赤(適当)


「泣いてもいい?」
真っ赤な艶のあるドレスに既に零れ落ちた雫が散っていても、わざわざそんなことを言う気にはなれなかった。
「はぁ。ご自由に」
すこぶる付きの美女は家柄も飛びっきり良くて、恐らくは性格も折り紙つきなんだろう。プライドは高そうだが、それでもこの状況で喚き出すでもなく、火影の執務室という場所を弁えてか静かに退室し、堪えきれなくなった感情を今ここで吐露しているだけだ。
我慢強く聡い人なのだろう。本来なら決してこんな目に遭うはずのないような。
屈辱に耐え、整えた爪をぎゅっと握り締めて、きっとこんな状況じゃなければ、目を奪われていただろう。
ああ、何もかも俺の手に余る。
「酷い人ね」
皮肉った台詞すら品があるせいか棘を感じない。いやむしろそれは受け止める側の俺のせいでもあるか。
この言葉はもっと痛みを持って受け止めるべきはずだというのに、いっそ心地良いとさえ思っている。
この人は、俺のなによりもだれよりも大事なモノを奪いに来た人だから。
「…最近良く言われます」
側近、という立場におかれているのだと思う。少なくとも公の肩書きはそうだ。公然と里長の愛人として扱われているとしても。
アカデミーの任を解かれ、火影の側付きとして侍り、雑務全般から身の回りの世話までを請け負っているのは、今は俺だけだ。
そうして言えなかった思いを告げる前に、あの人はこの身を我が物とした。
それからだ。やってくる女たちが増えたのは。
治世が落ち着き、発展を続ける木の葉で、今一番求められているものが優れた火影の血だとしたら。
それを断ち切る存在はきっとなによりも罪深い。
「愛人、なんて。やめちゃいなさいよ」
「それは」
たとえ俺からあの人を拒絶した所でこの美しい人があの人の隣に立つことはない。春の風のように穏やかなようでいて、たった一つのために全てを切り捨ててしまえる人だ。
たとえ、それを本人以外、誰一人として望んでいないのだとしても。
「ううん。そうじゃないの。アナタはきっといい人だもの。…アナタが望んでこうなった訳じゃ、ないんでしょう?」
「…」
答えられるはずがない。あの人の耳はこの分厚い扉一枚で音を遮れるほど落ちちゃいない。あの人は俺の嘘なんて簡単に見抜く。見抜いて追い詰める道具にできる。
望んではいなかった。…ただあの人の側にいたかっただけだ。こんな風にあの人の立場を危うくして、あの人を傷つけて追い詰めるモノになりたいなどと、誰が望むものか。
欲がなかったとは口が裂けても言えない。夜毎自分を慰めるのに、妄想の中であの人を幾度穢したことか。
全てを切り捨てて、一生を捧げる覚悟で任を受けた。
それをあの人は全部知っていたのかもしれない。
「アナタとの縁談もなかった訳じゃないわ。父が…アナタの立場を知っていて、そちらを断っただけだもの」
「ただの中忍には過ぎた話です」
昇格の話もあったが自分から断った。側にいることを望まれて、それに応えるためには身分など不要なモノだったからだ。あの人を守りきるために必要なのは覚悟と実力で、地位なんかじゃない。いくら平和になったとはいえ、外に出ることを求められる立場にありたいとは思えなかった。
「でも」
「それに、私は一生誰とも添うつもりはありません」
あの人が望む限りは側にいようと決めている。それがどんな立場であれ行為であれ、従う。あの人自身を犠牲にすることの他は、だが。
不要になれば消えるだけだ。そのときは出来得ればこの里のどこかにいることくらいは許して貰いたいが。あの人が支え守る里を、この命尽きるまで見守れるなら、それは望みうる中で最高の結末だろう?
こんなにも誰かを思ったまま、別の伴侶を得るなんて器用な真似ができるなら、こんな風に追い詰められたりはしなかった。
「でも!アナタは他人に謗られていい人じゃないわ!…媚びる相手なんていくらでもいるけど、そんな人じゃないのは目を見れば分かるもの。こんな目に遭わされてるのに、アナタは…!」
「買被っておいでです。俺は、そんなに綺麗な人間じゃない」
この状況で他人の、それもこんな事態の原因になった相手のことを慮れるなんて、さぞや育ちが良いんだろう。あの人を守ることはできなくても、支えることはできただろうか?
心臓が軋む。自己憐憫に浸る資格などないというのに。
「…ッ!いいから!お父様にも言うわ!だってアナタ本当は…!」
補足白い足首に巻きつく赤い靴。金に地位に血を残せる体。俺がどれ一つとして持っていない全てをこのイキモノは。
「ねぇ。騒がしいんだけど」
「…申し訳ありません。六代目。この方をご案内してまいります」
視線で促すと小刻みに震えている。それもそうだろう。不機嫌といった程度だとしても、一般人にこの威圧感はキツイ。ここで粗相でもされると後が面倒だ。どう言い訳しようとこの女性の父親がねじ込んでくることは決定しているが、暴行されたとでも騒がれたらこの人が何をするかわからない。できれば穏便に引き取ってもらえるのが一番だ。
「イルカ先生は駄目。…送って行って?」
背後に音もなく現れた黒い人影は獣の面の奥から温度のない視線を寄越し、倒れ掛かるその白い手を掴んで荷物のように運んで行く。悲鳴をあげることもできずに呆けた顔をしているのは術でも使ったか。
「六代目…ッ!護衛が手薄になります!」
「平気。…イルカ先生がいてくれるでしょ?」
ふわりと緩む空気と、同時に慈しみ深い火影との評判通りにやわらかく口元がたわんだ。
重なる唇に気付いたときには既に扉は閉ざされている。事務処理ばかりにおわれているというのに、少しも腕は鈍っていないらしい。
「…カカシさん。お願いですからもう少し自分の身の回りに気を遣ってくだ…」
「後悔してる?でもダーメ。誰にも渡さないよ?あの女にはそれなりの身分の男を見つけてやるから、変な同情とかしなくてもいいし、なんだったら全部忘れてもらうから」
…後悔などしていないのだが。
いつになく饒舌だ。いや、幾度となく繰り返された下らないこの喜劇のたびに、この人はこうして不安定になる。
「後悔なんかしてねぇ。…アンタは、しゃんとしててください」
抱き締めて震える腕に食らいつく。
痕を残すことをこの男が望んでいるから。
「ふふ…いっそ食ってくれたらいいのに。ああでも、まだアンタとヤりたりない」
執務室の机は広く、零れ落ちた書類のことを気にしなければ何も纏わぬ背に触れる冷たさは心地良い。容易く熱を上げる体は、この男のためにある。
「どうぞお好きに」
遠慮などされた例がない。六代目となった男から最初にこの部屋に招きいれられたときからずっと、全てを奪いつくすような扱いしか受けてこなかった。
乱暴に足を開かされ、指を押し込まれる。用意のいい男は執務室の机にその手の薬の用意を欠かさない。粘つく液体が肌を伝い床が汚れるのもお構いなしだ。
「イルカ」
頭を抱くフリで名を呼ぶ男の耳を塞いで、押し入ってくる熱い肉を受け入れる。
「愛していますよ」
絶対に言わないと決めた言葉を囁いてから、伝えてはいけない言葉を遮っていた手を背に回した。
笑った男は気付いているのかもしれない。聞こえないはずの言葉に。
「アンタは、俺の」
満足げに囁く男に奪われるために喉を晒した。歯が肉に沈む感触に歓喜して、それを返すように男のうなじに食らいつく。
人でなしの喜びは甘すぎる。
俺のために泣いてくれた女の顔ももう思い出せない。
「カカシ、さ…ッうぁ!」
「うん。全部飲んでね?」
絶頂が近い。胸元に齧りつく男の銀の髪に縋って、弾ける寸前の白い視界に赤い唇だけが鮮明だ。その口で、歯で、一欠片も残さずに全部食らい尽くしてくれればいいのに。
一瞬の空白は永遠にも思えて、そのくせ急速に戻ってくる感覚の全てが快感に染まっている。何度経験してもなれることのない受身の行為で、一番苦痛なのはこの後を引くような快感だ。粘ついた飴のように纏わりついて、身動きさえままならない。
「っふ、ぅ…!」
「はっ…ッ!あー気持ちイイ。ねぇ?足らないでしょ?」
中に弾けたモノが零れるのも気にならないのか、抜かずに揺さぶってこられて流石に慌てた。これ以上されたら拒めなくなる。この行為に関しては、自分の体は赤子の手をひねるより容易く意思を裏切るのだ。
「だめ、です。あの方への返事、と、その前にアナタがさっき落とした書類…」
「ちょっと!まだ立てないでしょ!…わかりました。後でね?」
「ぃい、から…どけてください」
男が大げさに吐いたため息さえ腹の中に咥えこまされたモノに響く。抜け落ちると同時に塞ぐものを失って、吐き出された精液が溢れ出してくるのにも、いっそ慣れる事が出来たら良いのに。粗相をしたようなこの感触も、それを見つめることを好むこの男にも未だに羞恥に狩られて目を覆いたくなるのを止められない。
息を詰めて耐え、後の始末をつけるために立ち上がろうとしたのに、起き上がろうとした体は再び机に押し戻された。
「綺麗にしなきゃ」
「いいです。離せ」
「駄目です。ここは俺のためのものなんだから。んー?どうせなら洗ちゃおうか」
「結構です!」
確かにこの部屋の隣には寝泊りするための部屋があるが、こんな事のために使う部屋じゃない。今日は妙に強情だ。抗えば普段なら多少の抵抗はあってもここまでしつこくはされないのに。
「…アンタを取られるくらいなら、あんな女殺そうか」
「なにを…駄目です。あの方は今後も里を支えるためには必要です」
名家の娘で里長の妻になるに足る知識と人脈があり、しかも見合いに執務室を指示した上に、ばっさり切って捨てた男にも、その情人にも悪感情を抱いてはいないようだった。そして父親は厄介なことに火の国の国主に連なる凄腕で、下手を打てば里の運営を邪魔しかねない。特にこの所の里の発展をみて、この人を身内に取り込もうとするような野心があり、若造の火影よと陰口を叩くのと同じ口で、己の娘を娶れば援助額を今の10倍にすると嘯くタチの悪い大名だ。救いなのは娘が可愛いのは本気のようで、だからこそ安定した今の里に送り込もうとしたらしい。今のところ敵に回すのは得策じゃない。
望ましいのはあの女性を里に据え、中枢からは遠ざけつつ飼い殺しにすることだっただろう。子を幾人か成せば血が残る。その頃になれば老境に達しつつある父親の後継ぎとして、子の一人を火の国の中枢に根付くこともできたかもしれない。
暗に断るなと言ったのは、これでもう何度目だろう?
「まあいいや。女子ども殺すとアンタが気にするしね?俺以外のことに興味もたれるのなんて不愉快だ。忘れさせるだけで許してやりましょう」
「…お願いします」
現時点では最高じゃなくても最適な妥協案だろう。
「早く帰りたい」
「お手伝いしますから」
服を着せてくれる気はなさそうだ。無様に足を開いたままでいるのも、冷えていく粘質の液体を垂れ流したままでいるのももう限界だ。
「早くしなきゃねぇ」
抱き起こされてティッシュで後始末までされて、呆けている間にも男がぶつぶつと呟いている。
「ですから。手伝います。拾って並べるので決済をお願いします」
「ん」
素早い。もう書類に目を通し始めている。あんなことをした後でこんなにもすぐに平静に戻れるのはこの人が上忍だからだろうか。
骨が溶けてしまったようにおぼつかない足腰に鞭打って、紙を拾い集める。幸いこの人は仕事が速い。書類もそうたいした量じゃなかったおかげで作業はすぐに済んだ。
「こちらから先に、この山はこっちを確認後にお願いします」
「そ。終わった?じゃ、寝てて?」
「え?」
天井が足元に見える。いやむしろ窓も床も視界に映るもの全てが歪んで混ざっていく。
幻術か。
類まれなる瞳術使いだった当代は、その赤い瞳を失っても尚、幻術使いとしての腕を落としていないと護衛の暗部が誇らしげに語っていたのは知っていたが、まさかこんなところで知る羽目になるとは思わなかった。
「早く、しないとねぇ?アンタほんっとイヤになるほど意地っ張りなんだもん」
ちゃんとした告白聞くまで死ねないじゃない?
笑顔までもが視界で輪を描きゆがみながら回って、そして。
ふつりと意識が途切れた瞬間、あの赤い唇が指ごと食むように薬指に齧りつくのを見た気がした。


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適当。
中二でドン。
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