嵐の前触れ2(適当)


 雨はあっという間に激しさを増し、風が木々を激しく揺らして、家に帰りついてすぐに閉めてくれた雨戸がガタガタと耳障りな音を立てている。
 窓ガラスが割れることがあるのだと、濡れた体を投げ渡したタオルでふき取りながらしかつめらしい顔で言うから、少しばかり毒気が抜かれた。忍の家だ。見た通りだけの強度であるはずがない。この人の住まう住居でさえも、密かに結界が張り巡らされているのを知っている。部屋の主のためというよりも、教え子をいざというときに守れるようにっていうのがらしいといえばらしいか。
 この人はどうやらこの嵐を楽しんでいるらしい。冷えるから風呂に入れと言ったのに、毛布をかぶっていれば大丈夫だと駄々をこねられた。結局毛布は用意したが、今は強引に押し込んだ風呂場で何とか湯を使ってもらっている。
 大量に買い込んだ惣菜はとりあえず皿に盛りつけて食卓に並べて置いた。雰囲気がどうのと言われるかもしれないが、手持無沙汰で余計なことを考えたくなかった。
 同じ雄だというのに、風呂に入っているあの中忍に、確かに欲情している。あっちは食われるかもしれないなどと微塵も考えずに、嵐の最中の入浴を楽しんでいるだろう。冷静じゃないのは俺も同じか。
接触は最小限にした方がいいだろう。着替えは風呂場に押し込みついでに一緒に放り込んでおいたから何とかなるとして、後は酒か。ビールは冷蔵庫に入れた。蟒蛇女からせしめた大吟醸も野菜室のどこかに押し込んであったはずだ。その前に水を飲ませた方がいい様な気がする。のぼせた顔で酒に飲まれでもしたら、それこそ厄介なことになりかねない。もっというなら酒を飲ませずに飯を食わせて寝かしつけてしまいたいくらいだ。
 とっくに手遅れかもしれないけどね。
 部屋に連れ込んだ時点で無様にも動揺しっぱなしだ。明らかに舞い上がった相手の様子に釣られて、こっちの頭までネジが緩んだんだろうか。
 ナルトから長湯だと聞いたことがある。それが吉と出るか凶と出るか、自分でも予想しきれない。
 風呂上りよりも酒を飲ませてからの方が持ち込み易いだろうとか、風呂上りの無防備なところを食ってしまおうかとか、不穏な想像ばかりが頭を満たしている。いっそ今出てきてくれればまだ耐えられるかもしれない。いやむしろずっと風呂に入っていてくれれば、少しは冷静になれるだろうか。
 俺も少し、いや大分おかしくなっているのかもねぇ?
 酒に酔うことなどほとんどないが、酔ったふりでもして先に寝てしまおうか。鈍った頭は動揺していても、上忍としての一片の理性がどうにか哀れな中忍を餌食にするまいと引き留めてくれたらしい。
 冷蔵庫から虎の子の一本を取り出して、コップに注いだ。ふわりと香るそれはあの中忍のように澄んだ印象を与えてくれて、銚子や猪口など用意するのもまだるいと、なみなみと注いだそれを一気に飲み干した。アルコールの匂いが鼻に抜けて、特有の熱が喉を撫でる。こんな飲み方をしたのはもっと薄暗い部隊にいた頃以来か。耐性が消えてくれたわけじゃないが、僅かながら酔えそうな気がした。錯覚だけだとしても、この匂いがあれば多少は誤魔化せるだろう。
「お待たせしました!あー!先に飲んでる!ずりぃ!ほら!カカシさん風呂!」
「あーうん。冷えるし。ごめんね?飲んじゃったから先に休ませてもらお…ちょっ!」
「うわー!ほんとに冷えてるじゃないですか!ほら!風呂!しっかりあったまってきてください!」
 子供にするのと同じ感覚でいるんだろうことは想像できた。いきなり両手で包み込むようにして冷えた…というより、グラスの中身の冷気を吸っただけの手を握りしめられた。
 この人が危惧するような雨に濡れて体を冷やしたわけじゃない。そんなに軟で暗部なんか務まらないでしょうが。
 不用意に投げかけるこの優しさが、滓のように胸の奥に降り積もっていく。それが余計な結果にしかならないってことを、理解しているのに止められない。
 厄介な話だ。自覚もなしに危険な感情に餌を差し出し続ける人は、食われかけてもそれを止めないって簡単に想像できるんだから。
「あー…じゃ、風呂、入ってきますけど、先にやってて。その酒美味かったですよ」
「はい!待ってます!あ、握り飯と唐揚げは食ってると思いますけど」
 かみ合わない会話にめまいを覚える。なんだかねぇ?こんなに美味しそうなのに食っちゃダメなんて理不尽だとさえ思い始めた。ちゃんと綺麗に洗ってきたら、このきれいで純粋で無垢なイキモノを食っても許されるだろうか。そんなことばかりが頭をよぎる。
 もしかしなくても、酒は逆効果だったな。ありもしない言い訳を用意してくれるって点では良かったのか。
「ん。全部食べちゃってもいいからね」
 風呂場で抜くか、それとも沈静の術でも試してみるか。生憎薬の類は今正に酒宴の支度が整った台所につっこんであるから、隠して飲もうとしても気づかれる可能性が高い。そもそもそう大して効きもしないけど、どうせならさっきもたくさしないで飲んでおけば良かった。
 あんまりもたもたしてると、この人が風呂場に押し込むためにと称して飛んできそうだから、諦めて自分の分の着替えを持って、風呂場に足を向けた。
「ちゃんとあったまってくるんですよ!」
 教師然とした言葉が追いかけてきて追い打ちをかける。
 やれることはやってみるか。それしか方法はないんだしね。
 溜息が零れるのが脱衣所まで保ったのが奇跡のように思えた。

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適当。
嵐の前触れ。続いてしまった。

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