさんだ!おはようございます!ッ!?いってぇ!」
「うん。はいお水」
「あ、ありがとうございます…」
 コップに満たした水はあっという間に飲み干されて、目をまん丸にしたままどこか呆けた表情でコップを片手にへたり込んでしまっている。
 さっきまで俺のモノだった人は、もうどこにもいない。…でも、あとちょっとだけ。こんな目に合わせてしまった責任もある。
 もちろん、それが言い訳だってことを誰よりも理解していた。
 コップは酔っぱらいじゃない人からなら簡単に引き取れて、適当にそれをベッドサイドに置くと、頭の中を疑問符で満たしているだろう人を抱き上げた。
「わぁ!ちょっなにすんですか!」
「中、綺麗にしないと。…俺のが入ったままだから」
「ッ!な、な…!」
 真っ赤に染まった肌は酷く美味そうで、やたらと必死になってもがくのを尻目に風呂場に引っ張り込んだ。
「こっち向いて。そう。肩、つかまってていいから」
「え!いやその!」
 むずかる赤ん坊のように手足を暴れさせているのをいなして、向かい合うように膝に乗せた。乗せた途端に触れる肌の感触か、それとも自分を抱いた男に見つめられていることにか、困り切ったように下がる眉にも気づかないふりをしたまま縋らせて尻にシャワーを当てた。
 指を忍ばせればトロトロこぼれ出てくるそれに、昨夜の理性のなさを突きつけられる。女相手にだってここまでトチ狂ったことなんてないのにね。
「ッく、あ、の、俺、自分、で!」
「だぁめ。俺のせいなんだから俺がしなきゃでしょ」
 こうやって触れるための理由を自分にも言い聞かせて、あと少しだけで終わってしまうだろう時間を惜しむ。痛がらないのを確かめてから、ゆっくり指を差し入れると、肩に痛みが走った。そりゃそうだろう。意識が朦朧としてたときならともかく、こんなことされたら手に力だって入るに決まってる。いっそ深くえぐってくれてもいい。そうしたら…爪痕が残ってくれるかもしれない。未練がましい自分をそれで少しでも抑え込めるなら、血だらけにされたってかまわなかった。
「アッ!ッ、や、ちょっ!」
「きもちいい?」
「あ、まっ!待てって…んッ!」
 日ごろから丈夫だと豪語していただけあって、痛みよりも覚え込ませた快楽の方を強く感じているのは明らかだ。
 そんな痴態を晒されて反応しないはずもなくて、萌しだした性器を隠すことも忘れて、後始末と称して散々声を上げさせた。かわいいとか好きだとか口走っちゃった気がするんだけど、それどころじゃないらしい人は、恥じらいながらたっぷりと喘いでくれた。
 一度踏みとどまれなかった理性は紙くずよりも脆く、あらかた綺麗になったのに、しつこく弄って、鳴かせて、浴室に響く声を耳に焼き付けた。そのせいで、却って追い詰められるなんて思いもせずに。
「っ、も、やめてくれ…!」
「…ああ、こっちもしちゃおうね」
 そりゃ勃つよね。つながってるところを弄りまわされたんだから。耳も目も真っ赤に染め上げて、軽く睨まれるのすら心地良い。でも膝に乗せられているのに足を閉じようとするから逃げさないように抱き寄せた。すっかり勃ち上がった性器に指を絡ませると、甘く湿った吐息が耳元を擽る。
 どうせならあとちょっとだけ。
 苦しそうに膨らんだそれを強くこすりあげると、ほどなくして震えながら白いモノを吹き上げた。
「ッアァ…ッ!うっ、う…」
 乱れた呼吸に呻き声に近い声が混ざる。同じ男に弄られて達する屈辱感ってやつなんだとしたら、多分俺には一生理解できないだろう。…きっと、全部消してあげる以外になにもできない。
 寄りかかってくれるのは嬉しいんだけど、またやりたくなっちゃう。なんてね。不埒なことばかり考えていられるのも今だけだ。
 今だけにしてあげなきゃいけないんだ。
「はい。おしまい」
 そう、これで全部おしまい。後はこの人の記憶も全部綺麗にして、…汚してしまったことなんてなかったみたいにして、またそばをうろつくだけの生活に戻る。
 嵐の夜に見た夢は、全部幻にしなくちゃね。
 まだぐったりしている人を肩に縋らせたまま、脱衣所に運ぼうとしたら思いの外強い力で引き留められた。
「…それ、どうすんですか」
 潤んだ目で上目遣いでって、反則だって。視線の先にあるのがこの人の痴態素直に反応した下半身だっていうのも笑えない。気を抜きすぎだ。どうせ消すから好きにさせて貰おうなんて欲をかいたから罰が当たったのかもしれない。
「あー…ま、気にしないで。もう襲ったりしないから」
 あれだけのことをしでかしておいて、我ながら毛の先ほどの信用も置けないセリフだ。怯えて逃げられるか、それとも一発くらいは殴られておくべきかなんてことを考えていたのに。
「…あーもう!いいから、座れ!」
「え、ちょっ!」
 風呂場の椅子に逆戻りさせられて、さっきと違うのはこの人が、その手で自分に対する欲で膨らんだそれを握っていることで…決死の特攻をかける時みたいに悲壮な覚悟を決めた顔なんてみたくなかった。
「手で、なら、その」
「いいから。大丈夫だから。ね?」
 昨日の記憶がないのなら、この人が襲ったとでも勘違いした可能性はある。っていっても突っ込まれたのはさっき散々な目にあったんだから分かってるはずなんだけど。変なところで義理堅いのは知ってたけど、これは駄目でしょ。
 穏やかに止めるよう促したつもりで、却って地雷を踏んだらしかった。この人の真面目さの上には馬鹿が作って、忘れてたつもりじゃなかったんだけどね。
「うるせぇ!やられっぱなしでいられるかってんですよ!」
 ゴシゴシ力強く擦られて、正直言って痛い。だがその必死さが…その顔だけでイけそうなくらい気持ちイイ。
「ん…ッ、ね?お願い。やめよ?汚しちゃうから」
「…そ、そんなの俺の方がもっと!さ、さっきだって俺ので…」
 詫びる言葉の語尾が溶けるように小さくなっていって、それと反比例するみたいにさっき出させてあげたばかりのそれが元気よく勃ち上がっている。思い出してもよおしちゃった?この人やっぱり元気だよね。…たまんない。
「じゃ、一緒にシよ?」
 持て余した熱に飲まれてか、蕩けた瞳で誘いに乗ってくれた。ふらふらと身を起こした人を引き寄せて膝にのせて、互いの手を重ねて、開放を望むそれを慰める。
 やっぱりちょっと乱暴で、時折漏れる掠れ声がたまらなく色っぽくて、半開きのその唇を奪いたくなる。
「あ、あ、カカシさん、そこ、だめ」
「ん。イって」
 手の中で弾けた熱が名残惜しい。この人の肌に散るそれが自分から出たものだと思うと、熱を収めるのが難しい。
 やたらと気持ちイイのも考え物だ。意識は達して弾けたモノと同じくらい散逸的で、欲望だけは歯止めが利かないなんて、ガキの頃からだって一度もなかったのに。
「ふ、ぅ」
「ん。ありがと。気持ち良かったですよ」
 忘れてもらうはずの行為に礼を言ったのは、多分ただの感傷だ。それなのにぼんやりしてる人に顎を思いっきり掴まれるとか、想定外すぎた。
「ええと、なに?どうしたの?」
 吐息が触れるほど近くで顔を見つめられて、もしかして怒鳴られるのかなとか思ってたら唇に衝撃が走った。
「ッてー!」
「ッ!…ええと、大丈夫?」
 頭突き?にしてもいきなりだからって避け損なう自分も間抜けだ。噛みつこうとしたのしても、歯が口に当たるってちょっとね。もしかしてのぼせちゃった?
「うぅ…へいき、です。ちょっとその、目算を誤って」
「なんの?歩ける?お水は?」
「…ホント世話好きですよね」
「え?そう?でも世話っていうか、単にしたかっただけだし」
 そう。ずーっとおこぼれを狙っていただけだ。こんなことまでしちゃう予定はなかった。しちゃったらしちゃったで後悔も反省もしてないっていうのは問題なんだけど。
 この人が俺のモノになったらいいのになんて、妄想だけで充分だったはずなのに。
 これ以上餌なんか与えないで欲しい。うろつくだけじゃ済まなくなったらどうしてくれるの。
「そっちじゃありません。あーその。下心があったのはむしろ俺の方なんですが」
「は?」
 へたり込んだというよりは、風呂場のタイルに正座してるって方が正しい。こんなときでもきちんと姿勢がいいのもすごいけど、こんな時でも隠すもののない肌に視線がいってしまう自分の駄目さ加減も相当だ。本物の嵐より、自分の中で暴れまわる欲望の方がずっと恐ろしい。
「嵐の夜ってドキドキするじゃないですか。望み薄でも他のヤツと過ごされるのは嫌だなぁと」
「ええと?なに言ってるの?」
 ぼそぼそ言い辛そう、というより鼻傷を掻きながら照れているのか。これは。ドキドキなんて、この人の前でならずっとしてるんだけど。
 言葉の意味は理解できるのに、ちっとも頭に入ってこない。
「好きだって話です」
 その言葉を聞いた時だけ、大きく心臓が脈打った。
「…ちょっと待って?頭打った?飲みすぎのせい?」
「そうじゃねぇ!俺が下ってのはその、予想外でしたが。…アンタが、好きだ」
 言い切ったとばかりに凛々しい顔で見つめてくるなんて、ホントこの人はどうなってるんだろう。
 いつだって欲しかった視線に射貫かれて、思わず唇を奪っていたとかそのまま止まれずに続行したとか理性はやっぱりもどってなかったとか…とにかく上忍とは思えないほどの体たらくを晒したけど、どうやら一番欲しかったものは自分から転がり込んできたらしい。
*****
 爽やかな朝だと感じるのは、一体何年ぶりだろう。ベッドにいるのは恋人になってくれた人で、さっきまで散々その体に溺れていた。嵐はすっかりどこかへ行ってしまって、代わりに俺のそばにはこの人がいる。
 最高って言葉はこういう時に使うものなのかもしれない。
「おはよ」
「んあ?お、おおはようございます…」
 恥ずかしそうに枕に顔を埋めて布団にもぐっていく人を布団ごと抱きしめた。
「好き」
「ああもう!俺も好きですよ!かわいいし恥ずかしいんだよ!なんなんだもう!好きだ!」
 この人のこういうところも好き。真っすぐでパニック起こしてるみたいだけど、絶対に自分の心を曲げない。俺なんかとは正反対の人。
 手に入れたなら逃がさないようにしないとね。…絶対に。
 イチャイチャしつつ、外が見たいが動けないと促されて雨戸をあけると雲一つない青空が広がっていて、まるで今の状況みたいで少し笑った。雨降って地固まるなんて、いつだって壊れないものなんてないのに浮ついたことを考えている。もちろんすぐに舞い戻ったベッドでぬくぬくしつつ、腰がいてぇとぼやきつつも洗濯しねぇと騒ぐ恋人をキスで黙らせるのも忘れない。
「毎日俺の味噌汁飲んでね?」
「…ッ!はい!」
 頷いてくれた人を囲い込むために、さて次は何をしようか?
 うっとりと目を細める恋人には気づかれないように、ひっそりと…逃がさないよとつぶやいておいた。

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適当。
嵐が過ぎてまとまった的な話でしたとさ。

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