はじまり(適当)


俺は生来多情な方なんだと思う。
一人の相手だけじゃ満足できない。相手が多いなら多いだけ、満たされて愛されて幸せな気分になれる。
体は若い頃それなりに楽しんだもんだが、相手が本気になると申し訳なくなることに気づいてからはやめてしまった。
甘えれば与えてくれる優しい女はいくらでもいたが、その全てに同じだけ返すだけじゃ、足りないと思われてしまう。
でも俺が欲しいモノはただ一人に向ける愛情なんかじゃない。有り余り溢れるくらい降り注ぐ愛情だ。愛し返して欲しいって言われても、誰か他に俺を愛してくれる人がいたらそっちにも振り分けてしまう。それも無意識なんだから我ながらタチが悪い。
だから、家庭を持つことは諦めた。
やりたいときは行きずりの相手でもかまわないし、快楽に浸るのは嫌いじゃないが、実のところ一番欲しいのは暖かくて優しい腕と甘い言葉だけだから。
今は子どもたちがいるから平気だ。
俺を欲しがってくれて、俺も子どもたちの数だけ好きなように愛情を注ぎ、育て慈しむことができるから。
時々は寂しく思うこともある。多分俺みたいな生き方をしていたら、死ぬときはきっと一人きりだ。
それは寂しい。でも、もう誰かが泣く顔なんてみたくないんだ。
ここまで見事な欠陥人間だってのに、周りは勝手に博愛主義だとか、情が深いとか、そんなことまで言ってくれる。
ごめんな。そんなヤツ存在しないのに。
愛が、欲しい。窒息しそうなくらい誰かに愛されていたい。
多分あの日からだ。日常も、二親も、家もなにもかもを、化け狐が燃やし尽くしたあの日。かつて失ったモノが開けてしまった穴が大きすぎて、これがふさがることはないんだろう。
だからそれでいい。幸い忍の独り身は珍しくないし、多少せっつかれることはあるが、流すことはできる。身体機能に異常がある人間だとでも勘違いしてくれたら上々だ。
今のふわふわしたやわらかく暖かいものに囲まれた生活が終わったら、いっそそのまま消えてしまおうか。
まだ綻びもせず静かに天を指す桜の枝を見上げてため息をついた。
家にいたくなかったからって、こんなに寂しい空を見上げる羽目になるならやめておけば良かったかもしれない。
今年送り出したあの子たちは何人戻ってくるだろう?巣立って行くのは嬉しいが、少しだけ寂しい。どうせまた新しい子どもたちが入ってきて、手元にいる間はたっぷり好きなだけ愛する事が出来るとわかっているのに、胸に空いた穴が広がった気がして空しさに耐えかねている。
「随分長いこと見上げてるけど、そこになにかあるんですか?花見の下見?」
「え?ああ、カカシ先生」
知り合いだ。巣立った子どもの今の上司、になるのか。
綺麗な人だ。綺麗なものは欲しくなるけど、恐くて手が伸ばせない。…綺麗なモノは誰もが欲しがるからすぐにいなくなってしまって、長く俺のものでいてはくれないし、壊れやすいからだ。
いいなぁ。この人みたいに綺麗なら、誰からも愛してもらえるだろう。
「ちょっと、どうしたの?」
「いや、その散歩です」
桜が少しだけでも咲いてるんじゃないかと期待しただけだ。空を埋め尽くすほどの薄紅色の下にいるのは圧倒されてしまって居心地が悪いが、ほんの少しだけ、まだ咲かぬ花のつぼみから除く穏やかな春を見るのが好きだった。
今日は、駄目だな。いっそ女でも買いに行こうか。知り合いに、それもあの子達の上司であるこの人に会ってしまったから少しばかり後ろめたいが、金づくでいいから優しい誰かの肌が欲しい。
ホンモノなんて重過ぎるだけだ。俺は誰かたった一人を愛するなんてできないから。
「…ってことはアンタ暇ですね?」
「え、ええ。まあ。その。忙しいんですが、ちょっと息抜きを」
言い訳は無様で、だがこれ以上構ってほしくなくてそう言ったのを、この男だってわかっていただろうに。
「じゃ、俺としましょ?息抜き。ホラおいで」
強引に腕を引かれて相手は上忍で、それも恐らくは俺がぼさっと突っ立っていたせいで正気を疑われているかもしれない。
この人が不適と判じて動けば、簡単に今の職を追われてしまう。
ついて行くしかなかった。それに…それでもいいかと思ってしまった。
この人は色白な割りに暖かい。繋いだ手が離しがたくて、どうやら本当に寂しさが身に染みすぎていたようだと気がついた。
まあ、いいか。頭のいい人だから、面倒なことにもならないだろう。適当に酒でも飲んで、それが終わったら誰かの肌に甘えに行こう。 構ってもらえるのは好きだ。それがこんなに綺麗な人なら、一晩だけの夢としては上々だろう?
強引なのも気分がいい。欲しがってくれていると思い込むこともできる。
実情は大の男が一人でぼんやり桜の木を見上げたまま…もしかすると小一時間は動かないでいた。多分教え子の担任が心身のバランスを失したとでも思い込んで、様子を見ようとしてるって程度なんだろうけどな。
昨日の雨が薄氷になって、歩いた先から砕けて行く。
厄介な自分の性癖も、こうやって壊れて溶けてしまえたらと埒もないことを思った。




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適当。
間に合わなかった春の新刊二冊目冒頭。5月にだすかなぁ( ・´ω`・ )
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