春先に引いた風邪をまだ引き摺っている。 それも酷くタチの悪い…所謂お医者様でも草津の湯でもってやつを。 「あーあ」 自分でいうのもなんだがその手のことは苦手な方だ。 今までだって激しい恋なんてものとは無縁で、一緒にいてなんとなく居心地がいいなと思った相手に告白して…なんてパターンが殆どだった。ああ、あとは告白されて付き合ったこともあったか。 どれも長続きしなかったのは、異性としての魅力が乏しいからだろう。そこは自覚している。 「イルカは優しいけど、それだけじゃつまらないの」 そう言って振られたのは一度や二度じゃない。 そのときは好きで大切にしているつもりでも、相手にとってはつまらないものだったんだと知ってからは女性というものが余計にわからなくなった。 …だって嬉しそうに笑ってくれたじゃないか。 くノ一たちの演技を見抜けない自分が修行不足だってことなんだろう。 いや、それこそ女心がわからないというヤツだろうか。 優しさ以外のなにが欲しいかも分からない。 …彼女たちが求めていたものは、きっと俺には一生縁のないものなんじゃないかと思えてならなかった。 柔らかくてふわふわした捕らえどころのないイキモノ。存在そのものが俺にとっては不可解だ。 理解できず、また理解してもらうこともできない自分は、恋愛に不向きなのだろう。 だから…もう誰かと付き合うのはやめようと思うのに、好きだと言われると今度こそうまくいくんじゃないかと思ってしまう自分が一番嫌だ。 そうしてもう何度目かわからない悪い酒を飲んでいたとき、ころっとまた躓くようにして恋に落ちたのだ。 惚れっぽい方じゃない。そこは断言できる。 顔だけで好きになった相手なんて今までに1人もいない。 素顔を見たのは確かにそのときが始めてだったが、顔で惚れたわけじゃない…はずだ。 あんまりきれいな顔で笑うから、なんだか胸が締め付けられるように痛くなったのは事実だけど。 振られて、落ち込んで、そんなときに向こうから誘ってくれた。 「どーしたの?イルカせんせ」 「あ…」 事情説明すらできなくて、ぽかんとした顔で見上げた途端、男は困ったように笑って手を握ってくれた。 「…飲もっか?今日」 心配されるとそれだけで縋りつきたくなって、良くないことだと知りながら、ふらふらと手を引かれるままについていってしまったのだ。 個室に案内されて、穏やかな声で酒を勧められて一口飲んで、それから優しく撫でてくれた。 弱りきっている時に優しくされて、情けないことに涙まで流す始末。 これまで付き合った女性たちには、そんなこともできなかった。弱みを見せれば辟易される。縋るには彼女たちのうでは細くて頼りなかった。…だからいつだって守ってあげたかったのに。 嫌がられるだろうか。 そう思っても涙は止まらず、男が席を立ったときも、ああこれで終わりだなと、他人事のように思っただけだった。 だが、男は。 「はいはい。こっち。…泣きたいだけ泣いちゃいなさいよ。それで、忘れなさい。全部」 向かいに座っていたはずの男は隣に座り込み当然のように抱きしめてくれた。 ベストに自分のこぼした涙と、それから多分よだれみたいなものまでひっついちまったっていうのに。 「カカシせんせぇ…!」 それから、泣いた。それはもう徹底的に。好きだって言ったのに、つまらないって言われただの、随分情けない愚痴までセットで。 落ち着くまで背に回された手がゆっくりと宥めるようにさすってくれて、しかも頭も沢山撫でてくれた。まるで子どもに戻ったみたいに。 落ち着いてから恥ずかしくなって顔を上げたら…いつの間にか覆面が下ろされていて、素顔を見てしまった。 優しい瞳。大事にしてくれる人だと、やけになって飲んだ酒ににごった頭でなぜか酷く安心した。 「ん。ほら、ご飯食べよ?」 「…はい。ありがとうございます」 飯の味などとてもじゃないが分からなかった。 結局、その日飯を食って家まで送ってもらって倒れるように眠ってそれから。 …それから、いつの間にか恋に落ちていた。 「あーあ…」 もう、あの日から何ヶ月経っただろう。たまたま優しくしてくれただけだと頭では分かっているのに、同性の上忍相手の恋心は悪化する一方だ。 下手に、優しいのが辛い。 何かとあの日から声を掛けてくれるようになったおかげで、会う機会は山ほどある。 ただ仲間だから、仲間を大切にする人だから、俺にも優しいってだけだというのに。 「いいか。もう」 苦しくて苦しくて、息もできないくらい切ない。待ち合わせ時間はもうすぐで、そんな顔をしたら不審がられてしまうだろう。 …言えば失うと分かっている。だが、もう押さえ込むことなんてできやしない。 「イルカせんせ」 穏やかな声が俺の名を呼ぶ。嬉しそうに聞こえるのは恋心の見せた幻だろうか。 …もう、いい。この思いに気づいたときには、もうきっと手遅れだったんだ。 「カカシさん。好きです」 きっと気持ち悪がられるだろう。なにせ同性でガタイもいい。柔らかいところなど一つもない身体しか持っていない。 今度こそ、恋なんてしない。…できない。 もうこんな辛さには耐えられない。今までよりずっとずっと胸が苦しい。 相手が、この人だから。 こじらせてしまったこの病は、きっと治らないだろう。 顔も見ることができずに去っていくのを待っていた。さっさと振ってくれとさえ思いながら。 「嬉しい…!やっと言ってくれた!」 「へ?」 予想外の台詞に間抜けな声とともに顔を上げると、すぐさま抱き込まれていた。 「優しいの、好きでしょ?優しくしても優しくしてはもらえなかったんだもんね。酷い」 「え、え?」 「こんなに大事にしてーって目で言ってる人始めてみたのに、ハズレの女ばっかり引いて…ねぇ。俺ならそんなことしないでしょ」 ああ、暖かい。背に回された腕の強さに、穏やかな声とは裏腹な必死さを感じて、息を呑んだ。 ひょっとして、今日は自棄酒を飲まずに済むんだろうか。 「カカシさん」 「あーもうかわいい!俺も好き。ずーっと好き」 そうか。…なら、いいや。例えこうして好きでいてくれるのが、今だけだとしても。 「俺も、好きです」 泣き笑いでそういうと、なぜか激しいキスを仕掛けられて、ついでに家まで連れ込まれて…まあなるようになったんだが。 もしかすると春先に引いた風邪は、結局のところ悪化したのかもしれない。 多分、愛ってやつだ。これはきっと。 治らない病にかかったみたいだという独り言に大騒ぎしてくれた恋人には、アンタが好きすぎておかしくなったみたいですよといっておいた。 ********************************************************************************* 適当。 上忍の計画的犯行。中忍は天然。 ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ! |