「あの人は俺の天使なんだ」 耳に入り込んできたその言葉は思わず噴出すには十分で、とはいえ一応身を潜めている以上なんとか堪えざるを得なかった。 天使って…今、天使って言ったよ。この中忍。 ここ数週間張り付いているが、女の気配など欠片もなかったというのに、どうやら懸想する相手がいるらしい。 今日日いくら惚れた相手とはいえ、天使と称するような人間は早々いないだろう。そもそもこの男は中忍で、おまけにいい年だ。 まるでアカデミー生かと思うほど、その台詞は周囲から浮いていた。 「イルカ…お前そんなんじゃ嫁さんもらえねーぞ?」 「そうだそうだ!どんなに思ってもさ、いないんだろ?里に」 「大体お前、その天使―とかいうののこと全然知らないじゃないか」 口々に慰めとも説教ともつかないものを言い始めた周囲にも、男は決してめげなかった。 「でも、俺の一番はあの人なんだ」 切なげな声には、それでも揺らぎのない決意が込められていて、この所の観察で得ていた恐ろしいほどの堅物だという印象を強くした。 俺なら、天使なんて呼ばない。 欲しい女がいるならさっさと声の一つもかければいい。 …見ているだけで満足だなんて馬鹿らしいでしょ?どんなに見てたって何も届かないのに。 ま、里にいないってのなら仕方ないのか。任務中に惚れた女でも待ってるのかねぇ?こんな純朴を絵に描いたような…いっそ間抜けにも見えるようなこの男が、どれだけ繊細で可憐に見えても内実は百戦錬磨ぞろいの木の葉のくノ一に太刀打ちできるとは思わないけど。 かわいいのが好きなのとか言いながら、簡単に弄ぶからな。あいつら。この手のぼんやりした男なんてあっという間だろう。 ガキの頃から死ぬほどその手の手管を見てきたせいで、幸いにして気楽で気持ちイイ関係になることはあっても、面倒に巻き込まれたことはない。 この任務でどこまで手を出せばいいのか、後で確認してこなくちゃね? 調査兼護衛と仰せつかってるけど、その手の任務でも普通は色恋沙汰は放っておいていいはずだ。 …今回は依頼主の心配具合からしてそこでとどまりそうにないってだけで。 「イルカお前…!」 「つらい恋だよなぁ…!」 「里に戻ってきてたらいいな…」 中忍に馬鹿が多いのか、それとも類は友を呼ぶのか定かじゃないが、どうやら同僚連中もこの男のご同類らしい。 「お前ら…!ありがとな!」 感動の涙を流す男を見るにつけ、馬鹿らしくと感じてしまう。 馬鹿だねぇ。そんなに好きになったってしょうがないだろうに。 どうせ、いつか置いて行く。この男を。 …それでどうしてこんなにあけすけに思いを語れるのか。 「なーんか。イライラする」 思い人に会えてすらいないのに、幸福ですと顔中に書いたまま笑っている男。 あんな風に全身全霊をささげるようにして恋をする男は、きっと簡単に死んでしまうだろう。それでなくてもお人よしだ。 隊を率いることもある中忍のくせに、その身でもって仲間を庇ったという記述を何度見たことか。 要するにアホだ。自分の身を軽んじる奴は生き残れない。 「俺の、天使」 夢見る口調でうっとりと目を細める男が憎らしかった。 ***** 許可は、拍子抜けするほどあっさり出た。 「素性の分からぬ女か…アヤツは情が深い。もしも敵忍であったのなら知られぬうちに処分せねばならん。イルカは…九尾を封じる要でもある」 激情の赴くままにあの化け狐を開放しかけた子どものことを、里長は随分と憂慮しているようだった。 あの子どもの事を疎んじているのなら、俺はこの任務を引き受けはしなかった。 …この人も馬鹿だよね。あのガキが今回のことで更に目の敵にされるんじゃない勝手心配してるんだもん。それから、あの人のことも。まるで孫を思う祖父のように思っているに違いない。 「じゃ、女避けしときます」 それには、そばにいるのが手っ取り早い。 ほくそ笑む俺に鷹揚に頷いた老翁は、静かに告げた。 「本日より暗殺戦術特殊部隊部隊長の任を解く。…たのんだぞ」 元々予定されいたことでもあった。あの子どもを引き取れるのは俺くらいだ。 生半可な連中じゃ、上層部が納得しない。いざとなればあの子どもを消すのを躊躇わないと、そう判断される程度には血に汚れてきた。 「ま、なんとかしますよ」 そう、何とかするんだ。 あの人も、この胸の苛立ちごと全部。 支給服に着替えたその足で、受付所に向かった。そろそろ出てくる頃だろう。どうせなら今日から張り付いても問題ないはずだ。 「あ」 俺を見て、男が慌てたように手足をばたつかせた後硬直した。 ふぅん?俺のこと知ってるみたい?ま、この格好で任務に出ることもあるしそんなもんか。 警戒して欲しくはなかったんだけどしょうがない。下手に上忍だ暗部だと萎縮されるようなら作戦の変更も視野に入れなくてはならない。 「こんにちは」 それでも挨拶ぐらいなら問題ないだろうと、あくまで普通に声をかけたのに、中忍はぼんやりと俺を見つめたまま呆けた顔を見せた。 なにこれ、ちょっと失礼じゃない? 流石にむっとして、とはいえ下手に動くことも出来なくて固まってたら、男が震える声で呟いた。 「てん、し」 そのまますがり付いてきた男を思わず抱き留めていた。 えーっとなにこれ。何が起こったの?天使って…天使って俺なの? どうしよう。なんだか嬉しいんだけど。 「えーっとあの。俺は、はたけカカシで」 「あなただ!俺を、あの時!だからあれからずっと…無事でいて欲しいと…!」 涙に掠れた声で言い募る男の瞳は熱っぽく潤んで、あの日、天使を語ったときと同じくらい澄んでいた。 あ、やばい。 見ているだけじゃ物足りなくなって、でもその理由も分からないでいたのに、この人のせいで分かってしまった。 どうやら恋なんてものに落ちてしまったらしい。 「あ、の」 「好きです。ああ気持ち悪かったら殴ってくれてもなにしてもいいです。ただその、俺は、あの日からずっと、あなたが」 途端に真っ赤になってはにかんだように笑う人に、素直に欲情した。同じくらいの体格の男なのに。 男の語る言葉に、心当たりはまるでない。でも、いいや。人違いでも、ソイツを消してでも、俺はこの人が欲しい。 「…なんか、ぜんぜん何の話かわかんないけど。俺も好き」 男より数段拙い愛の言葉に、それでも愛しい人は微笑んでくれた。 ********************************************************************************* 適当。 片翼天使ってことでセットでお互いの天使やってればいいとおもいました。 冬に出そうと思ってたんですがおっこったんでもういいかなぁと(*´∀`) ではではー!ご意見、ご感想などお気軽にどうぞー! |