言えない(適当)



好きで好きで好きで、いっそ気が狂いそうなほどで、でもそんなことはおくびにも出さずに階級を超えた友達ごっこをしている。
下心なんてたっぷりありすぎるほどあっても、鍛え上げた鉄面皮は少しも揺らがない。
だから気付かれないまま一生こうして側にいられたらいいのにと、思っていた。
それから願わくばこの人の側に寄り添う人を見る前に、己の生が尽きてくれればいいと。
「カカシさん」
この人の笑顔が好きだ。
見ているだけで暖かいものに包まれている気がして、だからきっと欲しくなった。
ま、それだけじゃないのは前から知っていたし、今も思い知っている。
顔だけはいつものように胸が締め付けられるほどに優しい笑みをたたえているのに、瞳に宿る光は凄みを帯びて、漂う殺気染みたチャクラに肌がひりつく。
あー…えーっと。俺はもしかして何かやっちゃった…かも?
「ごめんなさい」
悪いことをしたら謝る。
とりあえず相手が怒っているからなんて理由で謝ると、鉄拳制裁を食らうと分かっていても、恐いというより呆れられるのがイヤで謝ってしまった。
案の定、鋭いチャクラがバチリと空気を裂き、地に亀裂が走った。
…更に怒らせてしまったのは良く分かったけど、俺が何をしでかしたのかを必死で考えていても答えが出てこない。
この間飲みに行ったとき、この人がトイレに行ってる隙に猪口を交換してみたことだろうか?
ちょっとした出来心だったし、その程度のことでさえビビリまくっていたせいで、かえって来た瞬間に見つかってしまって、間違えてますよーなんて大笑いされて終わったはずだ。
それとも…忍服のベストに俺特製の札をくっつけてあることに気づかれた?
護身用でこの人が怪我をしたらすぐにわかるようになってるだけなんだけど。
ま、忍犬君たちはかけつけちゃうし、俺も偶然を装ってすぐに側に移動できるようにもしてあるなんてことは、見ただけじゃわからないはずだし。
えーっと。えーっと?だからその、何で怒ってるの?
「その顔は…アンタ全然わかってませんね…?」
笑顔のままでうつむいていた顔をの祖着込まれると、その近さに緊張する。
あー…キスしたい。そんなことしたら一巻の終わりだけど。
「ええとその。はい。でもそんなに怒らせちゃったってことは、俺が悪いんじゃないのかなーって」
素直に謝っておく。ひねた反応をする子どもには優しい人だけど、大人には割りと容赦がない。
末っ子体質っていうか、年上に甘えるのが上手いんだよね。火影様からご意見番からかわいがられている。
甘え上手だから甘やかすのも上手くて、子ども達にも厳しいけど優しいと評判だ。
俺が落ち込んだり怪我なんかしようものなら、それはもう姪一杯甘やかしてくれるんだよねぇ。
その度にやっちゃいたくなるのを我慢しなきゃいけないからある意味拷問だけど。
「長期任務に出る理由を言え」
ああ、ついに敬語もどっかいっちゃったから、こりゃ相当怒らせたな。
長期任務に出る理由ねぇ。
…そりゃ、簡単な話でしょ。アンタの見合いなんてみたくなかっただけ。絵に描いたような家庭的なつつましい女と、幸せな結婚なんてものをするのを見たら、きっと俺はアンタを殺してしまう。殺して食ってしまいたくなる。
意思を奪い、人としてのアンタを失っても、俺には体だけは残るし、里も俺が欲しがれば喜んでこの人を投げてよこすだろう。
里の優秀な犬への最高の褒美として。
だから、そんなのはイヤだけどきっとどこかで何よりもそれを望んでいると分かっていたから…振られても諦められない自覚があったから、早々にこんなときにどうするかを決めておいただけだ。
いいなぁ。怒った顔も好き。暑苦しい自称ライバルとはまた違ったタイプの激情家だ。
愛情も怒りも悲しみも激しくて、いつだって俺にはそれがまぶしかった。
「好きですよ」
「は?」
あー…言っちゃった。まあ、いいか。だってねぇ。もうすぐだし。前々から打診されていて、それを断る理由になってくれた子どもたちも巣立ったし、この人ももうすぐ手の届かないところへ行ってしまう。
もう、いいか。いいよね?
「幸せになってね?」
せめて、それだけを願う。
本当は欲しくてほしくてたまらないけど、それを望んだ俺がこの人をきっと一番不幸にすると分かっているから。
だから、ねぇ。指一本触れないままで、尻尾を巻いて逃げる俺を追わないで。
触れたら壊すまで欲しがる俺を、どうかそっとしておいて。
「なりますとも!」
胸倉を掴まれて怒鳴られて、最後がこれかと思うと涙が出そうになった。
うん。ま、俺らしいでしょ。これが。
望んでも望んでも叶わないことだらけだったけど、最後に好きになった人は最高の人だったもん。
「うん。なって?」
絶対絶対幸せになって。遠くで里を守る犬でいるから。
アナタが幸せだと信じているうちに散ってしまえたら最高でしょ?
「ええ。遠慮なく」
にかっと笑うこの顔。悪戯をたくらんでいる時の子どもみたいな笑顔が、俺に向けられている。
里長に食って掛かったとき、敵わないはずの敵に躊躇わずに向かっていったときに見せた顔。
ねぇ。ちょっと。何たくらんでるの?
俄かに不安になった瞬間、その答えを知ることになった。
「ん…!」
キスというには乱暴だ。ガチっとぶつかったのは多分歯だろう。
それなのに口付けは現在進行形だ。まるで恋人にするかのように濃厚で、もともとあるかなしかの理性が切れなかったのは、驚きの方が勝ったからってだけに他ならない。
「ざまぁみろ!…アンタ、もう俺のですから。こっちきなさい」
来なさいとか言うくせに、もうとっくに腕の中に閉じ込められている。
「イルカせんせい」
「任務は俺から断っておきました。綱手様も困ってましたよ?まあアンタから言ってくるのを待ってた俺が悪いんでそこは誤りましたけど」
なにが?なにを?とかそういうことよりも、長年我慢し続けていたご馳走が側にいすぎて、欲を押さえ込むのが難しい。
「イルカせんせい。ねぇ。どうして。まって。駄目でしょ?」
「いいからアンタもう余計なこと考えないで、黙って俺について来い!」
ああ、なんて男前。
きっと俺が間違ってた。この人は簡単に食われてなんてくれないし、きっとどうむさぼられても変わったりしない。
ちょっと足とか震えてる。きっと恐いんだろうに、それでも俺を選んでくれたってことだよね?
「はい」
抱きしめ返すとちょっとうろたえてくれて、それが俺の股間の状態に気付いたからだって察しが付いたけど離して上げなかった。
いいんでしょ?考えなくても。ならさ、もう全部食わせてよ。
「あーその。俺の家でいいですね?」
照れくさそうに鼻傷を掻いてそれでも手を離さないでくれた人が愛おしすぎて、全部食べてしまいたい。
「どこでも」
きっと綺麗に食べつくしても、なんでもない顔で俺を抱きしめて、それから叱り飛ばしてくれる。
それは、なんて幸せな。
「じゃ、じゃあ!いきますよ!」
足と手が同時に前に出ておもしろい歩き方になっている人と、手をつないで歩いた。
生まれて初めて神様なんてものに感謝しながら。


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適当。
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