あきのあめのひ(適当)


「父さん」
雨の中、父が立っている。
傘も持たずに濡れるにまかせ、どこを見るでもなく視線をさまよわせているのが怖くて、抱きつくようにしてしがみ付き、腕を引いた。
「父さん。帰ろう?」
「…ああ、カカシ。濡れてしまう」
濡れそぼった手でかきませられた髪はびっしょりと湿り気を帯び、そうしてやっと、己の状態を自覚したらしい。
不思議そうに自分の手を見ている。…どんなに見つめたって乾きはしないのに。
「父さんのがびしょ濡れだよ」
「すまない」
謝って欲しくなんてなかった。寒い所で一人佇んでいるのが怖かっただけだ。
「帰ろう?」
家はすぐそこだ。
ほんの少し歩くだけでいい。
…だというのに、父は何故か再び足を止めた。
「ああ、綺麗だなぁ」
雨で濡れて輝くしずくか、それとも雨をはじきながら花弁を撒き散らす赤い花か。
そんなものよりずっと、父さんの方が綺麗なのに。
「帰ろう?」
「ああ、そうだな」
俺よりもずっと長く大きい足で一歩歩くと、あっという間に追い抜かされてしまう。
必死になって跡を追った。
時々振り返って俺を見る。
その視線が俺だけに向けられていて、少しだけホッとしたのを覚えている。
父さんは、ずっと危うげなひとだったから。
強いのに酷く脆かったのだと思う。
戦忍らしい大雑把さもあったが、忍よりもきっと、花を愛で、静かに暮らすことの方がずっとあっていた。
だから不安なんです。

「で?だから任務帰りの俺捕まえて、びしょ濡れのくせに抱きついてきたんですか?」
怒ってる。そりゃそうだろう。俺が飛びついたおかげで水溜りに落下したかばんには、任務で遅れた分の持ち帰りの仕事が詰まっていたんだから。
ま、すぐさま乾かしたんだけど
なんてったって俺上忍だし?
「ごめんなさい…」
いつだって大切な人は消えてしまうから、どこかに行ってしまいそうに思えて不安だっただけだ。
「ったく…優秀なとこも父親似ですね」
乾いたかばんを見てしみじみ言われると、どうしていいかわからなくなる。
「優秀ですよー?お買い得です。割と色々できますし」
褒めてって顔に書いて瞳で訴えてみた。覆面忍者の俺だけど、イルカ先生はこういうことを見逃すひとじゃない。
「はいはい。わがままだし甘えただし寂しがりやですもんね」
あったかい手が俺を撫でてくれる。
この手を失ったら、きっと俺は息もできなくなるだろう。
「寂しかったんだもん」
擦り寄って責めるような口調でつぶやくと、背に腕が回った。
このまま色々してしまいたい。三日とあけずに愛の証明にいそしむ俺が、もう1週間も一人だったんだ。
性欲ごとき任務中は抑制できる。
でも、この人だけは別だ。
欲しくて欲しくてたまらなくて、なによりもう寂しくて死にそうだったんだから。
「往来で尻撫でるのは二度と許しませんからね?」
「いたたっ!」
耳を引っ張られた。いたずら小僧と同じ扱いは不本意だけど、子どもっぽさを強調してこの人の懐にもぐりこんだ自覚はあるから我慢した。
なんだって出来る。…この手を手に入れるためなら。
「反省してくださいよ?」
「ごめんなさい…。…っ!」
さっさと謝った方がいいと思って頭を下げた途端、その顔を強引に持ち上げられた。
首がちょっと痛い。あとあごも。馬鹿力は人のこと言えないけど、イルカせんせは色々大雑把だからなぁ。
そんな事を考えていたら、顔が近づいてきて…触れて、離れた。少しカサついて、でも柔らかいものが。
キスしてくれたんだけどこの人!おねだりとかそういうのも全然してくれなくて、やってるときだってずっと恥ずかしそうに悶えてくれるのに!
あ、やばい勃った。
「ご、御褒美です。留守番の!…ホラさっさと飯食いに行きますよ!」
「はぁい!」
その気になった下半身は気合で押さえ込んだ。
抱きつきはしたけどね!驚いても部屋の中ならもう濡れたりしないし!
イルカせんせとご飯が先。空腹のイルカ先生は強暴だし、一緒にご飯食べると無防備にうまそうに食べるから楽しいし。
「でも帰ったら別のものしっかり食べちゃいますからね…!」
小さく零した決意は、どうやら気付かれなかったようだ。
みそとんこつかなーなんていってるからいつものらーめんやだな。これは。
「カカシさん!行きますよ!」
伸ばされた手をぎゅっと握り返した。
この手を絶対に失えないと思いながら。



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適当。
絶不調
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