クリスマス前(適当)


「おかえりなさい」
 そうやって笑うから、俺がここに居着いちゃったってなんて、きっと思ってもみないんだろうね。アンタは。
「ただいま」
 当たり前のように迎え入れられて、ベストを脱がされてちゃぶ台の前に座るように促される。座ったらすぐに炊き立ての飯と美味そうなおかずが並べられて、ついでのように頭も撫でられる。
「お疲れ様です」
「…どーも」
 にっこり笑って満足そうに俺が飯に手をつけるのを待っているから、手渡された箸を受け取って、さっさと食べ始めた。まだじゅうじゅう音を立てている焼き魚の少し焦げた皮を齧る。この焼き加減もいつの間にか俺好みのものになっていて、もしかして観察されてたんだろうかと気付いたときには、何もかもが居心地の良い空間になっていた。
 任務帰りで、労わられるのがさほど不自然な訳じゃないが、この人だって内勤の仕事があるはずだ。
 それに家賃というか、宿代も払っちゃいない。時々お土産と称して飯は持ちこんでるけど、食費も光熱費も一切、この人がまかなっている。
 この立場を一般的になんというか…ま、良くてヒモだ。もっと悪く言えば上忍の権限笠にきて、集っているって言われたら否定できない。
 俺の方が稼ぎは多いと思うのよ。でもこの人が俺に金を要求したことは一度もないし、出て行けなんて匂わされたことすらない。
 葛藤はある。だがそれを上回るほどにここの居心地が良すぎる。家に帰ろうと思うのに、ついついふらりとこの人の後をついていってしまうくらいには。
「今日は珍しいの温泉の素が手に入ったんです!」
「ふぅん」
「しっかり浸かってくださいね!」
「はーい」
 なんだろう。この接待って言うか歓待っていうか、切っ掛けはうっかり怪我したときにこの人に拾われて転がり込んでからだったような気がするんだけど、いくらなんでもでしょ。
 問題ある状況だと理性は訴え続けていて、でもどうしてもここからでていきたくないと本能が駄々をこねる。
 …俺って、こんなに意思が弱かったっけ。
 俺の態度だって大概だと思うのよ。抵抗の表れとして極力そっけなくしてるし、時々は部屋の隅っことかで触らないでアピールとかもしちゃうし、風呂上りに勝手に寝ちゃったりもするし。
 …まあそっけなくしても聞こえないと思ってるのか小さな声でかわいいなーとか言われるし、隅っこにいると届くか届かないかギリギリのところにオヤツのせんべいとお茶とか置いてにこにこ見られたりするし、勝手に寝てても撫でられておやすみなさいって言ってくれて布団かけなおしてもらえるんだけど。…ウッカリとはいえ、すかさず頭摺り寄せちゃう俺も俺でしょ…。
 なんだろう。ねぇどうしたらいいの?この状況。
 答えをくれそうな人は、皆もういなくなってしまっている。
 この悪意のない人生最大の敵…なのかなんだかわからないんだけど、とにかく切実に答えが欲しかった。
「カカシさん」
「なんですか?」
 名前を呼ばれて顔を上げると、幸せって顔中に書いたみたいな顔でイルカ先生が飯を食っている。
 そうそう。これも止めて欲しい。ついつい返事しちゃうし、でも笑ってるだけだし、ドキッとするし、落ち着かないし。
「クリスマス、もうすぐですね」
「え?あーそうね」
 今年は流石に護衛任務もない。それどころじゃなかったしね。代わりに里を揚げて祝うらしいけど、それは俺にはあまり関係のない話だ。任務がないなら部屋でごろごろしてるだけの話なんだけど…イルカ先生は違うだろう。アカデミーでも祝うだろうし、事務方としても優秀だと聞いている。厄介事をたっぷり押し付けられていそうだ。
この人もこの家にいないなら、久しぶりに自分の家に帰ろうか。だって、この人がいなくてもこの部屋に戻ってこなきゃ駄目な気がする時点で、罠にはまっている気がするだなんて、駄目でしょ。こんな状況。
「プレゼント、欲しいモノありますか?」
「…ない、です」
「そうですか。じゃあ俺が勝手に選んじゃいますね」
 バッサリ切って捨てたようなもんなのに、なんでこんなにご機嫌なんだろう。この人。
 何で俺はこんなにも敗北感に打ちひしがれなくちゃいけないんだろう。
「イルカ先生は、いらないの?」
「うーん。まあ欲しいモノは今現在進行形で全力で取りにいってる最中なもので」
「そうですか」
 意外だ。欲しいモノがあるんだ。この人にも。
 …悔しい。でも、どっちが?この人に欲しいモノがあることが?それとも…この人に欲しがられている何かが?
 決意を秘めた瞳が黒く濡れて綺麗だとか、そんな風に何かを欲しいと思えなくなった自分が壊れていることに、今更ながら欠落感を覚えたりだとか、この人といると余計なことを考えすぎて恐い。
 恐いのに、逃げられない。
「靴下でっかいの用意しなくちゃなぁ」
「…ふぅん」
 不機嫌になった俺に気づいたらしいのに、ニマニマ笑い出した。なんなのもう。
「楽しみにしてますね」
「…そーですか」
 クリスマス、か。俺も何か用意しようかな。飯代とかはこっそり財布に入れてもしっかり戻されちゃうから何とかそれ以外の方法で、この人が喜びそうなもの…ラーメンしか思いつかないけど。
 まだ時間はあるんだし、もうちょっと考えてみるか。
「おかわりは?」
「ください」
 今日も飯が美味くて、きっと風呂も俺好みのちょっとぬるめで、パジャマはいつの間にか好みを見抜かれていたらしい忍具柄で、枕元にはイチャパラと、パックンそっくりだなぁって電気屋で見てたらいつの間にか買い込まれていた目覚まし時計がおいてあるんだろう。
 …どうしたらいいの。これ。
「楽しみだなークリスマス」
浮かれて鼻歌交じりに飯を食う得体の知れない中忍を見つめて、俺は今日も釈然としない物を抱えたまま飯を食うのだった。

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適当。
甘やかし倒したい(愛が重すぎる)中忍と、愛されたがり(無自覚)な上忍とか。
お互いが曲がった理想どおり。
ご意見ご感想お気軽にどうぞ。

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