「あんたを必ず帰すよ。里へ」 面を通して聞こえる声はくぐもっているはずなのにぞっとするほど澄んでいるように感じられた。 血まみれだ。俺も、男も。 仲間だったものと襲い掛かってきた生き物の残滓でいっぱいのこの部屋に閉じ込められて、どれ位たっただろう。 人の道に外れた研究に没頭し、捕らえた人々を化け物に変えていたターゲットもこの中に混ざりこんでいるはずだが、消し炭となった後では区別などつけようもない。 狂ったような哄笑も、ここで死ねと告げながら浮かべたゆがみ切った表情も、未だに耳に、目に残っている。 実際狂っていたのだろう。己が捨て駒にすぎないと知っていながら、人の命をもてあそぶことをやめなかったのだから。 任務は果たした。 だが化け物に取り囲まれ、その上ターゲットの自爆に巻き込まれたせいで生き残ったのは二人だけ。 それも俺は元々この任務についていたからあきらめもつくが、この人はたまたま救援要請を見つけて着てくれただけなのに、こんなことに巻き込んでしまった。 地響きとともに崩壊しはじめた所から逃げそこなったのは俺のせいだ。 俺なんて捨て置いて逃げてくれれば、きっとこの人はここを抜け出せた。 足に負った傷のおかげでまともに歩くこともできない俺なんかを助けてくれたせいで、あとから駆けつけてくれたこの人はここに閉じ込められた。 「あんただけでも」 そうつぶやいたこの人がこの惨状にどれだけ傷ついたことか。 この人だけでも逃がしたいが、俺もこの人もチャクラ切れ寸前だ。 壊れた天井を支えるために土遁を駆使し、迫りくる火を押さえ込むために水遁を二人で使い、俺が力尽きた後も崩れ落ちてきた残骸を打ち砕くために雷遁みたいなものまで使ってくれて、おかげで命は助かったがこのままじゃどうしようもない。 救援を呼ぶにも出口のないここからじゃ、望み薄だ。 明かりも消えて天地の感覚さえあいまいなままもがいても、残り少ない体力を消耗するだけだと頭ではわかっている。火遁で火を起こせば貴重な酸素を消費するだけだってことも。 それでもひたひたと押し寄せる不安に精神はあっという間に均衡を崩しそうになった。 この人がいなければ、きっととっくに見切りをつけていただろう。 「俺が帰らなければ救援が来る。だからそれまで我慢して」 出血しすぎて朦朧としている俺を抱きしめて、震える手を握ってくれた。挙句に手当てまで。そのぬくもりとやさしさに胸が痛む。全部俺のせいだ。 敵が予想以上にタチが悪いと判断した段階で、すでに隊長は敵の手に落ちていた。それに気づいて式を放ったのは俺だ。 残った仲間たちを逃がすつもりで体を張ったのに、沸いてでた化け物に全員食われた。 刺し違えてでもと振り下ろした刃すら、救援にきたこの人を巻き込んで、助かったかもしれない仲間たちまで吹き飛んだ。 タイミングが悪かったといえばそれまでだ。だが俺が余計なことをしなければ、死ぬのは俺たちだけで済んだはずなのに。 それなのに助かるかどうかも怪しい俺のことをこんなにまで気遣ってくれている。 「大丈夫、です」 そうしてもらってやっと、自分の懐にまだ兵糧丸が一粒だけ残っていることに気がついた。 これがあれば、この人を助けられるかもしれない。それをつっかえつっかえ伝えると、男はこともなげに言った。 「じゃ、あんたそれ飲んで。救援来るまでがんばって」 当然、俺はそれを拒んだ。 「だめです。あなたが使ってください」 この人ならチャクラが回復すればここから出られるはずだ。 そういい募る俺にこの人は。 「だーめ。ここ崩さないようにでるのはさすがに無理でしょ。ちょっと回復した位じゃ。部下にそーいうのが得意なのがいるからちょっといい子にしててよ。お願いだから」 見ず知らずの俺にどうしてそこまで。勝手に潤む瞳がみえているのか、男は抱きしめる力を強くした。 「泣かないで。男の子でしょ?いーからほら。これ飲んで」 ぐいぐい口にねじ込まれたのは俺の渡した兵糧丸で、もがもが暴れているとそれに焦れたのか生暖かいものが口に…。 「んぐ!?ん!?」 暗部なんじゃないのか顔…はみえないけど!真っ暗で! それにこれはその、口移しというやつなんじゃ…! 「はいはい。騒がない騒がない。…着いたみたいね」 ふわりと体が温かくなり、それから地響きととも二人のいる地面が持ち上がっていくのがわかった。 少しずつこじ開けられるように天井が割れていく。降り注ぐ光に、初めて傍にいてくれた人の姿を知った。 ぎんいろの、おれのてんし。 「せんぱーい!なにやってるんですか!無事ですか!あれ?その人!」 「ん。…他は、間に合わなかった」 「…そう、ですか。医療班!先輩と…ああこっちの人もですね。手当を!」 月夜の明るさに目が慣れる前に、あっという間に居心地のよい場所から引き離されて、お面の集団に取り囲まれた。 「ほら、大丈夫だったでしょ?」 そう笑う人の腹から流れ出ている血に真っ青になって、閉ざされた瞳がにごっていることに悲鳴を上げて、とっさに手を伸ばしたのに届く前に俺の意識は途切れた。 「顔見せちゃだめでしょう…」 「んー。そういや俺もあの子の顔みそこなったなぁ。手触りはよかったけど」 そんな声だけが耳に残って、後は全部闇の中。 …気がついたら里の病院で、すべてが終わったあとだった。 ********************************************************************************* 適当。 もう一人の天使視点で。 ではではー!ご意見、ご感想などお気軽にどうぞー! |