先輩が仲間をかばって怪我をするのはよくあることだけど、落ち込んでいるのをみるのは初めてだったかもしれない。 というか、今まで気がつかなかったけど、そういう時先輩は行方をくらますから気づかなかったんだろうな。多分。 でもその日はそれもできなかった。 先輩がその日食らったのは毒の粉で、それも視覚に影響が出るタイプのものだったから。 気配を読むことに長けているし、目隠しされたって里まで走る位は簡単なはずだけど、それでも普段より数段身のこなしは劣る。 もしものことを考えて自分の都合よりも、周りに迷惑をかけないことを優先してくれたんだろうと後で気がついた。 もちろんそのときは余裕なんてなくて、医療班の調薬を今か今かと待ち構えて、できたものをすぐに先輩に投与することしか考えていなかったから。 「先輩。点眼薬です。もうしばらくは瞳に負担をかけないようにしなくちゃだめらしいですが、二日もあれば治ると」 木の根元に腰を下ろした先輩が、気だるげに僕を見る。って言っても瞳の表面は膜が張ったように濁り、声のする方向に頭を向けただけなんだとすぐにわかった。 視線が合わない。普段ならこっちが怖くなるくらい鋭い視線をよこすことすらあるのに。 恐怖より魅了される。 あの視線を向けられたときだけは、魔物の瞳だと言う連中の気持ちが少しだけわかるような気がしたっけ。 戦闘中、面に覆われた表情よりも、指文字よりも、潜められた声よりも…あの瞳がなによりなすべきことを教えてくれた。 それに逆らうことなど考えられないほどに強い視線が、今はない。 そのことにどこか安堵して、それから逆に恐ろしくなった。 先輩がこのまま消えてしまいそうにはかなげに見えたから。 「ん。ちょーだい。自分でやれる。お前もちゃんと手当てしてもらったの?」 「あ、はい!大丈夫です!その。僕はたいしたことなかったですし」 今日の任務は比較的順調に行った方だ。 英雄になったのはひとりだけ。 先輩がたどり着いたときには、すでにその命は失われていた。 元々別動部隊で指揮官は他にいた。 …それでも、多分先輩は今悔いている。 気配が薄いのはいつものことだけど、こんな風に静か過ぎる空気をまとっているのは初めてだった。 一瞬で消してしまったけれど、見逃さなかった。さっき苦しげに顔をゆがめて歯を食いしばっていたのを。 先輩のせいなんかじゃないのに。 「あー…思ったより染みない。でも効きそー。じわじわ熱いのがくる」 碌に見えていないとは到底思えないそぶりで、目薬を差し、懐にしまっている。 こぼれる涙は薬液のせいなんだとでも言いたげに瞳を閉じて。 なんでもないフリをしたから、僕もそれに乗った。 何を言ったらいいかなんてわからなかった。 もっと僕たちを頼ってくださいというには、この人は強すぎる。 「ん?どーしたテンゾウ」 「名前呼んじゃだめですって!なんでもないですよ!食事ができそうならお持ちしますが」 「そうね。後で持ってきてくれる?さすがにこの格好で行くのはまずいでしょ?士気が下がる」 そんなことばっかり心配してないで早く休んでほしいのに。 犠牲者がでた任務では、確かに士気が下がることはある。 この部隊にいれば慣れてくるものだけど、今日倒れたのはまだ新入りだった。同じ時期に入った奴がわめきながら死体にすがって、中々処理できなくて、今の先輩を見れば当り散らすかもしれない。 アンタがいれば守れたのに、なんて。最低な台詞をぶつけるかもしれない。 そいつが怪我をしていなければ、先輩はわざと姿を見せるくらいのことはしただろう。そっちの方が早く立ち直れる。誰かのせいにした方が楽になるのも早い。 …ついでに除隊させるだろうけどね。弱い奴は向いていない部隊だから。 今は傷に触るし、騒がれて人目を引くのもまずい。 先輩はきっとそこまで考えている。 これまでも幾度も似たようなことをしてくれたのを、間近で見てきている。 やさしい人だ。すっごくわがままだけど、基本的には自分にばっかり厳しくて、副官なんて立場になってからはいらいらしっぱなしだ。 「先輩はうそが下手ですよね」 「えー?なにそれひっどい!」 すぐこうやって茶化して誤魔化すんだから始末に終えない。 いつか絶対に驚かせてやるんだと決めているけど、その前にこの人を超えるくらいつよくならないとね。 「すぐに持ってきます。ちゃんと食事がおわったら休んでくださいよ。見張りなら僕が立ちますから」 言い終わるか終わらないかのうちに、先輩が立ち上がった。 「んー。じゃ、お願い」 にこっと邪気のない顔で微笑んで。 いつだってうそと誤魔化しの上手い人だから、僕はそれを疑うべきだったのに。 …空を舞う白い鳥が救援を呼ぶ式だと気づいたのは、それからしばらくたってから。 先輩がいないと気づく少し前のことだった。 ********************************************************************************* 適当。 傍観者A視点。先輩大好きすぎて若干キモイ子。 ではではー!ご意見、ご感想などお気軽にどうぞー! |